7. exile

 全てが終わり結界を解いて、町は混乱を収めつつあった。傷が戻ったロニテスは、きちんとした手当てを受けるまもなく「報告にいく」と告げ、先に宿屋へと向かってしまった。ライフガントルは壊れた町の修復作業に貢献している。
「僕って本当、何もできないや」
 手持ち無沙汰になりぶらぶらと歩くことしかできないジュノンは、町中を見まわりながらぼんやりと呟いた。
 先ほどの宿屋へ一度帰りはしたのだが、あそこは町の自衛団の拠点となっているらしく、今は傷ついた兵士達で一杯となっていた。
 聞くところによると、病院の復旧まで怪我人は宿屋に収容するようだ。
 結局兵士達の看病や、自衛団内の会議等で追い返されたジュノンは、こうしてぶらぶらとしているわけなのだが。
「あれ?」
 ふと気がつくと見知らぬ場所に出ていた。振り返ると町の関所が見える。いつの間にか町の外まで出てしまったらしかった。
 汽車に乗ってやってきたため気がつかなかったが、ダキリアの周りは本当の草原だった。遠くのほうに森が見えるが、森までには木一本見当たらない。
(だからか)
 ジュノンは即座にロニテスの顔を思い浮かべた。
 周辺を草原で囲まれているダキリアは、いくら塀で防いでも盗賊などに狙われ易い。メディアスであるロニテスが、隠すこともせず町になじんでいられるのは、彼が防衛の手段となっているからなのだろう。
「あ」
 ふと、少し歩いたところで何かが光るのを見つけた。一度後ろを振り返り、少しくらいならいいだろうと歩き出す。
 落ちていたのは狼面だった。きらりと陽光を浴びるその面は、間違いなく先ほどの少年がしていたものだろう。
(この面を、この面をつけて殺したんだ。あんなにあっさりと、あっけなく)
 自分達も殺そうとしていたといえば何もいえない。しかし、それはあくまで防衛の手段だった。殺らなければ殺られる。そういう状況において殺意をこめるのは、仕方がないとジュノンは思う。
(それでも僕は、あの時急所を狙えなかった)
 自らが張った結界の中で、剣を振り上げ血を流させた、あの攻撃。もっとうまくやれば、そのまま殺してしまうこともできただろう。
 しかしそれはできなかった。
(生きているから? 自分の命を狙っていても、生き物だから?)
 違う、ジュノンは思う。
(ミドラの敵を討ったとき、僕はあんなにあっさりと人を殺せることを知った)
 そう、あっさりと。
 そして同じように、少年は魔物を殺した。
 自分に仕えていた魔物を、仲間であるはずの魔物を、何の感慨も無しにあっさりと。
(汚れるのが怖いだけなんだ。今までも魔物討伐に出たことはあった。そのときはこんな風に感じなかったのに……)

 己が死を理解したからなのだろうか。
 全てが無に還るという事を、ミドラの死をきっかけとして。

「ばかだなぁ、僕」
 ぽたりと一粒、落ちた気がした。
 それは己のものなのに、まるで狼面が泣いているようだと、濡れる視界でぼんやりとそう考えた。


 再び宿屋へ戻ると、会議はすでに終わり、看病に使われていない部屋に入れてもらうことができた。
 部屋には他の宿泊客も押し込められており、荷物なども一塊に置かれていた。
「ロニテス」
 狭い室内で込み合う中で、見知った顔を見つけて声をかけた。
「ああ、ジュノンか。どこいってたんだ?」
 窓際にいたロニテスはゆっくりと振り返り微笑みかける。隣を進められ、ジュノンはぎこちなく壁に寄りかかった。
「町をぶらぶら。ライフは魔法使いだからいろんなことができるけど、僕は違うからさ。やることもないし、宿屋に入れてもらえないし」
 言うとロニテスは静かに笑った。
「はは、悪いな。…………なぁ、ジュノン」
「何?」
 視線を外に移していたロニテスは、今度はジュノンを見ない。なんだか空気が締まった気がして、ジュノンは静かに姿勢を正した。
「お前達と、一緒に行っても良いか?」
 続けられた言葉は、恐らく先ほどの返事なのだろう。こちらを見てはいないが、外を見つめる彼の目は真剣だった。
「……良いの?」
 あんなに嫌がってたのに、言おうとして言葉を飲み込んだ。事情が変わった、そういうことなのだろうか。
「ねえロニテス。君のこと、聞いても良いかな」
 彼の何が変わったのか。どうして自分達と行く気になったのか。
 もしこれから彼と旅をするならば、それは聞いておかないとならないことだと思った。
 ロニテスもそう思ったのだろうか、ゆっくりと口を開いた。
「俺は、元々ダキリアの生まれじゃないんだ。旅をしていて行き倒れになっていたところを、隊長に拾われた」
「隊長って」
 ジュノンが先ほどの巨漢を思い出そうとしたとき、不意に二人は声をかけられた。振り返ると、まさに思い出そうとしていた人物が深々と頭を下げている。
「先ほどは失礼した。町を救ってくれてありがとう」
 頭を上げてそう言う男は、先ほどの鎧とは打って変わってラフな格好をしており、その鍛えられた肉体がいやというほど目に付いた。
「俺の名はスタン・フェニックス。ダキリア自衛団特攻部隊長だ」
 名乗られて右手が出される。それが握手を求めているのだと気づき、ジュノンはあわててその手をとった。
「あ、えと、ジュノン・ヒルベストです。死人が出なかったのが何より、です」
 握手を交わしながら、ジュノンははにかんだ。ヒルベストという名にスタンは一瞬目を見開いたが、特に何も聞きはしなかった。
「主人のニオから服を預かってきた。本当に男だったんだな」
 スタンは言いながら紙袋をジュノンに手渡す。確認すると、そこにはきれいに洗われたたまれたジュノンの服が入っていた。
「隊長、こいつこう見えてすごい強いんすよ」
 曖昧な笑みを見せるジュノンの頭を柔らかく叩きながら、ロニテスはふざけたように言った。
「ロニテスか、今回もすまないな。怪我は……どうだ?」
 スタンは視線をロニテスへと移すと、あちこちに巻かれた包帯に顔をしかめた。しかしロニテスはまるで痛みなどないように、静かに笑う。
「全然だいじょうぶっす。俺こう見えて頑丈なんで」
 そうか、呟いてスタンは再びジュノンを見た。その目が今までと違い真剣なものだったので、ジュノンは思わず後ずさる。
「ロニテスを、頼む」
 しかし吐かれた言葉は酷く端的で、そして愛情に満ちたものだった。言われた意味がわからず、ジュノンは一瞬呆ける。彼がようやく声を発しようとしたとき、スタンは穏やかな笑みを浮かべて立ち去ったあとだった。
「ロニテス……今の……」
 隣に居るロニテスに声をかけると、彼が乾いた声で笑った気がした。
 思わず横を見る。
「俺、町長から無期限の追放処分受けたんだ」
 いっそ痛々しいほどの笑みを浮かべていったロニテスは、ひどく寂しそうに感じた。


「俺は元々、北の方の小さな集落の生まれなんだ」
 ジュノンが何も言えず黙っていると、ロニテスは静かにそう続けた。
「人が少ない集落では、それ一つで大家族みたいでさ。俺も一応、五歳くらいまではそこで暮らしていたんだが」
 いや、ちょっと違うな、言いながらロニテスは軽く頬をかいた。
「メディアスって、生まれたときに産声をあげないの、知ってるか?」
 突然振られた話題に、ジュノンは曖昧に頷いた。そんな話を何かの文献で読んだ記憶は在るが、詳しくは覚えていない。
「産声を上げない代わりに、へその緒を伝って流れてくる母親の生命を使い、力を暴走させる。運が良ければ母親は助かるが、大抵の母親は暴走に巻き込まれるか、命を使い切らされて死ぬ」
 何となく、言わんとしていることがわかるような気がした。つまり、ロニテスがその集落から出なくてはならなくなった原因なのだろう。
「俺のところの集落では、メディアスが生まれたら例外なしに捨てられるんだ。集落近くの森の祠に」
 静かに語るロニテスは、顔色一つ変えない。どこか懐かしみさえ持ち合わせながら、静かに続ける。
「だけど俺、捨てられた直後に、たまたま集落に来ていた商人の一行に拾われたんだ。その商人は五年間、俺を集落付近で育ててくれた」
 話すロニテスはそのときを思い出しているのか、やや楽しそうだ。五年間、いやなこともあったろうに、その表情は育ての親であろう商人への感謝を称えたもののように感じた。
「そりゃ、集落からは迫害され続けてきたけどよ、育ての親がすごく良い人たちで……集落を離れてからも、いろいろなところを転々としながら、一生こうやって過ごしてくんだと思ってた」
 ふと、ロニテスが外を見つめた。つられてジュノンも視線を窓に向ける。
 窓の外に広がる町並みは、ライフガントルのおかげかすでに以前と変わらぬものになりつつあった。さらに視線を下げると、宿屋の近くで指示を出すライフガントルの姿が見えた。
「あれは、俺が八歳くらいの頃かな。盗賊にあったんだ。その頃まだメディアスとか力とかよくわかってなかった俺は、力任せに暴走させて……」
 その先はいわれずともわかった。メディアスの力の暴走は、ヘタをすると国一つ消滅させかねない。つまり、盗賊含め己の家族もろとも殺してしまった……そういうことなのだろう。
「それから先はさ、森の中のものを適当に食べながら、ふらふらと一人で歩き続けた。誰とも会わず、しまいに自分のこともわからなくなってさ。夜だか昼だかわからないところを、ひたすら」
 静かに目を伏せたロニテスは、その声が震えていることに気づいているだろうか。ジュノンはなんと言ったらよいかわからず、代わりにロニテスを見つめていたが、彼はジュノンを見ようとしなかった。
「それからしばらくしてからかな。女の子と会ったんだよ」
「女の子?」
 話の流れが一瞬にして変わる。言われたことがあまりにも突飛過ぎて、ジュノンは思わず聞き返す。
「そう。肩くらいまでのきれいな黒髪の。真っ直ぐなきれいな瞳が印象的でさ、行こうとするその子のことを、気がついたら追いかけていたんだ」
 何故、聞き返す間も与えずロニテスは続けた。
「女の子についていきながら、歩いて歩いて、一週間位したかな、限界が来て倒れて、けど女の子は止まらなかった。俺もここで死ぬのかな、なんて考えてたときだよ。隊長がたまたま通りかかって、ここまで運んでくれたのは」
 ひどくゆっくりとした話し方だった。ジュノンは何も言わない。
「看病されて気がついたとき、俺はすぐにここを離れようとした。そのとき、隊長が俺にここが盗賊に狙われており、このままだと壊滅の危険があること、自衛団の人手不足を教えてくれた。町の人々は俺がメディアスだと知ってもとくに驚きはしなかった。今旅立つと危険だということを教え、とどまるようにと」
 いいやつらなんだ、ロニテスは小さく笑う。窓の外のライフガントルが、仕事を終えて宿屋に入るのが見えた。
「そんなわけで盗賊討伐に協力することにした俺は、町の人が言うまま、そのままここに居座っちまったってとこかな」
 これでおわりだ、ロニテスはそう言って今度こそジュノンを見た。ジュノンもロニテスを見ていた。彼が自分達と来ることを嫌がった理由が、わかった気がした。
「おーいたいた。こんな所にいたんだな」
 声がして振り向くと、疲れたのか肩をぐるぐるまわすライフガントルがいた。幾分疲れは見えるが、彼は汗一つ掻いていない。
「ライフ、ロニテスが……」
「聞いた。追放処分だってな」
 言いながらライフガントルは表情を暗くした。一瞬わからずに、ジュノンは困惑を示す。
「何故あんなことを言った?」
 低い声で出された言葉の意味が理解できず、ジュノンはロニテスを見やった。ロニテスはその意味がわかったようで、あわててライフガントルから視線を逸らす。
「別に、俺は、」
「お前があいつの言ったことをどう捕らえたか知らんが、お前が抜けることでここの自衛団の力がどれだけ弱まるか、わかって言ったんだろうな」
 瞬間、ロニテスの顔が紅潮したような気がした。ジュノンは尚もついてゆけず、ぼんやりと二人のやり取りを見守るだけ。
 いやな沈黙を作らせまいと声を発したのは、ロニテスのほうだった。
「俺が抜けることで、どれだけ皆に迷惑かけるかはわかってるつもりだ。けど、そもそも町が襲われる原因のひとつが俺なのだったら、俺は責任を取って町を出る」
「え? どういう……」
 混乱するジュノンの頭に、ライフガントルは静かに手を載せた。少し黙っていろと目で訴えられ、仕方なしに口をつぐむ。
「お前は自分から逃げるのか」
 厳しい口調だった。仲間にすると言ったのはライフガントルなのに、いざ仲間になると決まったら何か不満があるようだ。彼が何をしたいのかわからなくて、今の状況もわからなくて、ジュノンは静かに溜息をついた。
「逃げるんじゃない」
 早口で言う。その瞳は相変わらずライフガントルを捕らえはしなかったが、横顔を見ていたジュノンにはロニテスの意思の強さが見て取れた。
「逃げるんじゃ、ないんだ」
 それから、ロニテスは口を閉じた。


 傷ついた兵達が全員病院へと搬送され終わり、ようやく空いた自室でジュノンはぼんやりと星を見ていた。夕方のことが頭から離れない。ロニテスのあの強いまなざしには、きっと何か、理由が在るはずだった。そしてまた、ライフガントルがあんなに強く言い放ったことにも。
「ジュノン」
 声がかかって振り返る。先ほどから黙ったままだったライフガントルが、静かに目の前に立っていた。マグカップを二つ持って、中から熱い湯気が立ち上る。
「話が、ある。ロニテスのことで」
 声は少し震えていたように思う。静かに頷き、カップを受け取り隣を彼に譲った。
「お前は、あいつが魔物になんて言われたか知っているか?」
 同じように星を見上げながら、ライフガントルは呟くようにそう言った。言われたことがよくわからなかったが、ジュノンは軽く首を振る。ロニテスとは夕方ようやく会ったくらいで、それまで一言も話はしなかった。
「あいつは魔物に、“お前を殺すために町を襲った”といわれたそうだ」
「え?」
 言われたことがわからずに、静かに視線を隣に向ける。ライフガントルはいまだ星を見上げたままだ。
「それで、あいつ、今回の騒動は自分のせいで、自分がこのまま町に残れば、いずれ同じようなことが起こると思ったらしい。あいつの過去は?」
「聞いた、よ。夕方」
 問われて答える。追放、というその意味が、ようやくジュノンの中で繋がった。ぼんやりとしていた違和感が露わになる。やりきれない思い。
「町の人達が、本当に大好きなんだなって。そう、思ったよ」
 だから、そう言おうとして、それは遮られた。
「だから追放なんておかしい、そう言いたいんだろう?」
 思ったことをそのまま見抜かれて、ジュノンは恥ずかしくて下を向いた。ゆらゆらとゆれる湯気が顔に当たる。なみなみと注がれたココアは、すこし濃い色をしていた。
「ロニテスは、この町はメディアスを受け入れる町だって言ってた。確かに、僕のファミリーネームを聞いても差別する人なんかいなかった。そんな優しい人達なのに、追放処分なんて」
 腹が立っていた。それを下した町長も、受け入れたロニテスも。
 ライフガントルが静かに口を開く。湯気が、揺れた。
「追放のことはな、ロニテス自ら申し出たことなんだそうだ」
「え?」
「自分は町に災いをもたらすから、無期限の追放処分に処してくれ、と」
 ライフガントルはなおも星を見続けていた。きらりと輝く星が、ひとつ、ふたつ。彼は今どの星を数えているのだろう。ぼんやりとした思考の中で、そんなことを考えた。
 星を、見上げる。
「そっか……。それで、なんだね」

 ロニテスのあの強いまなざしは。
 ライフガントルのあの強い言い方は。

 星が輝く。ひとつ。ふたつ。
 ロニテスもこの星空を見ているのだろうか。あの月を見ているのだろうか。
 ジュノンはミドラのことを思った。
 無残な死に方をした彼のことを思った。大切な人の事を。そして、ロニテスのことを思った。
「わかる、きがするよ」
 ポツリと呟く。その声が驚くほど落ち着いていて、ジュノンは内心自嘲した。
「ロニテスは、罪を受けたかったんだ」
 罪を、ライフガントルが口の中で繰り返す。ジュノンは小さく頷いた。
「自らの無力さに、自らの手でその罪を」
 視界の端で湯気が揺れて、ジュノンは一口、ココアを飲んだ。

 星がきらりと、輝いた気がした。

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※dark sideを読まなくても本編に影響はございません。