時は一日程遡る。
ジュノンとロニテスが最初のメディアス探しを何の成果もなしに終え、ライフガントルの帰りもなく眠りについたころだった。昨晩と同じように何も見えない暗闇の夜。彼女は昨晩と同様に、静かに宿の外へ出ていた。
向かう先はゲート付近。昨日と同じように漆黒の服に身を包み、長い漆黒の髪を揺らしながら、ゆったりとしたスピードで歩いていた。
今晩、彼女の邪魔をするものは誰もいない。昨日ゴミ箱に投げ捨てた男はもうその場所にいなかった。代わりにあちこちにゴミが散乱していて、思わず顔をしかめる。だらしない人間もいるものだ、と、自分のした事を完全に忘れている彼女は、しかし足を止めずに進む。
昨晩聞いた話だと、今日、指示が来るはずだ。
(主のくだらないシナリオはどうでもいい。が、逆らうわけにもいかない)
ぎゅう、と、胸元を握りしめる。とく、とく、と刻み続ける自身の心音に少し安堵しながら、彼女は少し足を速めた。使いの者がどういう人物か彼女は知らない。けれど、自身の主の元に仕える多くの者が、主に絶対の忠誠を誓っていることを知っていた。
「面倒事はごめんだ」
小さく呟いて、彼女はとうとう走り出した。目的の場所はもう見えている。
相手もこちらが見えたのだろうか、相変わらず奴らは夜目が利く、思いながら彼女はようやく足を止めた。こちらを窺うように見下ろしているのは、主の使いで自分よりも格下の位の者。
「お待ちしておりました」
恭しく頭を下げられて、酷く不愉快な気分になる。報告、と、一言だけ呟くと、彼(か、彼女かわからなかったが、声の調子から彼だと感じた)はそれだけで彼女の苛々を悟ったのか、すぐさま懐から一枚のカードを取り出した。硬い材質のそれは、真っ赤に染められており何も書かれていない。彼女はそれに手をかざした。
「……面倒だな」
小声で呟くと、使いの彼が訝しげにこちらを見た。何でもない、と言ってから、彼女は自分の要件を思い出した。
「これを」
懐から麻布でくるんだものを取り出して、戸惑う使いに強引に押し付けた。
「主の元へ持っていけばわかる。優先度の低い“探しもの”だったが、簡単に見つかったので拾った物だ。機嫌が良ければお前に褒美をくれるだろうよ」
誰の機嫌かは言わずとも分かったようだった。使いの彼は心得たように頷いて、それから、と続けた。
「主様より、口頭による伝言をお預かりしております。この場で申し上げても?」
こいつらの礼儀は全く面倒くさい、思いながらもそんなことはみじんも出さずに、彼女は小さくうなずいた。使いはでは、と一呼吸おいてから、こほんと咳払いしたかと思うとゆっくり口を開いた。
「君は全く不愛想だから、少し愛想よくして優しくしてやるといいかもね。必要ならば狼もそちらへ向かわすよ。くれぐれも、変な気を起こさないことを祈るよ」
流れるようにして出た声は先ほどの使いのものとは全く違っていた。男のものにしてはやや高めの、凛とした声。聞き覚えのある声に思わず緊張感が走る。しかしそこにいるのはまぎれもなく使いの彼その人で、脳裏に浮かんだ人物が今この場にいるわけがない。
(こいつらの能力にはたびたび驚かされる)
明らかに戦闘力は私の方が上回っているのにな、声に出して笑いたくなるのをこらえて、彼女は静かに礼をした。
「お気をつけて」
次に発せられた使いの声は、もう先ほどの男のものではなくなっていた。元に戻った使いの声に苦虫をつぶしたような表情を見られぬよう、彼女は素早く踵を返す。手にしたままのカードに指先を触れて、触れたそこからカードは青い炎を上げて燃えだした。ゆらゆら揺れる炎は一瞬にしてカードを燃やしつくすと、彼女の手から離れて消えた。
「お気をつけて」
歩きだしてしまった彼女の背に追いかけるように、もう一度、使いの彼が声を出す。同じ言葉をもう一度。
「……ああ、分かってるよ」
低く、暗い声で小さく返事をすると、それきり、声は追いかけてはこなかった。
(明日の夜、か)
面倒な仕事はいつも私だ、思いながら、彼女は来た時と同じように、ゆったりとしたスピードで歩き出した。
そして、時は再び戻る。
完全にばててしまっているジュノンをベッドに寝かせ、ロニテスとライフガントルは少し遅めの夕食を食べた。その間二人は何となく気まずい雰囲気を拭えず、互いに一言も発しないという沈黙ぶりを発揮したが、夕食を終えて部屋に戻ってから、ふと、ライフガントルが声を出した。
「明日……」
「あ?」
「明日、ここを出るぞ」
は、と、言われた内容が理解できずにロニテスは間抜けな声を出した。突然この男は何を言っているのだろう、ちらりとジュノンの方を見たが、ジュノンは起きる気配もない。
「何でまた、突然」
聞くと、彼はロニテスの視線を避けるように俯いた。彼らしくない行動に、ロニテスの苛々は募る。
「……さっきも言おうとしたんだけど」
気づいたら、一度閉じ込めたはずの言葉を発しようと口に出していた。ライフガントルの顔が上がる。
「ライフってさあ、俺達に何の相談もしないのな」
皮肉気に言ってやると、ライフガントルは顔をしかめた。反論させないように、続ける。
「昨日だって、俺達ははじめてきた街なのに、何の助言もせずにさっさと仕事、とか言って行っちゃうし。おかげで俺達一日中、だあーれもいない道の真ん中で来るかもわからない人が通るの待ってたんだぜ」
それはもはや単なる愚痴だった。しかしロニテスの口は止まらない。言ってはいけないとわかっているのに、ジュノンと今朝納得しあったはずなのに、頼ってもらえない、信じてもらえない自分へのふがいなさが爆発する。
「ジュノンはライフが、スパイやってるシューの手助けしてるだけなんじゃないか、って言ってたけど、俺もそれで一応納得したけど、でもお前、俺達に何も話さないじゃん」
駄目だ、駄目だ、警告音が脳内に響き渡る。けれど爆発した感情は止められなかった。静かに、しっかりとライフガントルの目を見据えたまま、
「お前、俺達に仲間だとか言って、本当は天魔一派の味方なんじゃないの」
時が止まった。ライフガントルの瞳が大きく見開かれて、ジュノンが一つ身じろぎした。反論しようとして開いたのだろうライフガントルの口が言葉を発する前に、ロニテスは責めるように言葉をつづけた。
「ダキリアでだって、今まで人獣型の魔物なんてあの近辺じゃいなかったのに、お前らが……お前が来てから町を襲ったじゃないか。お前、本当は天魔一派の的になりそうなやつ連れまわして、始末しようとしてるだけなんじゃないのか!?」
心が苦しかった。なんでこんな言葉を発しているのかすらよくわからなかった。ただ、苦痛にゆがんだライフガントルの顔が印象的で、ただ自分は酷く“いけない”言葉を発したのだと思った。
「……俺は」
苦しげに、呻くようにライフガントルは声を出した。じっと彼の顔を見つめる。
「俺は、お前たちに何も言えない。……そう思われても、仕方ないかもしれないな。ただ、誓って言う。ダキリアを襲うよう仕向けたのは、俺じゃない」
瞬間、ロニテスは何も言わずに部屋を飛び出そうと扉を開けた。
ライフガントルは突然のロニテスの行動に驚いて彼を引きとめようと腕を伸ばし、そしてそれは叶わなかった。
「うわっ」
扉を開けた瞬間、待ち構えていたのは宿屋に宿泊しているはずの客達だった。
ロニテスは勢い余った反動で彼らの中に突っ込んでしまい、素早く手を取られ拘束された。展開についていけないライフガントルは呆然とその様子を見ていた。客だった彼らはそれぞれ自身の得物を持っていて、皆一様ににやにやと笑っている。
先頭に立つ男が気持ち悪い笑みを一段と深めた。
「あんたら運がないねえ……こんな時にこんな所へ迷い込んで来たんだもんなあ。まあ、俺らとしちゃ嬉しいことこの上ないんだけど?」
にやにや笑いながら言う男の声に、ライフガントルは身構える。低い声で問いかけた。
「お前らは……リクスの手先か?」
問うと、彼はさあ、と言って肩をすくめた。そしてそれを合図に、部屋の外で待ち構えていた客たちが一気に部屋に押し寄せてきて、ベッドで寝ていたジュノンを素早く拘束するのと同時に、ライフガントルも抑えつけた。拘束されたままのロニテスと一緒に、三人はベッドの方へと押しやられる。ロニテスを拘束している男がにやにや笑いながら彼の首筋に小型のナイフを突き付けているから、ライフガントルは迂闊に反撃できない。ジュノンはベッドから蹴落とされ、小さく呻いてこちらの様子に気づいたようだが、抵抗する隙も与えぬまま剣を突き付けられていた。
そして、三人はそれぞれ太い縄で手足を縛られ、三人一緒に同じような縄で縛られた。背中あわせになるように縛られたため、互いの顔を見ることはできない。二人の時とは違うから、互いの肩と肩がぎしぎしと締め付けられてジュノンが小さく悲鳴を上げた。
「何が目的だ」
動けない状態でライフガントルが睨みつけて言うと、先ほどの男が前に進み出た。考えるまでもなく、彼がこの集団のリーダー格であるようだ。
「何も? 俺らはただ、一階の角部屋に泊まった人間を殺してほしいって頼まれただけだ。なあ」
問うようにして向けられた視線は彼の後ろの集団にだった。客達……もはや賊と言った方が正しいかもしれない、賊達はそれぞれにやにやしたまま返事をして、誰から殺すよ? と笑っている。
「何がどうなって……?」
ジュノンがライフガントルの隣で小さく声を上げた。その疑問はもっともだ。ライフガントルでさえ今どういう状況なのか把握しかねていた。わかるのは、今自分たちが死の危機に瀕している、ということ。
「まあ次の指示があるまでとりあえず待て。すぐ来るはずさ」
リーダー格の男が沸き立つ賊達に向けてにやりと笑った。どうやらすぐ行動に移すわけではないとわかって少しだけ安心するが、そう楽観視できる状況じゃないのは変わらなかった。「指示」とやらが来るまでが脱出のチャンスだ、思って、ライフガントルは縛られた手を何とか動かして、両隣の二人をちょいとつついた。
『声に出すなよ』
二人がいまだ、ダキリアで渡したイヤリングをつけていてよかった。思いながら、ライフガントルは強く念じる。あのイヤリングはライフガントルの「声」だけでなく、強く念じれば彼の「思考」も相手に届けてくれる。二人の体が一瞬硬直して、ぴくりと動いたのを確認してから、ライフガントルは続けた。
『奴らが「指示」を受け取るまでがチャンスだ。ジュノン、火系の魔界力は使えたか?イエスなら俺の手に触れてくれ』
少し待つと、ジュノンの手がゆっくりライフガントルの手に触れた。ギリギリの角度で彼を見ると、彼は真剣な表情でじっと一点を見つめている。やり取りを連中に悟られないように必死なんだと思って、場違いながらライフガントルは思わず笑い出したくなった。
『ジュノン、とりあえず自分の手の縄を燃やして外せるかやってみろ。くれぐれも、他の部分を燃やして気づかれないように。外れたらまだ縛られてるふりをしろ』
念じると、また、小さくジュノンの手が触れた。イエスの合図。しばらくすると、背中のあたりが急に熱くなって、それはしっかりとジュノンがライフガントルの手を掴むのと同時に終わった。
『外れたな。そしたら今度は、ロニテスと俺達の縄も頼む。外れても絶対縛られてるふりをするんだぞ』
心得たように、ジュノンはしっかりとライフガントルの手に触れて、ロニテスは恐る恐る少しだけ触れた。それから、まずロニテスの縄が焼けて取れ、次にライフガントルの縄が取れた。
『合図をしたら俺が結界を張るから、ジュノンはすぐ全員の縄を焼いてくれ。俺の武器もジュノンの武器も奴らに取られてるから、ロニテスが結界を取ると同時に威嚇攻撃、その隙に俺がガラスを割るから、割れると同時に全員脱出。三手にわかれて、一時間後にゲート近くで落ち合う。いいか?』
問うと彼らはしっかりと手に触れた。
『何かあったらイヤリングに向けて話せ。俺にしか伝わらないが、俺から全員に回す』
最後にそう付け足して、ライフガントルは小さく息を吐いた。ロニテスの疑いも晴れないまま、こんな風にしなきゃならないことが非常に悔やまれたが、仕方ない。
『行くぞ……三、二、い――』
そして、最後のカウントは発せられなかった。
彼らが動くよりも先に、音もなく何か黒い物が彼らの目の前に降り立った。どこから降ってきたのかわからない。ただ、ふと見上げると天井に人がやっと通れるくらいの穴ができていた。
「っ」
賊達が獲物を握って戦闘態勢に入るより前に、降り立った黒はするすると彼らの間を抜けていき、再び三人の前に現れると同時に、賊達は一人、二人と倒れていった。何があったのかわからない。瞬間的すぎて、ライフガントルもジュノンもロニテスも、ただ茫然とその様子を見ていた。
それは少女だった。黒く長い髪をなびかせ、漆黒の服に身を包んだ姿は夜の闇を彷彿とさせた。ジュノンが小さく声を上げる。
「あの時の……」
言うが早いか、彼女はゆっくりと屈んで三人を縛っていた縄に触れる。触れた個所から青白い炎が上がると、縄は簡単に切れてしまった。呆然としたままの三人を気遣うこともなく、彼女は次々と拘束していた縄を焼き切っていく。三人が再び自由の身となるまでに、五分もかからなかった。
「あ、ありがとう……」
ジュノンは自分でも切れる縄をわざわざ焼き切ってくれた彼女に小声で礼を言った。彼女はその声に少しだけ顔をしかめたが、気にした風もなく三人を立たせた。
「散々だったな」
最初に声を出したのは少女だった。酷くつまらなそうな、そして何事もなかったような口ぶりだった。
「何者だ」
答えたのはライフガントル。会話にならない言葉を発して、彼は自分より一歩後ろにいた二人を守るように手を出した。というのも、すっかり心を許してしまったらしいジュノンが彼女に近づこうと一歩前に出たからだ。ロニテスはライフガントルと同じように、険しい顔をして少女を見ていた。
「名はシャーレ。通りすがりのメディアスだ」
淡々とした声がライフガントルの問いに答えた。その答えは問いの主旨と若干ずれていて、ライフガントルの額にしわが寄った。ますます警戒の色を強める彼に、ジュノンは耐えきれずに声を出した。
「あ、あのさ!!」
そして勢いで上げた声は、少女だけでなくライフとロニテスの視線も集めることに成功した。一気に三人に見つめられ、ジュノンは小さくなりながら恐々と続ける。
「君、ダキリア近くの森で会ったよね?」
問うと、彼女はじっとジュノンを見つめて頷いた。
「あれから気になってたんだ。その、こんなに強いと思ってなかったし。あのまま女の子一人で森の中をうろついたんじゃ、危ないと思って……」
もはや何を言っているのかジュノンですらわからなかった。段々しぼんでいく声に、ライフガントルが小さく溜息をついた。ジュノンの頭を乱暴になでる。
「とりあえず、助けてくれたことに礼を言う」
「いや、構わない。暇だったしな」
その言葉に三人は苦笑せざるを得なかった。暇つぶしに助けられたと思うと感謝の気持ちも半減する。一応彼女を危険人物の枠から外したらしいライフガントルは、改めて少女を見た。シャーレと名乗った彼女は、「黒」のイメージが先行してよく見ていなかったが、恐ろしく整った顔立ちをしていた。背丈はジュノンと同じくらい、細身で、右手に小型のナイフが握られている。ナイフの切っ先からこぼれる赤い血が妙に生々しくて、ライフガントルはすぐに視線を外した。
「俺はライフガントル。こっちがジュノンで、こっちがロニテス」
ライフガントルは三人分の自己紹介を簡単にすると、す、と右手を差し出した。握手の合図に気付いた彼女も、少しためらって、ゆっくりした動きでその手を取った。
瞬間、ライフガントルは目を見開いた。
「シャーレ、とか言ったか、あんた……」
問うように彼女を見れば、シャーレはライフガントルをまっすぐ見据えて見返してきた。言葉を発せずとも分かった。彼女は「知って」いるのだ。
仲間にならないか、その一言を発しようと思って、ライフガントルは彼女の手を掴んだまま口を開きかけた。それは、乱暴に扉が開いて宿屋の主人が入ってきたことでさえぎられたのだけど。
「くそっ! 予定外だ、こんなの……」
ひどく怒っているらしい主人、レレガは、拘束がとれている三人とシャーレをみると、顔をしかめて足を止めた。倒れ伏したままの賊達をよけるようにして立ちすくんで、じっと四人を見つめている。賊達はぴくりとも動かなかったから、もしかしたら死んでしまっているのかもしれなかった。
「……シャーレ様、なぜこちらに?」
低い声でレレガは問うた。展開がよくわからず、ライフガントルを含めた三人はシャーレに視線をやる。彼女は小さく溜息をつくと、握手したままだった手を素早く離して、レレガと向き合う。
「なぜも何も、この宿屋は客を襲うのか?」
その言葉は暗に、ことの首謀者がレレガであることを示していた。素直に驚いたのはジュノンだけで、ライフガントルは、小さく「やはり」と呟いて、ロニテスも納得の言ったような顔をした。
「いやしかし、それは……命令でして……」
「ではその命令とは誰からだ? お前の敬愛する大天魔様からのものだとでもいうのか?」
思わぬところから出てきたその言葉に驚いたのは、ジュノンたちだけではなかった。レレガは酷く困惑した表情を浮かべると、何か言おうと口を開く。
しかし彼の口から言葉が出る前に、彼はふ、と瞳に暗い色をともすと、懐から拳銃を取り出した。全員が身構える前に間髪入れずに発砲されたそれは、まっすぐシャーレの心臓に向かっていた。危ない、叫ぼうとしたのは誰だったか。シャーレは何でもないことのようにゆっくりとした動作で左手を上げる。握手の際に持ち替えたナイフがキン、と高い音を立てて、ナイフに当たった弾丸は勢いよくあらぬ方向へ飛んでいった。シャーレは素早く動くと、電話代の横に無造作に置かれたままのジュノンの剣とライフガントルのポーチを掴むと、ひょいと彼らに放り投げた。
レレガは瞳に暗い色をともしたまま、シャーレを追って再び発砲しようとしている。バン、二発目。シャーレの足に向かったそれを彼女は先ほどと同じようにしてさえぎった。バン、三発目。彼女が同じ動作でさえぎったのと同時に、武器をキャッチしたライフガントルが勢いよくレレガに向けてポーチの中のチャクラムを投げつけた。チャクラムは緩い軌道を辿ってレレガの拳銃にぶち当たり、レレガの手から落ちる。続いてジュノンも素早く鞘から剣を抜いて、振り返ったレレガに間髪入れずに斬りつけた。斬りつけた腹部から赤い血がぶしゅりと飛び出して、ジュノンにもかかる。抵抗しようとレレガがジュノンに手を伸ばしたとき、それまで見ていたロニテスが懐に入り込んで彼のあごに拳で強烈な一撃をお見舞いした。レレガは勢いよく飛んで行って、倒れたままの賊の上に転がった。
「シャーレ、さっきの……」
すべてが終わると、シャーレはまだレレガが死んでいないことを確認して、どこからか取り出した縄で両手をきつく縛った。赤い血がどくどくと流れ続けている。このまま放置していれば、そのうち彼も死ぬだろう。しかしジュノンはそれどころではなかった。レレガを縄で縛る彼女に駆け寄って、返り血を浴びたままの姿で問い詰めた。
「さっき、さっき大天魔って言ったよね!? 君はカスナを知ってるの? レレガさんは天魔一派の味方だったの?」
必死の形相で話すジュノンに、シャーレは軽いため息をつくと小さくうなずいた。ポケットからハンカチを取り出して彼の血を拭きとってやりながら、暗い声で話す。
「首謀者の名前までは知らない。けど、大天魔を復活させようとしている天魔族の一人によって、私の家族が殺された。だから私は彼らに復讐するために、彼らについて調べてる。レレガというよりも、レイニータウンには彼らの仲間が多い。君たちをレレガや他の客達がずっと監視しているようだったから、私は彼らを監視していた」
淡々と言う彼女の瞳には確かに色がなかった。復讐を誓うその身はどこか自分と似ている、ジュノンはぼんやりと考えて、しかし違うのは自分は自分自身に復讐を誓っていることだと、だから彼女とは根本的な所で違っているのだと、うまく働かない脳内で繰り返した。
「なるほどな、それで大天魔のことを知っている、と。ジュノン、カスナって誰だ? 俺は何も聞いていないんだが」
後ろでジュノン達の会話を聞いていたライフガントルが、ふとジュノンに視線を止めて聞いた。そこで初めて、ジュノンはライフガントルに何も話していないことに気がついた。ロニテスも怪訝そうな目で自分を見ている。
「あー……っと。多分、天魔一派の親玉……?」
未だに彼のことを思うと酷く胸が苦しくなるジュノンは、しどろもどろになりながら何とか言葉を発した。血を拭き終えたシャーレが立ち上がったので、ジュノンも立ち上がる。彼女は何か考えるように目線を下に下げ、ライフガントルは疑うようにジュノンを見たままだった。
「……ライフは知らないけど、三か月くらい前に村にカスナって青年が来たんだよ」
その視線に観念して、ジュノンはゆっくりと話し始めた。
「彼は記憶を失って気絶してた。それで、発見したミドラがいろいろと世話を焼いてたんだ。その関係で、僕もカスナと仲が良かった。だけど、ほら、ライフが僕の屋敷に来た日」
ジュノンは顔を上げた。そう、あの日からすべてが始まってしまった。
「あの日、森の中でカスナが大天魔について部下らしき女の人と話しているのを聞いた。それで、僕は怖くなって逃げ出そうとしたんだ」
だから、多分、カスナが天魔一派の首謀者だと思う。続けた言葉にライフガントルは小さくうなった。
「でも、ライフは知ってるのかと思った。だってあの日、僕に言ったじゃない。“厄介なことに巻き込まれてるのは知ってる”って」
ライフガントルはその言葉に苦笑を浮かべると、それは、と声に出した。
「お前も知ってるだろう、俺の水晶。実はあれきり使ってないんだが、天魔の一部が怪しい動きを始めてるって知って、追い続けていくうちに、奴らが英雄派を狙ってるって情報を手に入れたんだよ。だからそのことについて予知したんだ。そしたら、お前が呆然としながら逃げようとしているのが映った。俺の予知力はいつも、肝心な所を映してくれないんだ。だからお前がおそらく天魔一派と接触があって、それから逃げようとしているのはわかったんだが、どうやって、誰と接触したのかまではわからなかった」
だからまさかそんなことになってるとは思わなくてな、ライフガントルは苦笑を浮かべたまま締めくくった。
「あれ、でも、そのカスナって奴とジュノンって仲良かったんだろ?」
ふと、それまで黙っていたロニテスが声を上げた。思ってもみなかったところから思ってもみなかった言葉が発せられたことに、ジュノンはずきりと胸が痛むのを感じた。
「奴らが俺達を殺そうとしてるんだったら、なんでその時にジュノンを殺さなかったんだ?」
続けられた言葉に、胸の痛みは強くなった。カスナが自分を殺す、少なくともそういう思いを抱いているだろうことは、カスナが敵だと知った時にわかっていた。わかっていたはずなのに、いざ言葉にされると酷く苦しい。小さくうめき声をあげうつむくと、ロニテスは言いすぎだと悟ったのか口を閉じた。嫌な沈黙が流れる。
「……英雄派は、殺せないんだよ」
沈黙を破るように声を出したのはライフガントルだった。淡々とした口調で、一度だけ小さな声で。聞き返そうと顔を上げたジュノンとロニテスが彼を見た時、彼はもう堅く口を閉ざしていた。
「取り込み中悪いんだが……」
ライフガントルがもう何も発するつもりがないことをしっかりと意思表示したとき、ふとシャーレが声を出した。彼女はふき取った血がべっとり付いたままのハンカチを気にするでもなく元のポケットに仕舞い終えていてナイフももう持っていなかった。全員が自分を見たことを確認すると、シャーレは続けた。
「よければ、君たちの旅に私も同行させてもらえないだろうか。私ひとりじゃ得られる情報量が少なすぎる。君たちも天魔一派の動向を探っているようだし、利害は一致すると思うんだが」
相変わらず、外見に似つかわしくない淡々とした口調だった。驚くジュノンとロニテスを尻目に、ライフガントルが嬉しげに顔を上げた。
「そりゃあいい! 俺もそう言おうと思ってたんだ!」
そして発せられた言葉に、ジュノンとロニテスは思わず顔を見合わせた。