9. the night of Rainey Town 6

 ジュノン達三人は、持ってきた荷物を手早くまとめて上の階のシャーレの部屋に場所を移した。彼女が泊っていた部屋は三人が止まっていた部屋よりも大分狭かったが、特に気にならなかった。
「改めて自己紹介。僕はジュノン・ヒルベスト。十三歳。魔界力のメディアス」
 備え付けのソファに座って、ジュノンは笑顔で自己紹介をした。先ほどのライフガントルのあれでは、名前しかわからない。ジュノンはシャーレと軽く握手もした。
「俺はロニテス・スキア。こう見えて十九。天界力のメディアスで、英雄派らしい」
 ジュノンに続けてロニテスが自己紹介をする。ジュノンに続けて右手を差し出すと、彼女は苦笑を浮かべてそれを取った。
「で、俺がライフガントル・ヒルベストな。一応極秘なんだが、俺はメディアス以外の初めての異端能力者で、魔法使いなんて呼ばれている。年はもう忘れた。百は過ぎてるがな」
 ライフガントルはにやり、と例の悪人面をして笑うと、再度シャーレと握手をした。彼女は少しだけ驚いたように目を見開くと、見えないな、と呟いた。
「シャーレ・マリアニーナ。十七歳。魔界力のメディアス」
 彼女の自己紹介は酷く淡々としたものだった。会って間もないが、すでに彼女がどういう人物なのかわかったような気がして、ジュノン達三人は苦笑を浮かべた。
「単刀直入にいうが、お前、英雄派の一人だろ?」
 気を取り直したように、ライフガントルが言った。にやりと効果音がつきそうな笑顔を浮かべて、シャーレを見る。ロニテスもジュノンもおどおりて彼女を見ると、彼女は小さく肩をすくめた。
「驚いた、わかるもんなんだな。ああ、一般に英雄派とか呼ばれるらしいな」
 そう聞かれたのは初めてだが、付け足すように言われて、ますますジュノンは驚いた。ロニテスだって自分が“そう”であると知らなかったのに、彼女は自身の力をよく知っているらしい。
「俺が天魔と人間の争いに関わっているのは、単に俺が魔法使いだからじゃなくてな、もちろんそれもあるんだが、俺が“英雄派の力を見極める”能力があるからなんだ。だから俺は、メディアス……英雄派の力が必要な時にいつも引っ張り出されるのさ」
 今度はライフガントルが肩をすくめて話す番だった。彼はおどけたように言うと、たぶん魔力のせいなんだろうな、と付け加えた。
「英雄派じゃないメディアスや人間は、俺の右手に触れるとあたたかい手だと思うらしい。が、英雄派が触れると、どうも酷く冷たいらしいんだ。俺の方は、英雄派に右手で触れると焼けるように熱くなるんだがな」
 続けたライフガントルの言葉に、ロニテスが納得のいった顔をした。ジュノンだけ、なんだか難しい話をしているなあ、と、事の成り行きを見守っていた。
「あ、そうだ、聞きたかったんだけど、英雄派って何人いるの? ロニテスが天界力で、シャーレが魔界力なら、後一人?」
 ふと思いついたことを聞けば、ライフガントルは奇妙なものを見るような目でジュノンを見つめ、そして小さく笑った。
「いやいや、そういうわけじゃない。というか、言ってなかったか? ジュノン、お前も英雄派といえば英雄派なんだ。“単なる”英雄派と若干毛色は違うがな。英雄派にゃ、三界力の祖といわれる力を持つ奴らと、ヒルベスト自体が持っていた力を受け継いでる奴らの二種類いる。ロニテスは前者だが、ジュノンとシャーレは後者だな」
 笑っていった彼に驚いたのはジュノンだけではなかった。シャーレも酷く驚いた顔をしてライフガントルを見つめている。
「そこまでわかるのか」
 聞いた声は少し震えていて、ライフガントルはにやりと笑う。
「四つのうちのどれか、なんてところまではわからないがな」
 言うと、彼女は安心したようにそうか、と続けた。その会話はジュノンやロニテスには不可解なものだったが、気にせずにライフガントルが続けたので聞く機会を失ってしまった。
「それで、全員探し出すとなると七人ってところかな。今三人集まってるから、あと四人だ」
 ロニテスとのことがあるからか、今日のライフガントルはやけに饒舌だった。七人、という数字にピンとこないジュノンは、小さく首をかしげた。
「意外と多いんだね」
 何だが的外れな発言にロニテスがくすりと笑った。そして、ライフガントルを見詰めた。
「ライフ、さっき言ったことは取り消してくれ。あんたに酷いことを言った。でも、今みたいにもう少し話してくれてもいいんじゃないか。お前がメディアス集め以外のことをやってるのは、俺もジュノンも知ってる。でも、俺達は単にメディアス集めをするだけの仲間っていうだけじゃないはずだ。そうだろ?」
 一息に発せられた言葉に、ライフガントルは目をぱちくりとした後、「ああ、気にしてないよ」と緩く笑顔を作った。二人のやり取りを知らないジュノンもシャーレも完全にわけがわからない会話だったが、言葉の端を取って意味を理解することくらいはできた。だから、ジュノンも言った。
「ライフは政府にも関わってるから、僕たちにいえないことがあるのもわかってるよ。いくら仲間だからって、何でもかんでも話し合えないことくらいわかってる。人に言えないことなんて誰だって持ってるし、僕だってカスナのことを思うとあんまり話したくない。でも、僕たちはライフの何の助けにもなってないんだって思ったら、僕はすごくさびしかったよ」
 笑顔を見せて言うと、ライフガントルは胸にくるものがあったようで、静かにうつむいた。
「ああ……悪い。何も言ってなくて悪い。政府の用事ってのももちろんあったし、ジュノンが予想した通り、シュー関連の“仕事”ではあるんだ。ただ……ただ単純に、俺自身の決着をつけたかった気持ちの方が強い。俺の“私事”にお前らを巻き込みたくなかっただけなんだ」
 そんな風に思ってたなんてな、続けられたその声は震えていた。ライフガントルは意を決したように顔を上げると、深く深呼吸をして言った。
「今レイニータウンを統治しているのは、リクス・ヒルベストという人物だ。こいつは一族の中で当主の次の位を持っていた重鎮の一人で、今は一族を抜けて行方不明の扱いになっていた。レイニータウンはシューがスパイを始めるちょい前くらいから危険視されていた都市で、シューの報告によって近々国家に対して大々的なテロを起こす可能性が高いことがわかった。俺の“仕事”ってのは、そのテロを未然に食い止めることと、レイニータウンの実情を調査して、必要ならば“街を消す”ことだった」
 何やら物騒な言葉が次々と飛び出す中で、ジュノンもロニテスも、事情を知らないシャーレでさえも静かに次の言葉を待っていた。
「昨日一日かけて俺はシューと共にオーバーシティへ向かい、リクスによる思想支配の実態を見た。街の中にはリクスが偉大な統治者であることを強調するものが多くあって、現在のメディウム政府は堕落していると批判する新聞が出回っていた。さらに天魔一派を擁護するような新聞も見受けられた。大天魔復活は近いとか、リクスが新世界の王となるべきだ、とか。シャーレがいっていた天魔派の奴らってのはこういうところから出てんだろうな。実際、天魔派であることを証明できれば、簡単に街に入れたみたいだぜ。で、だ。奴が天魔一派と協力して、一族を没落に追いつめた時のように、国を倒そうとしていることがわかった」
 その言葉にジュノンは一瞬耳を疑った。一族が没落している、その事実はいくら世間に疎いジュノンでも知っていた。自身の一族に関することだから。その、没落の原因である人物が、今この街にいる?
「実際、リクスが一族に対して行ってきた事が原因で、奴は政府から危険人物とされている。そんな奴が統治している街だ、調査するまでもなくテロが起こるという話は事実で、しかも近いうちに行われるだろうことは予測していた。実際、街の人たちがそんなことを言って騒いでいたしな」
 そこまで行って、ロニテスが気づいたように声を上げた。
「じゃあ、“街を消す”ってのはもしかして……」
「まあ、そういうことだな。だから、明日ここを出る、って言ったんだ。手筈はシューが整えているから、遅れないように脱出しなきゃならん」
 ぼんやりとしていたジュノンは話の流れに気付かなかった。シャーレは何か理解したように頷いて、聞けてよかった、とひとりごちている。ロニテスは心得たように頷いて、いつなんだ? と問いかける。
「明日の夕方六時きっかりに。街人に罪はないが、あそこまで完璧な思想統一されていたらどこに行っても危険視される。しかもその思想が天魔よりとなりゃ尚更だ。しょうがない」
 しかしジュノンは彼らの会話の半分も理解できていなかった。一族没落、そのことが脳内に張り付いて離れない。ジュノン自身は、没落した事実を知っていてもなぜ没落したのか知らなかった。というより、一族から離されて育ってきたジュノンにはまるで他人事のように感じていたのだ。それが、急速に身近なものへと変わってしまった。
(昔、一度だけ、なぜ僕には家族がいないのかミドラに聞いたことがある。ミドラは、僕の一族は僕がここに来た少し後に没落してしまって、ほとんどの人が死んじゃったから、僕の家族も多分死んでしまってるって言った。その時僕は“死”がどんなことかもよくわからなくて、そうなんだ、って頷くだけだったけど)
 今思い出した、脳内で続ける。
(もし僕があの屋敷に連れてこられたことが、没落に関係しているのだとしたら、僕の家族は……両親は、その時に“殺された”んじゃないだろうか)
 考えてぞっとする。しかしもはやこの被害妄想はジュノンの中で事実であるかのように独り歩きしていた。その原因を作ったのがリクス・ヒルベストその人ならば、奴が殺したに違いない。決して一人きりではなく、両親に囲まれて幸せに暮らすはずだった自分の未来を奪ったのは、リクス・ヒルベストに違いない。そう考えたらそれが正しいような気がして、ジュノンは小さく身震いした。
「ジュノン、聞いていたか? 明日になったらすぐに街を出る。少なくとも六時までに街を出ないと、俺達も湖の底に沈むことになっちまう」
 ジュノンはかけられた言葉に呆然としながら頷いた。明日、街を出る。親の敵が目の前にいるのに、もう行かなくてはならないなんて!
「……ジュノン、お前が何考えてるのか知らないけどな、重要な話なんだ、本当に分かってるのか?」
 ライフガントルが苛々したように言ったので、ジュノンはそこでようやく声を出した。
「あ……その、リクス・ヒルベストに会うことってできないかな……」
 もはやその名を口に出すだけで憎悪が走るくらい、会ったこともないこの人物をジュノンは嫌悪していた。そんなジュノンの様子にライフガントルは合点がいったのか、ため息をつくとそれはできない、ときっぱり言った。
「ジュノン、聞きたいことがあるなら言え」
 わかる範囲で話してやるから。続けられて、ジュノンはうっと言葉に詰まった。いざそう言われると、何から聞いていいのかわからない。
「……没落、したって」
「あ? ああ、うん。知らなかったか?」
 緩く頭を振る。その事実は知っていた。
「原因、リクスだって」
 続けると、ライフガントルは渋い顔をした。もはや俯いてしまったジュノンに彼の表情はわからなかったが、それでもジュノンは気力を振り絞って聞いた。酷く、酷く小さな声だったけれど。
「僕、なんで一族が没落したのか知らない。一族から離されて育ったから。でも、ミドラは言ってた。僕が来てすぐ一族が没落したって。その時に、大勢死んだんだって。もし……もし、僕があの屋敷に行ったことと関係してるなら、僕があそこで暮らす羽目になったのはリクスのせいってことでしょ? それだけじゃない、もし、その時に僕の両親も死んだんだったら……――」
「違う!」
 そこまで言って、激しくライフガントルが否定した。あまりの大声にジュノンだけでなくロニテスもシャーレも驚愕して、ジュノンは顔を上げた。
「でも、わからないじゃない! 僕は何も知らないんだから!」
 言い返すように叫ぶと、目から涙が出た。そう、自分は何も知らない。自分のことすらわからない。それが酷く悔しかった。そう育ってきた事実が酷く悔しかった。
「……そうだな、お前は何も知らない。そうやって育ってきたから」
 心を落ち着かせるようにライフガントルが言った。感情を押し殺したような声に、ジュノンは何も言えなくなる。
「おまえがあの屋敷で暮らすことになって点については、お前の推測が正しい。リクスが起こした事件によって、お前は隔離して生活せざるを得なくなった。だが、そう望んだのはリクスじゃない。お前の父親だ」
 吐き出された言葉が痛かった。父親という言葉に体が無意識に反応して、びくりとはねる。ライフガントルは気にも留めずに続けた。
「おまえの両親が死んでるってのは事実だが、あの事件で死んだわけじゃない。父親はもっと前に亡くなっていたし、母親は死んだかどうかもわからない。あの事件でお前を命からがらあの屋敷において、そのまま消息を絶った」
 流れる涙は止まらなかった。ライフガントルの感情を押し殺した淡々とした言葉が逆に痛々しかった。ロニテスは慰めるようにジュノンの肩に手をおいて、シャーレはハンカチを渡そうとした。結局、血がべっとり付いたままだということに気づいて、渡したのは部屋にあったティッシュだったが。
「……お前には、悪いことをしてきたと思ってる。だがあの事件が“本当は”どんな事件なのか、俺もよくわからないんだ。その時俺は国外視察に出ていたから。ただ、多くの人が死んで、一族が没落した。それで、親友の息子は行方不明になっていた」
 その言葉にジュノンはえ、と顔を上げた。涙は止まっていなかったが、何か、奇妙な言葉を聞いた気がして、ライフガントルをじっと見つめる。彼はその視線に苦虫をつぶしたような、渋い顔をして、言うんじゃなかったかなと呟いた。しかし言ってしまった手前、彼は続けた。
「やっと見つけた時、お前は最果ての村よりさらに奥の大きな屋敷に、独りでぽつんと生活していた。あの時の気持ちといったら、今後何百年かかっても忘れないだろうよ」
 言い終えて、ライフガントルは恥ずかしそうに頬をかいた。ぽかんとしたままジュノンは聞いた。
「ライフって、お父さんの親友だったの?」
「まあ……そうだな。お前の親父がガキの頃から知ってる」
 だから俺としちゃ親友っていうより弟みたいな感じだったが、続けて言われた言葉に、それまで持っていた酷く悲しい気持ち――憎悪とか嫌悪とか、暗い気持ちも含めて――がすっかり飛んでいってしまった。まじまじとライフガントルを見て、ジュノンはようやく笑顔になった。
「そっか!」
 父親と、自分の敬愛するライフガントルが友人だったことは、ジュノンにとって酷く嬉しいことだった。今までライフガントルに父親や兄のようなものを求めてきたが、それはあながち間違いではなかったようだ。
「ねえ、今はダメでも、今度、ちゃんとお父さんの思い出とか、話してくれる?」
 聞くと、ライフガントルはひどく驚いた顔をして、しかし嬉しそうに頷いた。


 その日は、シャーレは自分の部屋で、ジュノン達はその隣の部屋を勝手に拝借して夜を明けた。シャーレと自分たち以外の客が全員自分たちの部屋で伸びている……もしくは死んでしまっているのだから、勝手に使っても構わないだろう、という考えのもとだ。自分がそれまで寝泊りしていた部屋で大量の人が死んでいるかと思うと酷く胸が苦しかったが、ジュノンは何も言わなかった。
 朝になって、食堂を勝手に覗いて適当なものを食べ、次の町までの食料を拝借すると、四人はシューが待つゲートまで向かった。ジュノン達はシャーレがどうやって街に入ったのか知らなかったが、ゲートを見て「こんな出入り口があったんだな」とぼんやり呟いたのを聞いて、おそらく正規の方法で入ったのだろうと見当をつけた。実際、彼女の荷物はひどく小さくて、昨日見たナイフ以外に武器になりそうなものはなかった。
「シャーレってナイフで戦うの?」
 不思議に思って彼女に尋ねると、彼女は何故そんなことを聞くのか、とでもいうような顔をした。
「あの、ほら、昨日はナイフで戦ってたじゃない」
 言うと、ようやく思い出したようで「ああ」と小さく声を上げた。
「あのナイフはこの街に入ってから買ったものだ。私のものじゃない。私はどちらかと言うと体術の方が得意だから」
 その言葉は暗に、武器を持たなくてもどこへでも行ける、と指しているようだった。ジュノンはそれで納得いった。
 シューが開けてくれたゲートを通って、来た時とは違う方法で外に出る。外に出る方が来た時よりずっと楽で、というのも、来た時は気づかなかったが、ゲートの横に岩壁が少しへこんだようなところがあって、そこについているボタンを押すと、上から梯子が落ちてくるのだ。四人は梯子を登って外に出た。
 久しぶりに出た外は、来た時と同じ、濃い霧で覆われていた。目の前が真っ白で、どこに誰がいるのかよくわからないまま混乱していると、徐々に霧が晴れて、その中心に目をやるとシューが例の機械を持って立っていた。
「……便利だね、それ」
 言うと、彼は相変わらず×のついたマスクをつけたまま、にこりともしないで頷いた。
 そこから先は、来た時と同じ、荷の乗った船に隠れながら森に向かった。駅のある方とは逆方向に位置するところで船を下り、まじまじとレイニータウンの全貌を見ると、それは意外と小さく感じた。
「もっと大きいと思ってたな」
「まあ、あの中にいたのかと思うと確かに妙な感じがするよな」
 苦笑いを浮かべたロニテスもまた、奇妙なものを発見したような目つきでレイニータウンを見つめていた。
 巨大な湖の真ん中にある孤島、その孤島をほとんど覆うようにまっ黒なドームが立っている。ドームの真上はぼこりと出っ張っていて、それは半球の上にさらに小さな半球を乗せたような形だった。奇妙な街だ、来た時と同じことを思いながら、ジュノンはシューがゆっくりと街に戻っていくのを見て、あわてた。
「あれ、ちょ、シュー、どこいくのさ!?」
 その声にロニテスもライフガントルもシャーレも振り返った。シューが船をこいで街に戻ろうとしているのを見て、ロニテスもぽかんとしている。ライフガントルだけは、顔をゆがめて小さくうなずいた。
「いいんだ、ジュノン。あれがあいつの仕事なんだから」
「え、でもっ」
 街を沈めるんでしょう!? シューだって危ないじゃない、続けると、ライフガントルは緩く首を振った。
「沈める作業は、シューの役目なんだ。あそこに住んでいる大勢の人と仲のよかったシューが、やらなきゃいけないんだ」
 まるで幼い子をあやすような言い方だった。ジュノンはそれでもなんで、と思うことを止められない。一度思いだすとキリがなかった。そもそも自分は、あの街の人まで一緒に静めてしまうことにだって抵抗があるのに。
「わかった、じゃあシューは、街の人を助けにいくんだ!」
 だからか、自然、そんな言葉が出ていた。じゃなきゃおかしいよね、だって悪いのはリクス一人で、他の人は悪くなんてないんだもの。
 しかしライフガントルは頷かなかった。それどころか、ゆがめた顔をさらに暗くして、低い声で言った。
「ジュノン、よく聞きなさい」
「でも」
「いいから、聞きなさい」
 ライフガントルが屈んで、ジュノンと目線を合わせる。その口調は父親が子供を叱る時に使うそれとよく似ていた。
「確かに、あの街のほとんどの住人は何も悪いことをしちゃいない。悪いのはリクス・ヒルベスト一人だ。けどな、一度リクスが正しいと思い込んでしまったら、それを覆すのは難しい。彼らが他の街へいって、リクスの思想が間違ってるってわかっても、それでもどこかでリクスを正当化してしまうんだよ。だってそうしないと、リクスを支持した自分も反逆者と言うことになってしまう」
 ジュノンはうなだれた。逃げ出したかった。すぐにでも湖を泳いで渡って、街に入って、今から街が沈むから、早く非難するようにと叫びたかった。
 しかしライフガントルがジュノンの肩をぎゅっとつかんでいて、どうすることもできない。
「リクスを正当化しないと、彼らはこの先生きていけない。自分が反逆者になりたくないから。間違いを認めるということは、本当に難しい。俺だって難しい。それが、リクスの思想が自分の全てだと思って生きてきた人たちになるともっともっと難しい。……大丈夫、街を沈めるまでに、シューはちゃんと彼らにチャンスを与える。六時までに街を出てこれた人だけが、生き延びられる。シューの話を信じずに街を出なかった人は……残念だけれど、多分、街の外に出ても生きていけない」
 ぽたぽたと涙がこぼれるのがわかった。昨日の涙とは違う。命が犠牲になるのだ。国家のために。多分、多くの命が。ライフガントルはジュノンよりも長く、長く生きてきて、多くの死を見てきた。それなのに、ジュノンを説得するライフガントルの声は震えていて、その声色は自分自身を説得するかのようなものだった。それが、余計に悲しい。だからジュノンは、ライフガントルの分まで泣いた。
「……多くの人が、街を出てこられるといいね」
 泣きながら小声で呟くと、ライフガントルは一瞬言葉に詰まって、それから一言、「そうだな」と呟くように言った。
 それから、シューがいないと霧の中動けないジュノン達は、その場所にライフガントルの持っていたテントを立てて、じっと、街人がやってくるのを待つことにした。霧の中外はとても寒くて、四人は持っていた毛布で体を覆った後、さらになるべく固まった。シャーレがライフガントルの鍋の中に森の中から適当に拾った枝を入れて、魔界力を使って火をつけてからは、幾分、テントの中も暖かくなったけれど。
 長い時間四人は無言だった。ぱちぱちと火がはねる音が続いていた。ロニテスが四つ分の小さな水泡を作って宙に浮かせ、火のすぐ上で温めたから、沸騰したその水泡をそれぞれのカップに移してお湯にできた。シャーレの持っていた味の出る葉を四等分してお湯の中に入れたら、香りのよいお茶になったので、四人は無言でそれを啜った。
 ……街からは、誰も出てこなかった。
 昼食は宿屋で拝借したパンとチーズで、それぞれ火にあぶって食べた。誰も何も言わない。酷く静かな昼食だった。
 やがて日が暮れて、夜になった。寒さは昼のそれをはるかに超え、割合平気そうなシャーレは足りなくなった枝を拾いに一度外に出たが、それ以外でテントの入り口が開くことはなかった。
「……そろそろ六時だ」
 持っていた懐中時計を見て、ようやくライフガントルが声を出す。びくり、と体が揺れたのはジュノンだけではない。シャーレはぼうっと鍋の炎を見ていたし、ロニテスは暗い顔をして自身の足元を見ていた。
「……結局、誰も来なかったね」
「仕方ない」
 そう言ったライフガントルの声は強張っていた。ちょっと外見てくる、言って、彼はテントの入り口を開けた。ひゅうと冷たい風がテントの中に入り込んで、ジュノンはさらに身を縮める。ライフガントルが出て言った分だけ、寒さが増した気がした。
「……僕も行ってくる」
 寒さに耐えきれなくなってか、沈黙に耐えきれなくなってかはわからなかった。ただいてもたってもいられなくなってしまい、ジュノンは一言呟いて外に出た。
「あ、待てよっ」
 声が聞こえて振り向くと、結局、ロニテスもシャーレも出てきてしまっている。濃い霧の中、テントのすぐそばにライフガントルが立っていて、レイニータウンの“その時”は四人に見守られながら訪れようとしていた。

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