文化祭
@恐怖の鬼ごっこ編A

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 なんてことだ、僕は耳を疑った。へんてこな放送が流れ終わった校内は、まるで時間が止まったかのようにしんとしている。ああ、まずい。
「あいつ…放送で言ってた対象に似てないか…?」
 誰かがぽつりと僕をさしてそういったのが聞こえた。非常にまずい。ひとみさんが余計なことを放送で流したりするからこういうことになるんだ。じりじりと寄ってくる人の群れに、僕は恐怖で後ずさる。
「事情はよくわかんねえけど、高松に言われたんじゃなぁ…少年、勘弁しろよ?」
 一番近くにいた背の高いお兄さんが僕を見ながら言った。周りにいた生徒のほとんどがうなずいている。ぽかんとこの状況を見守っているのは、何も知らない一年生だろうか。ああ、もう、何も知らないなら助けてくれてもいいのに!
「えっと…ご、ごめんなさいいいい!」
 状況を打開するために、とりあえず僕は走り出した。恐怖で何を口走ったのかいまいち理解できなかったけれど、とりあえずこの場から離れられればそれでいい。背の低い僕は走り出したところですぐに人につかまってしまうが、けれど僕はこのゲームの攻略法をとりあえずは理解していた。
 僕を囲っていた先輩たちが逃げ出した僕を見て瞬時にポケットから小型端末を取り出した。ああ、あの人は幹部の人だったのか。すぐにばちりという音と共に放送の案内が入る。急な事態だ、もちろん放送前のチャイムなんてものは入らない。

『一階技術室前にて対象を発見! 二階へ移動したもよう、付近の生徒はただちに捕獲準備せよ!』

 こんな放送が流されては、もう、どうすることもできなかった。


 ここで高松ひとみとはどういう人物なのか、きちんと説明しておいた方がいいだろう。現実逃避とは言わないでほしい。全くその通りだから。
 高松ひとみ…僕らがひとみさんと呼ぶその人物は、大富豪の娘でも、学校の重役の娘でも、なんでもない。ただの一般女子生徒…のはずだった。
 彼女は容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群の才色兼備だった。そんなわけで、今から二年とちょっと前の入学式のとき、彼女は新入生代表として壇上に上がった。当時二年だった部活のOBの先輩に聞いたところ、壇上に上がり微笑みながらお辞儀した彼女はまるで天使のようだったという。そのあとの発言がなければ。
「私は高松ひとみ! 人生をおもしろおかしく過ごすために、今日よりこの学校を支配することにする! 全員ただちに名前と顔を覚えること! 以上!」
 おいおい新入生代表の挨拶じゃなかったのかよと、全員が心の中で突っ込んだらしい。もちろん強烈なあいさつをかましたひとみさんはすぐに教師内でブラックリスト入りされ、全校生徒に望みどおり顔と名前を覚えられた。
 しかし厄介なのは彼女が本当の天才だったことだ。最初は全員彼女のことなど相手にしていなかった。変な生徒くらいの認識だ。できればかかわりたくない方の。もちろんクラスでも、幼馴染だったさちこさんとふみよさん以外話しかけるものなど誰もいない。しかし、入学式後の初めての職員会議の時。彼女はなぜかどの教師よりも先に会議室に入室し、隠しビデオを取り付け、校長の座る席の隣に同じタイプのイスを用意しそこに座り、教師陣を待っていたのだという。
 もちろん会議からは追い出された。しかし、会議内で何か問題が起こり議論になると、どこからともなくひとみさんの声が乱入してきて、すっかりまとめてしまったというのだ。
 一生徒に丸め込まれた教師というのも変な話だが、もともとこの学校はフランクな学校であり、ゆえに教師もちょっと変な人が多い。だから、高松ひとみ教の始まりは教師だった。教師の中から高松ひとみっていいよねっていう人が何人か現れ始め、授業中に高松ひとみはすごいんだぞーという武勇伝をかたりまくった。それに合わせるように、彼女は各委員会すべてに出没し(職員会議と全く同じやり方だ)、問題点を提示しその解決法を導いた。全く変な人である。
 結果として、教師に続き委員生徒、部活動生徒、と徐々に信仰の輪は広がっていき、彼らによって「高松ひとみ親衛隊」なるものが設立され、親衛隊の根気強い布教活動と神出鬼没に現れて問題を片づけていく高松ひとみその人によって、わが市立松山高等学校は、高松ひとみ色に染められてしまったわけである。
 といっても、ひとみさんの突発的な企画ごと以外で一般生徒がその存在を認識することは少なく、生徒会の上に位置づけられた運営役員「松山執行部」の会長を務めるのがひとみさんくらいの認識しか持っていない。ただ、彼女を怒らせると松山執行部の連中や親衛隊幹部の連中が、相当数の人員を有して叩き潰しにくるという噂が勝手に独り歩きした結果、結局、ひとみさんに自分から仲良くなりたいという人はいなくなってしまったわけだ。
 代わりに執行部や親衛隊の布教活動によって「高松ひとみ至上主義志向」はあっという間に学校内を支配して、それらの「高松ひとみに直接関われる機関」への入会・入隊希望者が続出したわけだけど。恐るべきカリスマ性である。


 とにかく小柄な体を生かしてなんとか逃げ延びながら、校舎内に居るのは絶対不利だということに気がついた。かといって、ひとみさんが校舎の外にいるとは考えられない。というのも、わざわざ執行部や親衛隊を使ってまで僕の妨害を始めたのだ、僕が逃げづらいところに居るに違いなかった。
 とはいっても、もともとあまり体力のない僕がそうそう逃げ続けることなんてできるわけもなく、見つかったら袋小路を覚悟して、そっと空き部屋に逃げ込んだ。酷く胸が苦しくて、体中が熱い。足も腕も棒になったように感覚がぼんやりしていて、とにかく眠りたかった。
「うう……なんだってこんなことに……」
 正直泣きたい。というかもう涙がたまっている。くそう、それもこれもひとみさんのせいだ、なんて本人には絶対言えないことを頭の中で叫んで、僕はばたりと横になった。ひやりとした床が気持ちいい。

「何だ、もうばてたのか?」

 瞬間、聞きなれた声が聞こえた。追手かと思いあわてて起き上ると、声はくすくすと笑うと、ひょい、と目の前に水が現れた。
「まあ飲んで少し落ちつけよ、姫」
 驚いて視線を上げると、暗がりに微笑んで立っていたのは、友人の相田幸助、僕らが幸と呼ぶ、その人だった。
「幸!!!」
 声を上げると、彼はあわてたように人差し指を口元に充てた。静かにしろ、ということらしい。
「馬鹿、お前状況わかってんのか!? 今や親衛隊や執行部を筆頭とした学校中がお前を狙ってんだぞ!」
「う、うん……って、幸も狙ってるわけじゃないよね!?」
 あわてて距離をとる僕に、幸は苦笑を浮かべると馬鹿言ってんじゃねえよ、と呟いた。
「うん、まあ、できれば俺も追う側にいきたいんだけどな? こんなのが出回ってちゃお前に協力するしかないっつうか、まあお前側のほうが面白そうっつうか」
 言いながら、彼は携帯電話を差し出した。全校生徒へあてた執行部からの緊急メールが表示されている。それはこんなものだった。


送信:松山執行部
件名:高松ひとみ陣営VS新番長 全校生徒参加鬼ごっこについての詳細
10/23 10:34
――――――――――
先程入りました高松ひとみによる放送は、松山執行部がお送りするゲリライベント、「全校生徒参加鬼ごっこ」の導入です。 毎年お送りするゲリライベント、今年は二年B組の有志数名の協力を得て、高松ひとみVS新番長という構図で行う鬼ごっこ形式となりました。
ゲームのルールは以下の通りです。
*―――――*
1.新番長である、湯桐姫を捕獲することでゲームクリアとなる。
2.捕獲のための妨害は、基本ルール無用、しかし相手や周囲に怪我をさせた場合、その場で即失格となり、執行部により拘束されるものとする。なお、その場合加算されていた食券はすべて没収される。(詳細は3以降)
3.実際に捕獲したものは、その場で近くに居る執行部に連絡すること。クリア者には高松ひとみより、学際中いつでも使える食券、30枚セットを贈呈。なお、食券はどのクラス、どのメニューでも使用可。
4.高松ひとみが番長側に捕獲された場合、番長陣営に3の食券が進呈される。
5.新番長を捕獲できずとも、発見し、執行部に報告すればその都度食券が2枚加算される。
*―――――*
各陣営の主要メンバーは以下の通りです。
*―――――*
◇高松ひとみ陣営
・高松ひとみ
・松山執行部幹部
 ・木村みつる(3A)
 ・赤川夏樹(3B)
 ・葉山優斗(3C)
 ・篠田愛(2A)
 ・鈴木拓也(2B)
 ・藍川優奈(2C)
 ・鴇田かおる(1A)
 ・佐藤はるな(1B)
 ・山田瑞希(1C)
・ほか、全校生徒

◇新番長陣営(2B有志)
・湯桐姫(新番長)
・相田幸助
・山田茜
・中井祐樹
・寺内雫
・横山楓
・佐藤正人
・工藤一樹
・鈴木生人
・及川夏輝
*―――――*
食券をゲットして、充実した松山祭を送ろう!
執行部連絡先:090−××××−××××


「な?」
 幸はうんざり顔で言うと、「ひとみ先輩、役者陣を勝手に2B有志にしちまったんだぜ」と続けた。確かに、いやに見おぼえがあると思ったら、この有志メンバーは2Bの劇、「白雪の華」に出演する役者陣だ。
「……これは……単に、僕の知ってそうなメンバーが役者陣しかいなかっただけだと思う」
「やっぱそうか」
 不本意ながら言うと、幸は諦めた顔で再び苦笑した。
「まあ、こんな企画めったに参加できないからな。松山執行部によるゲリライベントも、ひとみ先輩が卒業したらないだろうし。つまりは今年で最後だろ? メインキャストに慣れてよかったっつーことで、一緒に頑張ろうや」
 そう言った幸が心強くて、僕は思わず彼に抱きついた。


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