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高松ひとみと文化祭 @地獄の練習編 |
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文化祭の準備が始まった。 僕、湯桐姫―――念のため行っておくが僕は男だ―――の所属する二年B組は、二日目にステージ発表で『現代版白雪姫』をやる。 面倒くさい役決めのLHRも終わり、僕は至極憂鬱な顔で台本を握り締めていた。 配られた台本は予想通り、以前提出した僕の先輩……高松ひとみさんの書いたものだ。僕がひとみさんにしごかれて書いた台本は、僅差で没作となった。尤も、僕とひとみさんのは視点が違うだけで内容自体はほぼまったく同じだ。 ひとみさんが書いた台本は、原作どおり白雪姫視点のもの。 僕が書いた台本は、逆に原作では白雪姫を目覚めさせる王子視点のもの。 まあ、鼻からひとみさんの台本でやるつもりだった僕にはかわらないのだけれど。 「主役、がんばってよ姫君!」 委員長の山田さんが僕の方をぽんとたたいた。しかし軽いはずの彼女の手はいまや僕にとって最も重い錘にしかなりえない。 僕は黒板に書かれたこれまでの経緯を見やって、推薦投票なんて誰が決めたんだと心底うらむ。 経緯は酷く単純で、そして明らかである。 : LHRが始まったと同時に、まず台本の決定が執り行われた。 文化祭関係なので、前に立っているのは山田さんではなく実行委員の朝霧さんと中井君だ。 台本は、僕が提出した二作のほかにもう一作、誰かが持ってきた既成の台本。 朝霧さんが手早くそれぞれの台本のあらすじを述べて、投票が行われた。票差は圧倒的。 何の問題も示さず、台本はあっさりとひとみさんが書いたもの……『白雪の華』に決定した。 次に行ったのは配役だ。 セオリーどおりに進んでいく学級会を眺めながら、僕はどうせ裏方だと傍観していた。 自らの名前が挙がるまでは。 一番初めに、配役は立候補だと決めるのが難しいから、全推薦投票制で行うと中井君が言っていた。もちろん皆それは了承していたが、推薦は特に性別の指定までしていなかった。 けれど常識的に考えて、女性の役は女子が、男性の役は男子がやるものだろう? しかし僕とそれなりに仲の良い友人―――相田幸助という気さくな奴で、僕らは幸と呼んでいた―――は、高々と手を上げた後にんまりと笑顔を作ってこともなげに言い放ったのだ。 「主役の雪役に、湯桐姫で」 一瞬、教室内に痛い沈黙が溢れた。言った本人は満足そうに手を下ろし、僕を見つめてニヤニヤとしている。……そんなことする奴ではないのはわかっているが、新手のいじめかと疑いたくなる。 それまでに女子の中から雪役への推薦は無かった。中井君は少々渋い顔をした後、思考を終えて華やかになった顔を上げてこう提案した。 「―――いいんじゃないかな。でも、姫だけに女装をさせるのは酷だから、いっそ配役と性別を全部逆転させるのはどうだろう?」 これにはノリの良い我がクラスは大賛成だった。 女子達は元々男性の役が少ないのを知って、割り当てられる役が少ないのに喜んだ。また、一部のマイナーな女子達は狙っているクラスの男子が女装をすることに胸をときめかせているようだ。その様子は酷くこっけいで、また哀れにも見えたのだけれど。 そんなわけで、僕以外の全員一致で白雪姫の役……主役となる雪の役は、僕、湯桐姫に決定したのだった。 ちなみに後々幸に僕を推薦した理由を聞いてみると、答えは簡単、僕の名前が“姫”だったから、ノリで言っただけだったそうなのだ。彼自身、本当に僕が雪になるとは考えもしなかったんだろう。 そんなわけで、ひとみさんの奴隷という損な役回りのほかに女装という無理難題を押し付けられてしまったのだった。 部活に行きながら台本をめくる。さすがひとみさんの書いたもの、ひとつひとつが心にしっくり伝わってくる。 自分の台詞のところに黄色いマーカーを入れておいた。本当はあまり良くないんだけれど、そもそも役者初経験の僕だ、それくらい多めに見てもらう。 「姫少年」 ふと後ろから声がかかった。この言い回しは確実にひとみさんだ、僕は憂鬱な気分を隠さずに振り向いた。 「ひとみさん」 ひとみさんは僕より一つ上。三年A組の優等生。全校生徒の憧れの的で、そして校内で最も深く関わりたくない人ナンバーツーの実力を誇る。ちなみにナンバーワンはうちの部の副部長、鬼頭文代さんだ。ドS中のSのあの人に、深く関わりたいなんて人がいたらその人は間違いなくドMだ。間違いなく。 ひとみさんは相変わらず容姿端麗で、さらりと流れる黒髪を片手で少し押さえて立っていた。僕よりも背の高い彼女は、やや僕を見下ろすようにして笑顔を向けた。 「文化祭の台本、決まったのか」 僕が持っていた台本に目をやりながら、酷く面白いことを見つけたような顔をしてそう言った。僕は戸惑いながら頷く。今自分が酷く醜い顔をしているんだろうと思うと笑える。 「そうふてくされるな。……やはり私のものに決まったか、姫少年のもなかなか懇親の作だったのだがな」 ひとみさんは予想通りの結果にやや詰まらなさそうだ。しかし、何か良いことを思いついているのかその口調はやけに明るい。 「それで、君は何の役なんだ?」 ゆったりとした動作で僕の横を通り過ぎ、部室の扉を開けながらひとみさんは聞いた。僕は言っていいものか、というよりも、言って確実にからかわれることを予想しながら……こっそりとひとみさんの顔を盗み見て、嘘を吐くことを即決した。 「裏方です」 はっきりとした口調で言ってやると、ひとみさんの顔はますます楽しげになる。 「ほお? では雪の台詞にマーカーが引いてあるのは何なんだ?」 通り過ぎたときにちゃっかり見ていたのだろう、ひとみさんは部室に入りながら面白そうに言った。 あとに続いてひとみさんの背中を眺めながら、彼女に嘘は通用しないことを知る。 ……すぐさま諦めた僕は鞄を置いて肩を落としながら、 「すみません嘘つきました」 「よろしい。で、雪役なんだね?」 すんなりと認めた僕を見てひとみさんは微笑んだ。小さく頷く。 「しかし姫少年はたしか今まで役者の経験が無かったな。……そうだ、今年の夏季公演は照明だったし、地区大会も照明だった。……ふむ」 ひとみさんは面白げに目を光らせると、他の部員が見つめる中僕に向き直った。 「私が演出をつけてやろう。台本製作したついでだ、クラスも見てやっていいぞ」 その言葉に、僕を含めその場にいた演劇部員達が、持ち前の腹筋で驚愕の声を叫んだ事は言うまでもない。 「また昼からお酒ですか、幸さん」 「五月蝿いわね、さっさとバイトにでも行きなさいよ。あんたの父親が残した借金なのよ!? なにが嬉しくて私の貯金まで使わなきゃいけないの!」 台本を片手にマイム(=パントマイム)で鞄を下ろす動作をしながら、僕は弱弱しくうつむいた。 義母・幸役に当たった相田幸助―――通称幸―――が、僕と同じようにうんざりとした表情を見せながら台本片手にビンを投げつける動作をした。 「さっさと学校でも辞めたら!? いつまでもずうずうしく通ってられると思わないことね!」 その台詞が発せられたと同時に、小気味良い音が教室中に響き渡った。 僕と幸はあわててイスに座るひとみさんの元へ駆け寄る。ひとみさんは難しい顔をして台本とにらめっこをしていた。 ……昨日、部活で「二年B組の演劇をみてやる」と宣言したひとみさんは、今日から早速自分のクラスをほったらかしてB組に入り浸っている。文化祭準備が始まると、六・七時間目は全て文化祭準備日程になる。ひとみさんは、チャイムが鳴ると同時にクラスにずかずかと入ってきて、担任が驚愕で硬直しているのを良いことに堂々と宣言したのだ。 『このクラスの演劇は私が演出を取る。異論は無いな?』 もちろん、誰一人として反抗は出来なかった。 というのも、容姿端麗・頭脳明晰・何でもそつなくこなすひとみさんは学校中の憧れの的で、突然やってきた事は皆驚いたが、それ以外は異論を申し立てる理由がなかったのだ。むしろ皆大喜びで、『自分のクラスに戻って…』という担任を歓喜でねじ伏せたほどだ。 しかしそれはそれ。これはこれ。役者に当たった僕を含めある意味の被害者たちは、始まったスパルタ演出にため息が漏れるばかりである。 「姫少年、聞いているのか?」 ひとみさんのどすの聞いた声で僕はふと現実世界に戻った。 あわてて台本から目を離し、弱弱しい声で呟いた。 「すみません聞いてませんでした……」 「正直に言ったことはよろしい。だが、私は一度言った事は二度言わないといったはずだぞ。後で聞いていたやつにでも聞け」 「はい」 正直、ひとみさんが演出をやっているところは始めてみる。 いつも僕は部室活動だから、表なんて見たことが無かったのだ。活動中はいつも、表は良いよなぁ楽しそうで、なんて思っていたのだけれど、実際やってみると大違いだ。裏のほうがまだましかもしれない。 「全体的に声が小さい。声色で憂鬱な気分が駄々漏れだ。相田少年、お前は少年じゃなくて金遣いの荒い酒乱の中年女性“幸”。姫少年、お前はそんな幸にいじめられてストレス爆発寸前の、健全な女子高生なんだ」 しっかり思い込め、そういってひとみさんは再び台本に目を落とした。 僕は隣に立ってメモをしていた幸を盗み見た。幸も僕を見たようで、お互い視線が合うと小さくため息を吐いた。一体何がどうして、やりたくもない女性役なんてやっているんだか。 「ふむ、演技力等のそもそもより、その気分の下がり具合のほうが重症だな……一旦表中止!」 ぶつぶつと何かを呟いた後、ひとみさんは大声で教室にいるそのほかの役者に表が中止だということを告げた。そして、すぐさま皆を黒板ぎりぎりのところに一列に並ばせる。 「これからジェスチャーゲームをやる。特に劇との関連性はない。とりあえず楽しめ」 皆一様になんだか言っている意味がわからなくて、首をかしげた。 そんな皆の様子はお構いなしに、ひとみさんは人数を半分に分けて片方を前に座らせた。 「右端の……横山、お前だ。君からトップバッター」 そして取り残された役者陣五人―――僕、幸、山田さん、中井君、寺内さん―――に向き直ると、不意に僕にチョークを渡した。 「まず黒板側の者がお題を黒板に書く。横山は書かれたお題にそってジェスチャーをし、見ている残りの者は何を言わんとしているのか当てろ。もちろん、声を出すのは禁止だ。当たったら横山は左に回り、一番右端のものが前に出る。黒板側も同じ。ローテーションを繰り返しながら、最初だから……十分間、どれだけ当てられるか競い合う」 わかったか? といって、全員がやりたい事を理解した。その表情に満足したのか、僕達の意見も聞かずひとみさんは黒板側にイスを持ってきて座り込む。 「でははじめっ」 表のときと同じように一度手を叩かれたから、チョークを持っていた僕はあわてて黒板に向き直った。 ジェスチャーゲームなら、活動で何度かやっている。基礎鍛錬も重要だが、なにしろこのゲームは演技力が身につくのだ。 くらげ 雑な手でとりあえず思いついた単語を書く。それを見て呆然と立っていた横山さんは、同じようにあわてた様子で僕を見て、僕が頷くのを見て仕方なしに手をくねらせ始めた。 「えーっと、ほら……」 言いたいことがいまいち伝わらないことに苛立った横山さんが、思わず声を出したのをひとみさんは目で制した。その様子はとても怖い。 「たこ?」 出された一つの回答に思い切り首を振る。手のくねりは先ほどの比ではなくなっていた。 「えーと、じゃあイカ?」 何人かがわかんないねと言い合いながら、やがて一人が思いついたように声を上げる。 「あ、くらげ!」 言われたことに安堵して、横山さんは疲れきった微笑を浮かべながらそそくさと左に避けた。押し出されるようにして、右端にいた佐藤君が前に出た。 僕はチョークを幸に押し付けると、高みの見物よろしく左に避ける。 幸はうーんと一瞬悩んでから、あ、と声を上げて文字を書く。 蛍光灯 奇麗な字で丁寧に書かれた文字に、佐藤君を含め全員が無理だと思った。そこからどう発想すれば良いというんだ、本当に。 「指差しジェスチャーした場合、ペナルティで腹筋・背筋・側筋・腕立て各50回な。パスの場合も同じ」 御題を見てその難しさを理解していながら、だからこそひとみさんが嬉しそうに付け足す。佐藤君が果たしてどう表現するのか楽しみでならないのだろう。 一方佐藤君は、言われた内容に愕然としながら、顔を真赤にさせて十五秒ほど考え込んだ。僕だったらペナルティ確定だなぁと思いながら、佐藤君はどうやら切り抜ける方法を思いついたらしい。 は、として顔を上げると、彼は不意に腕を上に上げた。 上げた腕を見上げながら、器用に何かを取り外す。それは長い棒のようだ。佐藤君は一度ふう、と溜息をつくと、その手に持っているものを手で形取りながら強調する。 もちろんその長い棒とは蛍光灯だろう。普通の人がやったら何をやっているかわからなかっただろうが、しかし佐藤君は違った。まるで内容を知っているかのように、はっきりと見えるのだ。 ほお、とひとみさんが声を出す。ひとみさんにとっても、佐藤君がこんな演技を出来るのは意外だったらしい。 「蛍光灯……?」 案の定、先ほどのくらげよりも早い時間で誰かが答えを述べた。佐藤君はにこりと微笑んで、挑戦的な目を幸に送る。 彼はどうやら幸の御代が自分への挑戦状だと思ったらしい。そういえば幸と佐藤君は同じ部活でエース争いをしていると聞いたことがある。すると、幸が蛍光灯と書いたのも偶然ではなさそうだ。 ちらりと幸を見ると、やはり悔しそうな顔をしている。解かれたのがよほど悔しいのだろう、くそ、と小さくしたうちしてから、隣の山田さんにチョークを渡した。 つまりそういうわけで、気がつくと僕達の演技力はそこそこ見れるものになって行った。 演技が出来るようになると、ひとみさんは少しずつ良い出しをしてくれる。一年の頃先輩が、「ひとみに良い出しされるとやる気が出る」と言っていたが、確かにその通りだと思う。 いつの間にか、それぞれ自分とは異なる性別の役であるにも関わらず、気づくと充実した練習を行っていた。 「本番が楽しみだな」 七時間目が終わって一緒に部活へ行く道すがら、ひとみさんがポツリと呟いた。ちなみにこの前ひとみさんのクラスは何をやるのかと尋ねたら、彼女はきっぱりと「知らん」と言ってのけた。 それだけ自分のクラスに入り浸ってくれているのだ、今年から導入されると言うクラス発表コンクールで、なにか一つでも入賞しないと顔が上がらない。 ちなみにコンクールでは総合順位のほかに十の賞が用意されているらしい。この前プリントを見たが、結構詳しく見るようだ。 客導入数、売り上げ量(展示クラスのみ)、芸術性(舞台クラスのみ)、パフォーマンスの良さ、客のアンケート、などなど。前々からこの学校は変なところにこだわると思っていたが、やはりそうだと思う。 そんなわけで、文化祭当日まであと三日。僕達二年B組は、相変わらずひとみさんにしごかれていたりする。 |
| あとがき ◆ |
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「高松ひとみ」第三段です。 さて今回も姫少年視点で書かれていますが、前回台本出しをした劇の練習が始まりましたよ、と言うお話です(笑 あれ、ちょ、文代とか幸子とか色々出したかったのに、気づいたらひとみと姫しかでてないよ!? あああ最後がなんだか尻切れです;でもおもいつかなかったんだ!この流れでどうしろと! ……精進します(苦笑 |
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