叫び

top > 高松ひとみの叫び
「またね、高松」
 揺れるバスの中、窓の外を見上げていた私に、前の席に座っていた友人A…横原雨乃は一声かけて降りていった。
 彼女の駅は私の駅の一つ前。普段は下校ラッシュに巻き込まれて座ることなど到底出来やしないのだが、それでも今日は無理やりに空いていた前のほうの席に座ることが出来た。
 私の名前は高松ひとみ。友人には変人とよく言われるが、いたって人間的な人間であると自分で思う。まぁ、自分が変人だろうと宇宙人だろうと人間じゃなかろうと、私は私のわが道を行くので関係はない。
 流れる景色はすでに薄暗い。今は午後四時半ほどだろうか。たまたま学年集会があり、いつもの六時間よりも早く終わった今日の放課後。
 前々からそれを知っていた私は、久しぶりに雨乃と巨大パフェ食い大会でも開こうと思ったのだが、彼女は家庭の事情云々でいけなかった。まぁ、彼女も彼女なりに頑張っているのだろう。彼女の家は恐らく私よりも変だから。仕方ない。
 時間調整のためしばらく止まっていたバスは、ようやく動き始める準備をする。空気の抜けるような音を残して扉が閉じた。出発する。
 ぼんやりと次の駅のアナウンスを待っていた私は、ふと目の前の席に見知らぬ男が座っているのに気づく。雨乃が降りた後に乗ってきた乗客だろう。ぼんやりと思いながら、流れ始めたアナウンスに合わせて「止まります」ボタンを押す。
 前々から思っていたのだが、この「止まります」ボタン、何故「止まります」なのだろう? アナウンスで「お降りの方は」といっているにも関わらず、ボタンの表記は「止まります」…「降ります」でも良いじゃないかとバス運営会社に言ってやりたい。
 バスが赤信号で止まった。がたんとゆれる。ふと前を向いた私は、あることに気がついた。

 ……ナイスボーズ発見!!?

 目の前には見知らぬ男のボーズ頭。上手い具合に逆なですると気持ち良さそうだ…。私は思わず出そうになった手を押さえつけて、そのボーズ頭に見入った。
 私の視線よりも若干上にあるのは、前の座席――丁度一番前の席だった――が私の座る席よりも高いだけではないだろう。
 私は男のボーズがもっとよく見えるように、浅く座席に座りなおした。その拍子に止まっていたバスが動き出す。ひざに乗せていた学生鞄が…正確に言うと、その中に入っていた大量の教科書や辞書が、慣性の法則云々を律儀に守って落ちそうになる。あわてた私は前かがみになり、らしくもなく前の席の背もたれに頭突きした。
「っ〜〜〜〜〜!」
 何故、何故この私がこんな辱めを受けなければならないのだろうか。向かいの席のサラリーマンが、今の惨事を見て見ぬ振りしながら必死で笑をこらえているのが手に取るように分かる…。に、憎い。
 私は極力周りを見ないようにうつむいた。顔がほてっているのが分かる。ああ、しかし、しかしだ。それでも尚あの見事なボーズ頭を触りたくて仕方がない…こんな私は本当に駄目なのだろうか。
 勢いを持ちながら私はうつむいていた顔を上げた。再び視界に、すでに輝きすら放ち始めたボーズ頭が見える。

 ああ、触りたい…

 欲望に耐え切れず、目の前のボーズ頭に右手をゆっくりと伸ばしかけたとき…
「お降りの方はいらっしゃいませんか〜」
 気の抜けたような声が車内に溢れる。外を見ると自分が降りる停留所。ミラー越しに運転手と目が合った。
「お、降りまぁ〜す…」
 どうやら私が自分と葛藤しているうちに、バスはいつの間にか停留所についていたらしい。しかも、運転手はミラー越しに私がボタンを押すのを確認していたようだ、早く降りろと目で威圧をかけられる。
 そそくさと鞄を持って、ポケットの中から定期券を取り出しながら私は出来るだけ顔を見られないように降車した。

 赤面。

 停留所に降りてから、私はそっと一番前の男性を盗み見た。なかなかのイケメン…何故ボーズにしているのかと問いたくなるほどだ。
 まぁ、私には関係ないが。恐らく彼と会うことはもう二度とないだろう。

 …やはり触っていたほうが良かったかも知れない。


 外はすでに暗くなっていた。ぼんやりと空を見上げて、街灯に消された星たちを思う。

 …らしくないと、思った。

 けれど、例えば今日素敵なボーズ頭に出会ったように、そして普段なら絶対にしないような行動をしてしまったように、たまにはそんな私もいいのかもしれない。
 普段は迷惑ばかりかける私。わが道を進みすぎて、変人と呼ばれる私。


 けれどたまには違っても、「らしくなくても」いいと思った。


あとがき
予告していた「高松」、とりあえず初期段階はこんな感じになりました。
あまり納得いってない…面倒くさいからって推敲しなかったのはやっぱりまずいだろうか(苦笑
「高松」は次のネタが何となく出来ているので、ショート・ショートシリーズとして出して以降とか密かに企んで居たりします。
とりあえず今回は、前の席に座った男の子の素敵な坊主頭に一目ぼれしちゃうような、そんなおかしな「高松ひとみ」を分かっていただければそれで良いということで(笑
ああ、なんだかS・Sにしては珍しく頑張ったあとがきだったなぁ…(そこかよ
topyou are near me ◇ (C)雨雲ハラス