月も、星もない夜だった。もとより空のないアンダーシティは、日中の光を天井からぶら下げたいくつもの人工灯で賄っている。しかしオーバーシティからの財政圧迫が酷く、人工灯をつけていられるのは昼間の間だけ。よって、夜は何も見えないほどの暗闇が覆うのだった。だから貧しい人々は、夜は極力外に出ず、家の中で早めに眠る。だから盗みを働く人は、小型のペンライトを持って黒い服を着て、うっかり鍵を閉め忘れた哀れなターゲットを探して歩き回る。皆が皆寝静まった静寂の中、音を立てずに動くのはそうした盗人だけだ。
彼女は決して盗人ではなかったが、偶然か必然か、舞い降りてきた好機に従い夜の街を歩いていた。本来の目的ならば、彼女はわざわざ外に出る必要はなく、宿泊中の宿の一階にそっと降りて、一番奥の部屋にそっと侵入して荷物を漁るだけでよかった。しかし幸か不幸か、今夜は定期連絡の日。夜にならねば伝言の使者がやってこないことにうんざりとしながら、仕方なく、外を出歩いていたのだった。
彼女の瞳は闇に利く。ペンライトなど持って不自然な明かりをわざわざ演出するより、自身の瞳のみに頼った方がはるかにリスクが少なかったし、明かりを消したときの残像やめまいを考えれば効率も良かった。夜の家に入り、眩しさに目がくらむことはこの町ではまずないだろうから。だから彼女は漆黒の服を適当に着て自身の獲物を引っ提げただけの、ひどくラフな格好だった。
「そこのおまえ、何やってる」
そしてそんなラフな格好をした彼女が……もっといえば、身長はまあまああるが細身でいかにも力のなさそうな少女が、盗みを働く人の獲物になるのは全くおかしなことではなかった。
下卑た声のした方を向くと、彼女とおなじ闇色の服をまとった男がにやにやして立っていた。明らかに彼女をなめた眼、いい餌が見つかったと、すでに彼女を捕らえたつもりでいるような眼。男の眼を見て、彼が自分をどうしようとしているのか彼女は瞬時に理解できた。そして理解できたからこそ、男の声は聞こえなかったふりをする。
ちらりと視線をやっただけで、うんともすんとも言わず逃げるでもない、声をかける前と変わらぬ速度で歩き出した少女に、男は一瞬虚を突かれた。腰に何やら長いものをさしているから、カタギの者ではないことくらい男でも判別できる。だからといって、自身よりも図体のでかい男に闇の中声をかけられれば、恐怖で悲鳴を上げるとまではいかなくとも、驚きで小さく悲鳴を上げるくらいはするだろうと思っていたのだ。全くの予想外の行動に、数秒固まったのち、男はようやく自分がなめられていることに気がついた。男が彼女をなめた目で見たのと同じように。
「おい、待てよ。質問に答えろ、お前、こんな時間に歩いてるとどうなるか知ってんだろうなぁ」
先ほどよりも怒気を含んだ、少々殺気まで込めた声で問えば、先を行った少女はようやくきちんと振り向いた。小さく息を吐いて、どこか面倒くさそうな表情をしているのがかろうじてわかる。その様子に思わず血管が二・三本、ぶちりと小さく音を立てた。
振り向いたはいいが、彼女は正直どうしようか考えあぐねていた。こんな所で殺傷事件を起こして目立ちたくはないし、かといって下手に出て素直に返してくれるとも思えない。もっとも、面倒くさいオーラを無意識のうちに前面に出しまくってること、それによって既に相手が激情しかけていることに、彼女は一向に気付かない。小さく舌打ちまでしてしまって、自分を見ていた男の血管が二・三本音を立てた。
「いい度胸してんじゃねえか……ヤる前に傷つけるのは気が引けるが、ちょっとお仕置きしねえとダメみたいだな……!」
言いながら男は来ていたコートの内ポケットを探った。男は常に小型のナイフと拳銃を所持しているが、目の前の少女の腰にぶら下がる長いのが刃物の系統だとしたら、ナイフだと分が悪い。選んだのは拳銃だった。
素早くポケットから拳銃を出し、狙いを定めることもせずに引き金を引く。乾いた音が静寂を破ったが、予想された血飛沫は一行に降ってこない。男は目の前をよく見た。それはもう、穴があくくらいに見た。しかし、そこにいたはずの彼女はいない。煙を上げているのは男に撃たれた弾が入った地面だけで、そこには誰かがいた形跡すらない。
「どこいっ……」
あまりのことに固まっていた思考がようやく正常に動き始めた時、しかし男はすぐに意識を手放した。強い衝撃が音もなく男の後ろ首を狙い、そのまま盛大に前に倒れる。意識を手放したのが幸か不幸か、男が痛みを感じることはなかった。
「……まあ、これくらいなら平気だろう」
男がポケットに手を入れた時、彼女はすでに次の行動が読めていた。というよりも、少しでも実戦経験があるものなら当然のように読めただろう。男の行動は単純で、稚拙で、それでいて素人くさかった。彼女には男の手の動きが手に取るように分かった。内ポケットの布は薄い。正面から見ればコートの胸の部分がもそもそ動いているのが見えたのだ。たぶん、男はそれに気付いていないのだろう。
だから彼女は、男が発砲したときには、特にあわてることもなく移動することができた。もとより彼女は前衛が得意、そして自身の間合いに詰めるための移動術は、得意中の得意だった。よって、男が発砲したとき、彼女はすでに男の背後にいた。そのまま呆然としたままの男を放置して逃げだしてもよかったが、追ってこられてはあとが面倒。瞬間的にそんなことを考えて、殺さない程度に手刀を入れた。
倒れた男の腕を片手で持って引っ張りながら、彼女は男を路地のごみ箱に投げ捨てた。他人が見ればかなりひどいことをしているのだが、彼女は「酔いつぶれた男が間違えてゴミ箱の中で眠っている」というごまかしのための設定を勝手に考えていたので、人道的にどうかというのは特に気にしていない。これからようやく本命の仕事ができるというのに、と、過ぎ去った厄介事を恨めしく思っただけ。
ふと、つい最近言われた言葉を思い出す。地方偵察を終えて寝に帰った自室の中で、ろうそくの火の中で言われた言葉。
――狼が面を置いてきたらしい、聞きました?
そうだ、まだ彼らと接触する必要はない。彼女は思う。今はただ、その「面」を返してもらえればそれでいい。
だから盗人まがいのことをしても、別にしょうがないよなと口の中で呟いた。
向かうは、自身の宿泊地でもある宿の、一階一番奥の部屋。
何があったというわけでもなかった。ただ、いつもより目覚めが良かった。
それは何かを予感させる朝。ジュノンはすっかり冷めた目をどうすることもできず、もそもそとベッドから抜け出し大きく伸びをした。視線をやったカーテンからは、まだほんのり青い光が差し込むだけ。壁にかかった時計も、時刻がまだ早朝であることを示していた。
「よく寝てるなあ……」
両隣に眠るシューとロニテスを眺めながら、自分が最年少にもかかわらずどこか子供を見ている気分になる。シューは鬱陶しいフードの付いたローブは脱いでいたが、×のついたマスクだけはどうしても外せないと言い張って(書きはって)、ジュノンとロニテスの不審な目を受けながら結局マスクをつけたまま眠っていた。口元が見えないからか、シューはとても幼く見える。ロニテスはもとより童顔だから、どうしても年相応に見れないのだろうと勝手に結論付ける。
(寝顔は皆無防備だしね)
ジュノンは思う。あの悪人顔の似合うライフガントルだって、眠っている時は格好いい好青年に見えるのだと。そして案の定覗き込んだ寝顔は、そこに悪巧みを考える笑みを浮かべていたのがウソのように、幸せそのものだった。
やることもなかったので寝巻のまま皆の寝顔を見て回ったが、しかしそれもすぐ終えてしまう。手持無沙汰に逆戻りなジュノンは、なるべく音をたてないようにカーテンを開けた。
どうやら今日も晴れらしい、もとより太陽はないが、早朝の時間に合わせてうっすら明るさを増していく人工灯を眺めながらぼんやりとそう思う。そうだ、修業をしよう。特に何があったわけではないが、不意にジュノンは思いついた。
(最近ばたばたしてて毎朝の鍛錬も疎かにしちゃってたしな……今日こそはちゃんとやんなきゃ)
うん、と小さく意気込んで、着替えを取るために荷物を取った。そして、小さな違和感に気付く。
(あれ……? 何か……)
それは通常の人間はもちろん、熟練のメディアスでさえ見落としてしまうほどの、ごく僅かな残り香だった。ジュノンは気やら三界力やらの気配に敏感だ。知らない誰かの「三界力」の残り香が、自身の荷物からかすかに漂っている。
(でも、これって……)
絶対に見逃してしまうほど微量の気配。しかし、どんなに少量でも、三界力は一つ一つの力で気配がまるで違う。だから、ジュノンは相手が何のメディアスなのか、それでも判別できるはずだった。しかし、感じる気配は今まで感じてきたどの気配とも違った。これがメディアス特有の気配だというのは理解できる、しかし、何のメディアスなのかわからないのだ。
(言うなら、全部ごった返して白くなったような……)
想像してすぐにやめた。すべての能力を持ち合わせているなんて、初代メディアスのヒルベストくらいだ。実際、ヒルベストの生まれ変わりだとか言われるメディアスは、すべての力を兼ね備えたらしいが、ジュノンはそういう人物を見たことがないし、書物の過剰評価だと疑っていた。
そこまで考えて、ジュノンはあることにようやく気がついた。
(って、メディアスがどうとかよりも、荷物だよ荷物! 何か盗られてるわけじゃないよな……?)
あわててリュックの中身を引っ張りだす。ベッドの上にお店を広げるかのごとく中身を散乱させ、特に盗まれたものはないと一安心。が、ジュノンはもう一度目を凝らして持ち物をチェックして、あるものがないことに気がついた。
「……ない」
思わずぽつりと呟いた声に、隣のロニテスが小さくうめき声を上げた。起きたのだろうか、しかし今のジュノンにそれを気にかける余裕はない。
「面が、ない……!」
黒光りする狼の面。躊躇いもなく部下であったはずの魔物を殺し、何の感慨も見せず消え去った少年がつけていた、あの面が。
「……んぁ、なんだジュノン、起きてたのか……どうした?」
ロニテスの声が遠くで聞こえた気がした。荷物を散らかしたまま、ジュノンは呆然と外を見る。盗まれた、盗まれたのだ。そして気づく。
なぜ、不思議な喪失感に囚われている?
心臓はうるさいくらい音を鳴らしていた。口から臓器が丸ごと飛び出してきてしまいそう、むしろ、出て来てくれた方がましなくらいだ。ぼんやりと思いながら、ジュノンはゆっくりと思考を続ける。
そうだ、本来、あの面を持っていることは誰にも知られてはならなかった。そして、ジュノンの荷物の中に入っていた財布には手をつけられていない。そこから推測できることは一つしかなかった。そして、ジュノンは、それをライフガントルやロニテスに知らせなければならなかった。
彼が、取り戻しに来たんだ。
今日、やけに目覚めが良かったのは、己の荷物の異変を無意識に感じ取ったからなのかもしれない。黙りこけたジュノンを不思議そうに見つめるロニテスにようやく視線を合わせてから、ジュノンは自分が声をあげて泣きそうなのをこらえていることに、ようやく気がついた。
「で、つまり、お前のこの前からの変な行動の数々はその面の所為だったってことか?」
大きな欠伸をかきながら、いまだはっきりしない口調でライフガントルが言った。ジュノンは身を小さくしてうなずく。まさしくその通りで、そして、そのことを真っ先にライフガントルに知らせなければならなかったことを知っていたからだ。
「一応聞いとくけど、なんでそん時、俺に言わなかったわけ?」
す、と細められたライフガントルの瞳がジュノンを射すくめる。どうしてかなんて自分でもわからない、教えてほしいくらいだ、ジュノンは心の中で叫んで、しかしそのまま言うわけにもいかず、ただ沈黙を守るだけ。
「ジュノーン? 黙ってたらわかんねえぞ?」
隣のロニテスがライフガントルと同じような瞳でジュノンを見ていた。腹黒い人間ってどうしてこういう目をするんだろう、と、どこか現実味のないふわふわした感覚で思ってから、ようやく小さくうなった。声を出すと、何故だかうまい言い訳がそのまま吐き出てくるような気がした。
「僕にもわかんないんだ。本当に。はじめて見つけた時、ぐるぐると考え事しちゃって、正直、面を持って帰ったかどうかさえ記憶に残ってない。でも、翌日起きたら面があった。だから多分、面が自分からやってこない限りは、僕が持ってきたんだと思う。それでそれを持ってたら、何故だかライフには見せちゃいけない気がした」
静かに目を伏せる。手の中にあったはずの狼面の感触が、なぜかひどく懐かしい気がしている。求めているのだろうか、考えて、そんなことはありえないと否定する。
「あの仮面には何かがあったんだと思う。ダキリアで先に森に行ったとき、本当は捨てようと思ったんだ。……仮面が、笑ってる気がしたから」
「仮面が笑う?」
ジュノンの言葉にライフガントルが首をかしげる。実際にはありえないようなことを、酷く恐ろしいことのように言う。ジュノンは何を感じ取ったのだろうか。
「本当に笑っていたかはわからない。音を立てていたわけでも、動いていたわけでもない……と思う。ただ、直感的に思うんだ。自分が背負っているリュックの中で、仮面がけたけた笑ってる、って」
ライフガントルもロニテスも思わず押し黙った。あまりにもジュノンの言葉が真剣だったからだ。からかっているとしか思えない内容を真剣な表情で言う。ジュノンはしかしそんな二人の気持ちなど構いなしに続けた。
「仮面が笑ってると、どうしようもなくそれを投げ捨てたくなる。でも、ライフがいる時に捨てたら“それはなんだ”ってことになるから、捨てられなかった。どうしてかわからないんだ、僕にも」
そこで彼はいったん言葉を切った。沈黙が走る。それぞれの視線が混じり合い、一点で結合して、はじけた。
「とりあえず……」
やがて沈黙を破ったのはライフガントルだった。彼は重々しい口調で、ジュノンが思ったことを口にする。
「その仮面がないってことは、奴もしくは奴の仲間が取り返しに来たとみて間違いないだろうな」
「仲間の方だと思うよ、カバンについてた気配からあの子の気配はしなかったから」
ジュノンの補足を受けライフガントルもロニテスも小さく頷く。例の少年の言葉が真実だとしたら、彼はこそこそ仮面を取り返したりなどせず、正面からやってきて三人を殺そうとしただろう。しかし事件は真夜中、三人が寝静まっている最中に起きて、そして三人は無傷でここにいる。
「問題は、仲間の目的とどの程度の力を持っているか、だな」
低く小さな声で囁くように告げたライフガントルの言葉が、なぜかどっしりとジュノンの胸に響いた。見知らぬ者の、何の力を持っているかもわからぬ者の気配を、いまだに己のカバンから感じ取りながら、レイニータウンを騒動なしに出ることはできなさそうだと、ぼんやりとした思考の端でジュノンは思った。
「とりあえず、これで今後の動きが決まった。しばらくは狼少年のことを気にしつつ、ゲート付近で仲間探しをするぞ」
なんとなく嫌な空気が漂う中、それを払拭するかのように明るい声を出したのはライフガントルだった。彼はにや、と不敵な笑みを浮かべると、ジュノン、ロニテス、と順に二人の顔を見た。
「恐らく狼少年もそのお仲間さんも、俺らがこれからガチでやり合おうとしている奴らの一味だ。いついかなる時でも監視されてると思え。気を抜くなよ!」
ガチでやり合おうとしている奴ら、その一言で空気は変わった。そうか、僕とカスナは敵同士なんだ、改めてそんなことを考えて、ジュノンは何をバカなこと、と内心苦笑する。
(カスナと僕が敵同士だなんて、あの日からわかりきっていたことじゃないか)
そうだ、いまさら迷う必要なんてどこにもない。過去の友人だからどうだというのだ、そもそもその友人関係だって、彼が動きやすかったから“そうなった”偽りの関係でしかない。不意に大声をあげて泣きたくなって、ジュノンはこっそり、ロニテスの顔を盗み見た。
(ロニテスは落ち着いてる。一番挑発されてたから、動揺すると思ってたのに)
どこか静かな炎を燃やしはじめたロニテスの瞳を見つめながら、ジュノンはふと、疑問思う。
(彼らの……彼の、目的は、何なんだろう……?)
それは、“大天魔復活”などということではなくて、もっと根本的な……そこまで考えて、ふと、ライフガントルが自分を見ていることに気がついた。変な所で鋭いのは、やはり生きている年数が違うからか、それとも魔法使い故の才能か。大丈夫、そう言う思いを瞳に乗せて彼をみる。ライフガントルは思いのほか強い視線を受けて一瞬ひるんだようだったが、すぐにあの、不敵な笑みを戻した。
(そうだ、でも、前に進まなきゃいけないんだ……)
でないと、大きな力に自分が殺されてしまうから。
昼、いつの間にやらどこかへ行っていたシューが戻るのと同時に、ライフガントルは一人、「仕事」と言って出かけていった。ジュノンとロニテスは特にやることもなかったので、当初の目的であるメディアス探しを開始することにした。
「って言っても、この辺ほとんど人通りないね」
ゲート付近までやってきた二人は、しかしその人通りの少なさに困惑していた。いくら貧しい地区だと言っても、人っ子一人通りを歩いていないというのはどういうことか。そう言えば、昨日通った時も全然人を見かけなかったと、ジュノンは今さら思い出す。
「ライフがいりゃあ力になってくれたのになー」
ロニテスがぼんやりと呟いて、乱暴に髪をかき上げた。土地勘のあるシューや、以前も来たことがあるらしいライフガントルなら、どこか情報を得られるあてがあったのだろうと思っていたのだ。
「店に入って聞き込みするわけにもいかないしねー」
道の端にあったお情け程度の形のベンチに座りながら、二人は顔を見合わせて苦笑した。
「ここら辺にメディアスの人はいませんかー……ってか? 逆に俺らが捕まるよなー」
メディアスとはそういうものだと、二人とも身をもって知っていた。重いため息が重なる。
「せめて誰かいれば、三界力の気配かどうかわかるのに……」
何回目かのため息を再度ついて、ジュノンは顔を上げた。見つけるだけでは駄目だ、と、ライフガントルが去り際に言ったのを思い出す。
――いいか、俺達はただメディアスを探しているんじゃない。ロニテスの時にも説明したと思うが、メディアスの中には英雄派と呼ばれる、「三界力本来の力を持つ者」がいる。俺達が……俺が欲しいのはそう言うメディアスだ。
――でも、英雄派かどうかなんてすぐにはわからないんじゃないの?
――ああ、お前らにはわからない。だが、俺にはわかる。お前らは出来るだけ多くのメディアスを集めてくれればいい。といっても、いくらゴロツキどもの多い街とはいえ、メディアス自体の割合はごく僅かだろう。一日で無理して集めようとすんなよ。
彼があんな風に言ったのは、単にジュノンとロニテスの能力が低いからではなくて、この状況の難しさを知っていたからだったのか、と、今さらになって気づく。それにしても、行く前に少しでもヒントを残して言ってくれたらいいものを。
静かに悪態をつくジュノンにロニテスは苦笑の色を濃くして、ゲート方面に顔を向けた。くねくねと迷路のような道が、ゲート方面に向かうにつれ薄暗くどんよりとした雰囲気を濃くしていく。確かに、一般人はおろか、メディアスであろうと好んで通りたいと思える場所ではない。
「ライフは……」
「ん?」
不意に声を出したロニテスに、ジュノンは思考を中断させた。静かに彼の方を見ると、彼はどこかぼんやりとした表情のまま、言葉を続ける。
「ライフは、こんな所で本当にメディアスを探すつもりだったのか……?」
その言葉の真意を測りかねて、ジュノンは小さく首をかしげた。
「どういうこと?」
「だから、ライフはメディアスを探すためだけにここに来たのかってこと」
だっておかしいだろう? と、ロニテスは続けた。確かに、彼の行動は時々おかしい。メディアスを探すためにこの街に入ったのに、結局「仕事」だとか言って、自分は不参加だ。
「それってつまり……」
「ああ、メディアス探しは俺たちへの建前で、本当は別の目的があるんじゃないか?」
なあ、ジュノン、続けられたロニテスの声に、ジュノンは思わず姿勢をただした。何か、真剣に聞かなきゃならないことを彼は言おうとしている。
「俺達、ライフについて行って本当に正しいのか……?」
そしてその疑問は、不本意だがジュノンにも生まれ始めたものだった。