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高松ひとみと文化祭 @恐怖の鬼ごっこ編@ |
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「それでは、今日から三日間、楽しんでください!」 体育館が歓声で溢れた。学校祭開催を知らせる校長の挨拶の後に、ステージに司会の男子が三人、やってくる。彼らは浴衣にお面をつけながら、テンポ良くこのあとの予定を説明した。 僕、湯桐姫の所属する市立松山高等学校は、学校祭を三日間の日程で行う。一日目は一年の舞台発表と、部活動の発表、二日目は二、三年の舞台発表、三日目は有志バンドによるステージが延々行われる。クラス展示については三日間とも行い、客の動員数や売り上げで競い合う。 学校祭が始まった。それは待ち望んでいたような、むしろ来て欲しくなかったような行事であり…一日目の今日、舞台発表のない僕は、一人教室に戻りながらため息をついた。僕の予定は決まっている。オープニング・エンディング・有志バンドは、演劇部には照明の仕事があるため体育館に缶詰。二日目は不本意だけども一応クラスの舞台の主役なので、リハーサルや客引きに追われる。残る一日目、つまり今日だが、台本製作時に取り付けられた約束どおり、ひとみさん―――演劇部の権力者―――の下僕、もといパシリとして付き添うことになっている。教室に戻りSHRを終えたらすぐにひとみさんの元へ向かわねばならない。遅れたら承知しないと昨日、部活で脅された。 「姫、一緒にまわろーぜ」 短いSHRをなぜ長引かないんだと悪態つきながら終えると、友人である幸―――相田幸助、ゆえに僕らは幸と呼んでいる―――が声をかけてきた。彼はす、とした目鼻立ちで、つまるところ美少年だ。憂鬱オーラを撒き散らす僕に声かけるとは、なかなかの勇者だ。そもそもこの憂鬱の原因の一端は彼にもあるのだ。僕はぎろりと幸を睨んだ。 「わ、何怒ってんだ? 劇ならもう諦めろよー」 「俺もやるんだし、そもそもお前が怒っても可愛いだけだって」そう続けながら幸は僕の頭をポンと撫でた。自分の容姿は一応理解しているつもりだ。背も低くて男前とは程遠い、だから僕が怒っても効果がないのはわかっているけれど。 「とにかく! 今日はひとみさんのパシリだから無理!!」 胸の前で大きく罰印を作りながら、顔はむくれたまま宣言。幸はぽかん、と僕を見返したが、もう知らない。大声を出して割かしすっきりした僕は、振り向かずに歩き出した。今は幸より、遅刻して起こられるほうが重大な問題だった。 「ぎりぎりセーフだな、姫少年」 三年A組の前で仁王立ちしながら僕を待っていたのは、ひとみさんのほかにあと二人。我が演劇部部長・藤堂幸子さんと、副部長の鬼頭文代さん。聞くと、二人も同行するとのこと。さちこさんと仲のよい僕は彼女の同行が素直に嬉しかったが、ふみよさんも来るのだと思うとその嬉しさも半減どころかマイナス、内心頭を抱えたい思いだ。何を隠そうふみよさんという方は、美貌と才能を兼ね備えたまさに才色兼備…なのだが、性格に難ありで有名なのだ。ふみよさんとうまく付き合えるのは、多分、彼女の補佐の泉君だけだろう。僕はむり。 「姫、よろしくだわさ」 「はい、お願いします、さちこさん、ふみよさん」 ひとみさんとふみよさんのダブルパンチにおびえる僕に、さちこさんはそう声をかけた。だから深々と頭を下げる。ひとみさんは満足そうにそれを眺めると、嬉しそうにふみよさんを見た。 「じゃあ行くか! ふみよ!!」 「行くわね! ひとみ!」 目を合わせて頷きあったかと思うと、二人は軽い屈伸をして突然走り出した。早速置いていかれた僕は、ともに残ったさちこさんをちらりと見る。 「あの二人は昔から根っからの祭り好きなんだわさ。祭りを見るとすべての出店を回る時間を競争するのが常…なんだわさ」 「さちこさんたちは…幼馴染かなんかですか?」 そう、と軽く頷いたさちこさんは、見慣れた様子でパンフレットを手に取った。しかし軽いため息をついているから、やはり二人には振り回されまくったのだろう。僕は心の中でひっそりさちこさんに同情した。 さあ、まずは二人を探さなければ。下僕としてやはりひとみさんを優先するのが良いだろう、思った僕は、何も言わずさちこさんに携帯を見せ、互いに頷く。 学校祭とは別に、密かに壮大な鬼ごっこがはじまろうとしていた。 「あーもう! どこにいるんだよ!」 生徒の波でごった返している廊下を必死に歩く。三年の教室のある二階からスタートしたから、おそらくひとみさんはまだこの階にいるだろう、そう踏んだ僕は、とりあえず人波をかき分けながらひとつひとつ教室を回っていた。走るなんて芸当は無理だ。いくら一般公開されていない一日目といったって、三年の展示はレベルが高いから、皆がこぞってやってくるのだ。 さちこさんとはすでに話がついていた。さちこさんがふみよさんを、僕がひとみさんを探す。出発間際、ぽそりと「今年は姫君がいてよかったわさ」とつぶやいたさちこさんの声が聞こえた。その声があまりにも悲しげだったので、今まで相当苦労したのだろう。何しろ二人まとめて見つけなければならないのだから。 ふみよさんは言わずもがな、運動神経がいい。今までどこでどうやって鍛えているんだろうと少し不思議に思うくらいの運動神経だ。演劇部にいるのが惜しいと言って、二年までは運動部から相当の勧誘を受けていたらしい。もっとも、ふみよさんの強烈なキャラクターのおかげでその勧誘も二年で終わったわけだが。しかし、ふみよさんに負けないくらい、ひとみさんも運動神経がいいことを僕は知っていた。というか、ひとみさんにできないことがある方がおかしいと感じるくらいの完璧人間なのだ、あの人は。変な趣味に変な言動、変な企画をするだけならまだましだったかもしれない。それを可能にする能力が完璧に備わっているからこそ、ひとみさんは厄介なのだ。 だからといって、この人ごみの中を猛スピードで回るのは不可能に等しい。身長の低い僕は生徒にもみくちゃにされながら、それでも追い付けると思っていた。 「姫君!」 不意に後ろから声が聞こえて、振り向くとそこには委員長の山田さん。彼女は僕の幼馴染で、姉御気質なせいかよく面倒を見てくれる。 山田さんは人込みで乱れた髪を片手でなでつけながら、僕と同じようにもみくちゃになってやってきた。三年C組の、「激突! マッチョvs忍者 今日君は限界を見る!」と書かれた看板の横スペースに滑り込む。受付の先輩が少しだけいやそうな顔をしたが、僕らの身長を見てか黙っていてくれた。 「どうしたの、山田さん。友達は?」 「や、はぐれちゃって…何せこの人ごみだし」 いったいいつの間にこんなに生徒が増えたのかしらね、山田さんは苦笑した。 「姫君は…一人でまわってたの?」 どこにも連れのいない僕を不思議そうに見ながらそう聞く山田さんは、僕より少しだけ背が高い。大体の女子にも抜かれてしまう自分の身長を嘆きながら、思い至って聞いてみた。 「ひとみさんとふみよさんとさちこさんと回る予定だったんだけど、はぐれちゃって。ひとみさん見なかった?」 本当はひとみさんとふみよさんの完全なる暴走行為だが、そこまで説明する時間も惜しいので省いてしまう。山田さんが今まさに僕の身長を見て「あー、これならはぐれるよなぁ、手でもつながないと」と思っているのがわかってしまうのが悔しい。山田さんは少しだけ考えて、そういえば、と切り出す。 「階段登ってくるときに、上からすごいスピードで下りてく二人の影を見たけど、その一人がひとみさんっぽかったような…」 「え!」 思いがけない言葉に思わず声が出る。山田さんがここに上がる時、二人はもう下に!? 人間のスピードじゃない。それ以前に、どうやってこの人ごみを抜けたんだ! 「うん、たぶんそうだと思う。なんかどこかに向かってたみたいだけど、姫君本当にはぐれたの?」 探すの手伝おうか、とまでいってくれた山田さんに僕は丁重に礼を言った。これ以上彼女をおかしな人たちに巻き込ませるわけにはいかない。彼女にしてみれば、人ごみの中猛スピードで階段を下りていく二人組を見たことでさえこの文化祭でインパクトある出来事になってしまっただろうに、そのうえ二人によっていじられまくるなんてかわいそう過ぎる。回避できる危険は回避しておくものだろう。 「じゃあ僕は行くから、本当にありがとうね!」 どこかに向かっている、とりあえずその言葉を頼りに、僕はやっとの思いで辿り着いた道を引き返す。階段がA組前以外だとE組のさらに向こうの音楽室の前じゃないとないのがつらい。音楽室まで行くくらいなら、僕は来た道を引き返す。 歩きながら何とか幸子さんに電話をしようと試みた。もしかしたら電波がつながらないかもしれないし、取れない可能性も高いが仕方ない。二人がゴールにしそうな場所を聞いて、そこで待ち伏せするしかないのだろう。 『……はいだわさ、どうしたの?』 何回かのコールの後、少し息の乱れたさちこさんの声が聞こえた。周りがざわついている。まだ見つかっていないようだ。 「あの、二人はもう下にいっちゃったらしいんです。それで、お二人がゴールにしそうなところで待ち伏せしようかな、なんて……心当たりあります?」 『あー、それはやめた方がいいだわさ。姫はひとみの下僕として来てるんだから、荷物持ちに一緒に行かないとひとみ、怒ると思うわさ』 予想していなかった返答に、僕は一瞬携帯を落としかける。あわてて持ち直して、 「で、でも! 僕の身長じゃこれ以上探すの無理ですよ!」 『んー、でも、ひとみは来てくれるのを待ってる…だわさ。ゴールの場所はだからひとみに会うまで教えてあげられない、頑張ってさがすだわさー!』 あまりに無責任な発言に僕は落胆した。さちこさんだけは…さちこさんだけは、まともだとおもってたのに! 反論しようと息を吸い込んでいるうち、電話は切れてしまった。結局こうなるのかと憂鬱になりながら、ようやくたどり着いた階段を一段一段、落されないように降り始めた。 「本当にいいの?」 パチリと携帯電話を閉じる。電話の向こうの彼が仕方なく動き始める姿が想像できて、藤堂幸子は小さなため息をついた。 「いいんだわさ。あのひとみがこんなことするなんて、よっぽど姫を気に入った証拠。できればうまくいってほしいのだわさ」 グラウンドに設置された屋外休憩所のパラソルの一つ。きれいにふかれた丸テーブルの上に大量の食事を広げ、たこ焼きをつまみながら鬼頭文代も似たようなため息をつく。一体ぜんたいどうしたというのだと大きく顔に出しながら、最後のたこ焼きを口に放る。 「でも、これじゃあせっかくの好敵手が台無しじゃない。勝負になんないわよ」 不満の声を上げ次に取り掛かるのはお好み焼き。ちなみに彼女が座る隣の椅子には、無造作に食べ終わった容器が積み上げられている。これを片づけるのは幸子だ。 「それでも、あのひとみがようやく腰を上げたんだわさ。親友として……そう思ってるのがあたしだけでも、助けてあげたいんだわさ」 「ふぅん…そんなもの?」 「そういうもんだわさ」 文代はつまらなさそうにお好み焼きを分けてゆく。並べられた戦利品からは立ち上る湯気が減り始めていた。幸子はため息を今度は笑みに変えて、そびえたつ校舎を見上げる。 「というか、ひとみから来た連絡を守らなきゃあたしが酷い目に会うのは目に見えてるんだわさ…」 ごめん、姫。 呟かれた声には、罪悪感のかけらも含まれてはいなかった。 文化祭の時期の放送局とは忙しいものだ。局自体の出し物(今年はこの日のために作成したドラマ上映と、そのグッズ販売、サブイベントとして激辛ラーメン早食い大会を行っている)のほか、他のクラスや部活の状況を撮影し、今年の文化祭メモリーとして編集しなければならないし、運営委員の方から、放送局は特別に客入り状況等の集計補佐も頼まれていた。 そんなわけで、局員は全員仕事に追われている。局室内ではひっきりなしに各クラスのCMを流し、軽快な音楽を流し、全員が一つのミスも許すまじとピリピリしている。 その時。 若干控え目なノック音が聞こえる。全員ヘッドフォン着用の元集中しているためもちろん局員は気づくわけがなかったが、たまたま外から道具を取りに来ていた一年男子がそれに気づいた。放送中のランプがついているのに、いったい誰だというのだろう。局員ならば勝手に入るはずだし、先生だろうか? 推測しながら扉を開ける。 そして、ノックダウンを食らった。 突然乱入したそれは仕事の邪魔にならぬよう、丁度定刻のCMを流し終えた二年男子局員の目の前に一枚のメモを突き出した。メモにはきれいな字が並んでいる。局員は何事かと顔を上げた。そしてそこにあったにこやかな顔を見つけて、神経ピリピリの邪魔すんなよ馬鹿野郎顔から一変、見る見るうちに青くなっていく。彼はメモを受け取った。 「よろしく頼むぞ」 その人物はくるりと踵を返すと、のした一年男子局員をひょいとよけて去っていった。他の局員は集中しすぎているため一連の出来事には気づかない。メモを受け取った彼はちらりと壁の時計を見て、意を決してマイクに向かう。メモを持つ手が震えていた。 ちゃらっちゃっちゃっちゃー 『こんにちは、皆さん文化祭を楽しんでいますか? ここで三A高松ひとみから連絡です』 (ここで声の主が女性のものに変わる。本人ではない) 『私高松ひとみは、今ある人物に追われている。その人物は私を捕まえてこの学校を征服しようとしているらしい。いわゆる番長というものだな。しかし、この人ごみでは私はうまく逃げ切ることができない。そこで、だ。親愛なる諸君らに、一つ二つ三つばかり頼みごとをしたい。まず一に、私を見つけたら無条件で道をあけてくれ。逃げられないからな。第二に、私を追う人物の妨害をしてほしい。第三に、私が逃げ延びるための水分補給と食糧補給はすべて無償で行ってほしい。もちろん代金はあとでしかるべきところに支払おう。何しろ今お金を払って買っている暇がないからな、とりあえず現品だけくれ。従わない生徒……特に一年生諸君は、私を一体誰だと思っているかもしれないが……私は一応この学校のトップだと認識している。二、三年諸君も同じだろう。従わない場合は、私に対しての謀反、つまり追手の味方と判断し、私の親衛隊が即座に拘束するだろう。危険の種はさっさとつまんでおかねばならないしな。 さて、問題の私を追う追手だが、彼はとても背が小さいからすぐに隠れてしまうだろう。できれば捕獲して私のもとまで届けてもらいたいが、すぐに見つからなくなってしまうので無理かもしれない。だから、見つけたらとりあえず襲いかかる程度で大丈夫だ。戦闘能力は今のところないだろうから大丈夫、彼には仲間がいるかもしれないから気をつけてくれ。 では諸君、諸君らが私を助けてくれることを願う。 ―――おっと、まだ追手の名前を言っていなかったな。追手の名前は……』 『以上で連絡を終わります。皆さんの安全と平和のため、全力で追手を妨害しましょう。―――このあとも、松山祭をお楽しみください』 ちゃっちゃらっちゃっちゃーちゃー |
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