文化祭
@恐怖の鬼ごっこ編B

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 とりあえず、幸の提案で僕らは撹乱作戦を実行することにした。
「お前を見つける前に、メンバー全員と落ち合ったんだよ。一応俺が参謀だから、俺のいうことちゃんと聞けよ?」
 幸は念押ししてから、僕に灰色のパーカーを押し付けた。
 背中に2Bのロゴが入ったそれは、今回の松山祭のために作ったものだ。2Bの生徒なら基本皆持っている。僕は、今日はひとみさんと回ることもあったので、着ていなかったし持ってもいなかったけど。
「フードちゃんとかぶっとけ。顔わからないようにな」
 言いながら、自分でやる前に幸がさっさとフードをかぶせた。ぎゅ、と頭を押さえつけられて、そろそろ出るからな、と言われる。
 普段はおちゃらけていて、僕を女役に推薦するくらいノリで生きてる奴だけど、こんな時は頼もしい。僕は少しだけ感動して、親友の存在をありがたく思う。
 本当は、かなり怖かった。全校生徒が突然敵になって、でもその中でひとみさんを探さなきゃいけない。あきらめる、という選択肢は僕には示されてなくて、捕まるか捕まえるかの二択だけ。それに……なんというか、ここで捕まったら、もう二度とひとみさんに見てもらえないような気がした。
「行くぞ」
 幸が廊下の人の流れを確認する。さっきまで大量の人がこの近辺をうろついていたのに、今は不思議なほど人がいない。「よかった、大丈夫そうだな」言った幸の言葉に首を傾げた。
「どういうこと?」
「言ったろ、撹乱作戦だって。女子に、お前のふりして逃げ回ってもらってるんだよ」
 男じゃ無理だからなー、笑いながら言う幸に、腹は立つが言い返せない。確かに、僕は平均よりちょーっとばかり背が小さくて、未だに小……中学生に間違われるけども!
「小学生の間違いじゃね?」
「う、うるさいよ! とにかくひとみさんを見つけなきゃ」
 うーん、と、考える。彼女が行きそうな場所は、僕が考えるよりほかない。他の仲間たちは皆ひとみさんと接点が多いわけではないし、かといって仲間以外に聞くわけにもいかないからだ。
「……いちおう、ひとみ先輩の居場所連絡も指示したんだけど、やっぱり効果ないみたいだな」
 幸は携帯を確認しながら言った。
「どっかに隠れてる可能性が高いと思うぞ。さっきのお前みたいに」
「うーん、やっぱりそう思う?」
 聞くと、力強く頷かれた。


 とりあえず、一所にいるのは良くないということで、僕と幸は走りだした。今はまだ、女性陣が頑張ってくれているから僕が追いかけられることはないが、いつ身代りに気づくとも分からない。幸が僕を背に庇いながら進んでいく。人が多いところを適度に通ってまぎれながら、慎重に、慎重に。
 けれど目的地がどこなのか、僕にはわからない。
 そもそも、ひとみさんは文代さんと出店回り競争をしていたはずだ。どちらが勝ったのか、そもそも勝負がついているのかわからないが、放送の内容を聞く限り、ひとみさんはついさっきまで出店回りをしていたと考えていいだろう。
 ということは。
「……広い場所ってどこだと思う?」
「は? 広い場所って……体育館とか?」
 なんか気づいたのか、幸がそう言いたげな瞳で僕を見たので、たぶん、と小声で呟いた。
「ひとみさん、たぶん、松山祭で出品されてる商品を全部抱えているはずだと思うんだ。その上隠れてるんだから、広くて見つかりづらい場所にいるんじゃないかなあって……て、そうか」
 言いながら、気がついた。そうだ、そこしかないじゃないか。
「じゃあ体育館は無理だな。見りゃすぐにわかるし」
「うん、だから、上に行って」
「上?」
 幸は不思議そうに首を傾げて……その直後、彼の携帯がブルブルと震えた――もしもし?――電話口から、慌てたような声とすごい雄たけびが聞こえる。電話の主は、僕の身代わりの一人、山田さんのようだった。
『ごめん――身代り――ばれた――そっち――気を――』
 とぎれとぎれの音が切れて、電子音が響く。幸がさっと顔色を変え、僕を抱えて方向転換した。どこかから、どどど、という音が聞こえる。
「まずい! こっち来るぞ!」
 それからダッシュで走り出す。
「いたぞ!」
「待て食券!」
「仲間も一緒だ!」
 野太い声があちこちであがり、指差され、強面の――恐らくはボクシング部とか剣道部とか柔道部とかの――お兄さんたちが力づくで僕を捕まえようと襲いかかる。
「渡してたまるかっ!」
 あっというまに囲まれた幸は、叫びながら僕を彼等の足元に転がして蹴りつけた。そのまま波にのまれて、ほうほうの体で人だかりを抜ける。中心で、幸がお兄さんたちにしがみついているのが見えた。
「行けっ! 姫、走れ!」
 言われなくとも。
 僕が抜け出たことに気づいた群衆が、一斉にこちらを見る。前方から僕を呼ぶ声が聞こえた。仲間たちが追いついたらしい。 「姫君、速く――」
「ここは任せろっ」
 総勢八人の仲間たちが、何十人と言う生徒たちに向かって両手を広げて立ちふさがる。ようやく中心から解放された幸もそれに加わった。
「皆――」
 感極まった僕が何かを言う前に、再び幸が蹴りを入れた。
「いいから行けっ! 食券かかってんだかんな!」
 ……感動も台無しである。
 結局それが狙いか、あのときの感動を返せ。なんて、悪態をつきながら、言われた通り走りだす。上へ、上へ向かって。「うぐ、」という、辛そうな仲間たちの声が聞こえた。

 ほとんど人がいなくなった廊下を、ひとみさんの元へと走り出した。


 四階建ての校舎の、東側奥。そこにだけ、もうひとつ、半階分の階段がある。そこを登ると鍵の壊れた扉があって、その周辺をよれよれのスズランテープが覆っている。
 学校七不思議がひとつ、「踊る幽霊」が出るその場所は、屋上へと続く唯一の出入り口だった。
 ひとみさんが屋上にいる、と思ったのは、確かに隠れられそうで広い場所、という条件に合致していたのもあるが、ほとんど直感に近い。昔――僕がまだひとみさんの下僕ではなかった頃に、一度だけ、屋上で佇むひとみさんを見たことがあるからかもしれなかった。

 一年前の、晩秋。
 もう冬が鼻先まで迫っていて、凍えるような冷気が肌を突き刺していたあの日。
 照明機材を落とすという大失態を犯した僕は、部活後、落ち込んで行くあてもなく校舎をうろつき、屋上に行きついた。
 一年生、とはいっても、入学してからもう半年以上が経ったころだ。校舎の隅々まで知っている気になっていた僕にとって、屋上の扉は突如現れた道への扉だった。
(こんな場所があるなんて知らなかった)
 ドアノブを捻るのは簡単だった。
 鍵が壊れた扉は、スズランテープさえまたげばあっという間に開けることができる。不可思議な緊張感に襲われながら、静かに、静かに扉を開ける。古いはずのそれは音を立てることもなくゆっくりその先を示した。

 そこに、立っていたのが、ひとみさんだった。

 ひとみさんの存在は、その頃はもう一年の間にも浸透していて、僕は身体が一瞬硬直するのを感じた。入ってはいけない、直感的に思い、足は止まったけれど、静かに眼下を見つめるひとみさんの姿から目が離せない。
 夕方とはいえ、晩秋。辺りは既に薄暗く、赤とオレンジに燃えていた太陽は頭のてっぺんを隠そうとしていた。柔らかいオレンジをわずかに肌に照らしながら、ひとみさんはコートも着ず、上靴のまま、ただ黙って下を見ていた。
(なんで、そんな、)
 そう思ったのはなぜかわからない。ただ、そう感じた。
(なんで、そんなに、寂しそうなんですか?)
 けれどその言葉は胸中で霧散して、僕は何事もなかったように扉を閉じた。静かに、静かに。
 見てはいけなかったのだと思った。あの人の、こんなところは、きっと、見てはいけなかった。見られてはいけないものだったに違いない。

 それから僕はその記憶に蓋をして、ぐるぐると頑丈に固定した。二度とあかないように、漏れ出ないように。

 それなのにその情景が目に浮かんだのは、ここ最近ひとみさんと付き合うことが多かったからだろう。
 件の扉の前に辿りついた時には、僕はもう、確信に近い思いを抱いていた。
「待てぇ――」
「――こっちか!?」
「どこ行ったぁ! 食券んん!」
 階下では僕を探す声が渦巻いている。東側奥に屋上へ続く階段があることは、実はあまり知られていない。ここまで逃げ込めれば、恐らく、もうしばらくは大丈夫だろう。
 ドアノブに向き直る。また、あの時のような不可思議な緊張感が僕を襲う。
 嫌な汗が掌にじわりと浮かんで、ズボンで乱暴に拭きとった。
「――……ひとみさん?」
 ゆっくりと、慎重に、以前のように扉を開けて、僕は小さな声で問いかけた。やはり扉は音もなく開いて、僕に屋上を見せる。

「……遅かったな、待ちくたびれたぞ」

 そして、そこにひとみさんはいた。
 屋上の真ん中で、予想通り大量の商品の山を傍らに置いて、体育座りで彼女は僕に微笑みかけた。
「もっと早いかと思った。おかげでやきそばもたこやきもお好み焼きもフランクフルトもかき氷も……皆食べてしまったよ」
 すこしだけ疲れた顔で、ひとみさんは言いながら僕を手招きする。
 僕はその通りに彼女の元まで走り寄り、その正面で正座する。ひとみさんの真っ白な掌が僕の頭の上に乗った。
「でも、見つけてもらえないかもしれないとも思った。よく、見つけてくれたな」
 それからやさしく頭をなでる。
 ひとみさんは以前見た時と同じような、寂しい表情をしていながら……今まで見たこともないようなやさしげな瞳で僕を見つめている。どこか安堵したようでもあった。
「……ひとみ、さん?」
 不意に、彼女がどこかへ飛んでいってしまうのではないかと不安に駆られ、名前を呼ぶ。ひとみさんは微笑むだけで答えない。
 ただ、
「お前の勝ちだよ、姫少年」
 言って、すっかり冷たくなったたこ焼きを差し出した。


 ちゃらっちゃっちゃっちゃー

『こんにちは、松山執行部よりお知らせです。
 先程、十二時五十分ごろ、高松ひとみが新番長湯桐姫に捕獲されました。よって、以上を持ちまして、松山執行部がお送りするゲリライベント「全校生徒参加鬼ごっこ」を終了いたします。
 新番長湯桐姫及び2B有志の方々には、松山執行部寄り食券が贈られます。
 この後、十四時から体育館にて「全校生徒参加鬼ごっこ」の表彰式を開催いたしますので、ぜひご参加ください。なお、執行部より出席の連絡が入った生徒は、十分前に体育準備室前に集合してください。

 今回のゲリライベント、皆さん楽しめましたか?
 ゲリライベント表彰式の後は、一年生の舞台発表と部活動発表があります。この後も松山祭をお楽しみください』

 ちゃっちゃらっちゃっちゃーちゃー


topyou are near me ◇ (C)雨雲ハラス