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高松ひとみと姫少年 |
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「湯桐クン、お願い!」 そう言って僕の元へ来たのは、普段なら話さないような綺麗な子。朝霧さんと言っただろうか、クラスで浮いている僕のところへ何しに来たのかといぶかしんでいると、突然彼女はぺらぺらと一ヵ月後にある学校祭のことについて話し始めた。 「ウチのクラス、ステージ取れたでしょう? だから劇をやろうって話していたんだけど、演劇部って湯桐君しかいないしさ、悪いんだけど、台本書いてくれないかな?」 朝霧さんは長い茶髪をゆっくりと手で撫でて、あまり申し訳なさそうに言い放つ。演劇部といっても、照明担当の僕が台本なんて書けるわけがない。一瞬の間も空けず僕は断ろうとした。そのとき、 「湯桐クンならやってくれるよね? あ、題材は『白雪姫』で、現代風にアレンジ加えてね!!」 彼女はそうとだけ残してすぐに去って言った。 仲間内であろう他の女子達の元へ行き、何かをべらべら喋ってはグループ内で爆笑している。のどまででかかった言葉をなんとか飲み込むまで、僕は独り呆然とその様子を見ていただけだった。 彼女に声をかけるのは初めてだった。 学級代表であり幼馴染である山田さんになだめられながら、僕は結局引き受けることになった台本の話を引っさげて部活へ向かった。 僕が演劇に興味を持ったのは小学校のときだった。 学校にやってきた劇団のささやかな劇を見て、とても感動したことを今でも覚えている。 あの時やっていたのは確か「三枚のお札」だ。簡単でメジャーな昔話だったが、あまりの迫力に泣き出した子もいた。…そのときの台詞一つ一つを今でも鮮明に聞き取れるくらい、僕はその劇に感動した。 中学に演劇部がなかったので、高校は演劇の強いところにしようと決めて今の高校に入った。演劇の名門校と言われるほどの高校らしく、部室に賞状やトロフィーが並ぶ中、ここ数年、大会での実績は上げていない。 ウチの演劇部はとても変だと思う。 いや、部活自体は変でもなんでもない。確かに発声するときの顔は爆笑物だし、輪になって歌ったりしているが、まともな活動をしている。…はず。 おかしいのはむしろそれを作り上げている部員のほうだ。 部長は裏チーフの藤堂幸子さん。 イントネーションが不思議でやられ役、何故部長になったのか全く分からないが、彼女に何か作らせたら良い意味で「すごい」ことになる。 変人度は割かし薄いほうだと思うが、時々何もないところに向かって相槌を打ち始めるのでとても怖い。本人曰く霊感は無いそうなのだが。 副部長は表チーフの鬼頭文代さん。 普段は小道具担当の泉君をいじめている鬼畜女王だが、役者をやらせると一級品。自分に演出は似合わないと、わざわざ(公演体制中の)第二権力である演出の座を蹴って役者チーフになった。…怖い人だけど、本当は優しいことを部員全員が知っているだろう。(多分 舞台監督である高松ひとみさんは、美人で何でもそつなくこなし、演技も一級品で演出も出来ちゃうすごい人だが極度の変人だ。 変人ばかりのうちの部員内で、群を抜いての変人だ。これは断言できる。 まず彼女は「坊主フェチ」だ。神社でお経を唱えている坊主ではなく、坊主頭のほうの。 この間バスでたまたま前の座席にいた少年が、良い感じの丸刈りだったのに触れなかったことを彼女は本当に悔やんでいた。 次に彼女は、極度の「面倒くさがり」だ。 舞台監督なんてやっているが、仕事をしているのは舞台監督補佐の大木君。けれど大木君も文句一つ出さない。むしろひとみさんをかばうような位置についているのだから不思議だ。 そう、ここで問題なのが、「彼女」がひとみさんであると言うこと。 僕はしがない、四人いる照明のうちの一人だから、公演体制中で絶対権力を持つ舞台監督の彼女とは、これまでにまともに話したことがなかった。 普段の挨拶くらいは交わすが、例えば昨日見たテレビのこととか、流行の服の話だとか、人気があるお店の話だとか。そういう類のことは、全く話したことがない。 というよりも、ひとみさんの口から聞いたことすらない。 僕はうんざりとため息をついた。部室の扉を開ける手が重い。そんなこんなで悶々としながら部室の前を行ったりきたりしていると、突然後ろから声がかかった。 「姫少年、どうかしたのか?」 少し高めの、綺麗な声。その声がつむぎだした印象的な口調に、僕は酷く聞き覚えがあった。体が強張るのが分かる。 「ひ、ひとみさん…! お、おはようございます。さ…先、どうぞ」 後ろを振り返ってそこにいたのは、予想通りの美しい姿。ひとみさんは着ていた紺のセーラー服のネクタイを少し直しながら、軽く頷いて僕が開けた扉の先を潜っていった。 通り過ぎざまに、ひとみさんから香る甘い匂いが僕の嗅覚を混乱させた。正確に言えば、嗅覚を通して体全身を麻痺させた。 どうすることも出来ずにがちがちになりながら、僕も部室へと入り扉を閉める。 部室には幸子さんと先ほど入ったひとみさん以外、誰もいなかった。幸子さんは狭い衣装スペースで、破れた衣装を縫い繕っている。ひとみさんは幸子さんの器用な手さばきを眺めながら、足を組んでソファに座っていた。 彼女の目の前に正座しながら座り込んで、僕は勢いよく頭を下げた。…心なしどころかかなり体が震えていて、あまりの勢いに床に頭突きしたものだから、幸子さんが動かしていた手を止めて僕を凝視しているのが痛いほど分かった。 「ひとみさんっ! 一生のお願いがあります!!」 ちらりと視線を上にやると、ひとみさんは全く動じていない様子で僕を見下ろしていた。けれど顔がにやついている。 ひとみさんは「面白いこと」に弱い。大方、僕が土下座なんて古風な動作までして頼み込んできたことを「面白い」と感じているのだろう。 「姫少年、とりあえず顔を上げてくれ」 ひとみさんは組んでいた足を元に戻しながら少し大きめの声で言った。 顔を上げる。 「頼みごととは?」 声のトーンをわざと下げて、どこか怪しげな雰囲気を漂わせながらひとみさんは問うた。僕の緊張が一気にピークを越す。 「は、はいっ!! じ、実は…」 僕はそれまでの経緯をひとみさんに話し、何とか僕の代わりに台本を書いてはくれないかと頼んだ。 聞いているときのひとみさんはまるで百面相だった。突然渋い顔をしたり、逆に面白いことを見つけたような顔をしたり。悲しそうに眼を伏せたかと思えば、突然怒り出したような顔になったりした。 話し終わる頃には、部室には三人ほどの部員が来ていた。幸子さんも作業に戻り、僕とひとみさんだけ別空間にいるよう。 ひとみさんが声を上げる。 「姫少年、私はそういう類の頼みごとをあまり好かないことを知っているね?」 「は、はい! もちろんです!!」 ひとみさんが先ほどよりも渋い顔をした。 こういう顔のときは、大抵何か面倒くさいことを背負わせるときだ。僕はいつ、何がきても良いように強張った体をさらに強張らせる。 「ひとみ、姫がふるえてるだわさ」 突然かかった柔らかく独特な口調に、僕は幸子さんが僕を庇ってくれていることに気がついた。 ちらりと横を見やると、幸子さんが真剣なまなざしで僕とひとみさんの成り行きを見守っている。 ちなみに他の部員はおのおの楽しそうに、それは楽しそうに準備を始めていたけれど。 ひとみさんは幸子さんを一瞥して微笑みかけてから、もう一度僕を見下ろした。 僕の緊張がピークに達する。体が一瞬震えを止め、目の前が真っ白になって、脳内がショートして、それでもただ一言が頭の中で渦巻いていた。 何 が あ っ て も 頼 み 込 ま な きゃ…… 暗闇の中に白いその文字が浮かび上がったとき、僕は意識を手放した。 目が覚めると、僕を見下ろすひとみさんの笑顔が見えた。 久しぶりに見た満面の笑みに、僕は安堵と同時に悪寒を感じる。思い切り起き上がった。 「ひひひひひひとみさん!???」 驚きよりも疑問のほうが高かった。 ひとみさんの後ろにあった時計を見て、すでに活動時間に入っていることを知る。いつもなら稽古場で演出席の隣で足を組みながら、一人黙々と作業する大木君を見ては駄目だし、表を見ては駄目だし、裏へ巡回に来ては駄目だし…をしているはずのひとみさんが、気絶したのであろう僕の看病をしているはずがないのだ。 僕は眼を丸くしながら、若干密着していたひとみさんから後ずさった。 「そんなに驚くなよ。多少なりとも傷ついたぞ、今の動きは」 ひとみさんが苦笑しながらそんなことを言う。けれど目が笑っている辺り、緊張で気絶した僕を新しい玩具として認識しているのだろう。 「ああ、頼みごとの話だがな」 「え?」 「頼みごとだよ、君が持ってきた。台本を書くってやつ」 まさかひとみさんからそんな言葉が出るなんて思いもせず。一瞬フリーズした僕は思わず聞き返してしまった。 ひとみさんが続ける。 「私から二つ、案があるのだが」 「え……聞きます」 答えた瞬間、ひとみさんがにやりと笑った。 嫌な予感。 「まず一つ目。私のスパルタ講習で姫少年自らが台本を書く。二つ目。これは取引だ。私が完璧な台本を書くのと同時に、姫少年は永劫私の奴隷になる」 的中。 すらすらと意見を述べるひとみさんは、絶対的な存在感を放っていました…… 「え、結局どっちにしたの?」 山田さんが昼食の弁当に箸を伸ばしながら、話の続きを促す。 げっそりとした僕の姿を見て察してくれはしないだろうか。 一応台本は出した。現代風『白雪姫』で、締め切り以内に。 集まった台本は合計二冊。僕は話の続きを話し始めた。 「どうもこうも、結局二つの案とも採用されたよ。ひとみさんが一つ、完璧な台本を書いて、違う視点から僕が地獄の指導を受けながら書く。結局僕は、永劫ひとみさんの奴隷だってさ……」 ふぅんと言って苦笑した、山田さんの微妙な笑顔が酷く胸に突き刺さった。 あーあ、これから人生大変だなぁ…… |
| あとがき ◆ |
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「高松ひとみ」第二段です。 今回は彼女を知る演劇部の後輩、「湯桐姫(男」の視点で書かれています。 クラスの女子から、「学校祭の台本を!!」とせがまれた姫少年は、いやいやながらこわ〜い先輩、ひとみに頼みに行くのです。 この話をきっかけに、ひとみと姫少年、さらには演劇部の不思議な部長、幸子や、今回は未登場のふみよなどを交えて、ハチャメチャなひとみの日常をシリーズ化しようと考えています。 とりあえず足掛け三作品あげたら(あと一つ)、シリーズとして別個で長編に載せます〜 |
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