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高松ひとみと文化祭 @恐怖の鬼ごっこ編C |
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未だ混乱したままの僕を連れて、ひとみさんは体育準備室にやってきた。 松山祭の運営本部は体育館ステージ横に設置されている。必然的に、ステージわきにある体育準備室は運営生徒の控室的扱いになっている。 さらに言うと、ステージ両脇に二つある体育準備室のうち、下手(客席から見て左側だ)の準備室は照明室として使用されているため、演劇部(とくに照明スタッフ)の出入りが激しい。スポットライトなどはキャットウォークに設置されているためそちらで操作するが、ステージ前面や背面を照らすローホリ、上部からの灯りであるサスなどは照明室に設置した機械で行うためだ。二階にある準備室はステージを見下ろせるようになっているため、操作に適している。 けれどひとみさんがやってきたのは、その照明室ではなく、運営控室となっている方の準備室だった。 何の断りもなく入っていくのはさすがひとみさんと言える。本部で忙しなく仕事をしていた生徒たちが、ひとみさんを見るや否や立ちあがって礼をした。 「あの……ひとみさん?」 握られて右手首が痛い。ひとみさんは黙ったまま。 こちらを一瞥もせずに部屋に入って、中にいた生徒たちに適当なことを言って人払いをする。休憩していたのに良いのかな、なんて思いながら、でも反論の声は全く出ない。ひとみさんの人望……というか、恐怖政治? その神髄を見た気がした。 だから余計に、なぜ僕がこんなふうにひとみさんと向き合っているのか、疑問に思う。 きっかけは文化祭の台本依頼だった。あのときの僕の、なにがそんなに気に入ったのか。未だわからない。ひとみさん曰く「面白かったから」らしいけれど、台本依頼すること自体は特に面白いことではないだろうし(そしてひとみさん相手なら多くの人がこぞって依頼してそうだ)、緊張で気絶するのだって、たぶん、ひとみさん相手なら、誰だってそうなって仕方ない気がするのだ。 「さて」 パイプ椅子に座らせられて、落ち着いたところでひとみさんの声が響く。凛とした声。僕はびくりと身体が震えるのを止められなかった。 「右手、出して」 言われるがまま右手を差し出す。ひとみさんの真っ白な手が僕の袖をまくりあげた。 「気付かなかったのか? 痛かっただろうに」 あらわになった、男にしては細くひ弱な腕には、真っ赤な痣が一つ、二つ。ひとみさんを探すのに必死で、こんな痣ができているとは気づきもしなかった。認識すると、そこからじわりと痛みが広がる。 「あ……」 ひとみさんの指が痣をさすって、鈍い痛みが走る。思わずもれた声に恥ずかしくなってうつむく。 そのまま、彼女はどこからか取り出した救急箱から、湿布を探しあててぺしりと張り付けた。その顔は無表情だ。 「まったく、少しは自分の身体も大切にしなさい」 「う……は、はい」 ここで、あなたを探していたせいですよ、なんて言えない。ひとみさんの顔は見たこともないくらい歪で、彼女が自責の念に駆られているのが見て取れた。ありていにいえば、怒っているのだ。 そのことに少しだけ驚いた。いつも人を食ったような笑みを浮かべて、堂々としていて、愉快なことを求め続ける彼女から、怒気を感じたことはほとんどない。僕はそれを、愉快なことを求めるあまりあらゆることをポジティブに受け止めているからだと思っていた。けれど本当は違うのかもしれない。 ひとみさんは、もしかしたら、 「高松先輩、ゲリライベント閉幕式の準備整いました」 「ああ、わかったよ」 扉の向こうからかけられた声に、室内の空気が少しだけ和やかなものになる。知らず緊張していたようで、硬直していた筋肉が急に弛緩した。 「ほら、姫、お前もいくんだぞ」 この後は確か表彰式? だったっけか。ひとみさんは満足そうに微笑むと、僕に向かって手を差し出した。 ひとみさんはもしかしたら、全てに興味を抱けなかっただけなのかもしれない。 ゲリライベント表彰式はあっという間に終わった。 もともとこのイベントを予定していたのかどうかはわからないが、一年の舞台発表が時間通り行われたところを見ると、予定の内だったのかもしれない。 ひとみさんの「思いつき」とも思える無茶なイベントに振り回された僕ら2B役者陣は、松山執行部寄り商品の食券30枚をもらいご満悦だった。付き合わされた皆に申し訳なく思って頭を下げたけれど、幸と同じく、執行部のイベントのメインキャストになれたことが嬉しかったらしく(それに損害も何もなかったし)、逆にお礼を言われた。 あらかじめ、役者陣は参考(もとい敵情視察)のため舞台発表は全て見るように言われていた。だから表彰式が終わり、ゲリライベント閉幕のあいさつが終わったあと、ひとみさんと言葉を交わす間もなく観客席にいる。 抽選で決められた舞台発表の順番は、一年C組から。定番どころのロミオとジュリエット。衣装も舞台装置も立派だが、役者がそれに負けている。 「つまらないか?」 隣に座る幸が、小声でそう問いかけた。頷きかけて、慌てて首を振る。つまらないわけではなかった。 「……ひとみ先輩が気になる?」 けれど、幸にはお見通しのようだった。思わず横を見ると、彼は不敵にほほ笑んだまま、目立たないように僕の頭をぐしゃぐしゃなでた。 「ま、文化祭の最中はどうにもならんけど。お前はひとみ先輩の下僕なんだろ? いやでも顔合わすんだから、その仏頂面、なんとかしとけよ」 言われて、かっと顔に熱が集まった。べつに怒っているわけでも、哀しいわけでも、ない。機嫌が悪いわけでもなかった。 なのに胸の奥にしこりが残って、それがとれない。消えてくれない。脳内では初めてまともにひとみさんを見た、あの屋上での映像がエンドレスリピート。映像に重なるようにして浮かび上がるのは、今日、屋上で見た、ひとみさんの微笑。 どうしてこんなに気になるのか、その理由を僕は知らない。たぶん、知るのが怖い。でもひとみさんとは会わなければならなくて、彼女を嫌いになったわけでもなくて。 「……うん」 頷くのに時間がかかって、幸はまた少し笑った。視線が舞台に映る。 舞台は佳境にさしかかっていて、仮死状態のジュリエットを見たロミオが泣き崩れている。 姿形も違うのに、演技力だってないに等しいのに、ピクリとも動かないそのジュリエットが、僕にはひとみさんのように見えた。 |
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