アンダーシティはその上がオーバーシティとなっているせいか、空を模した天井が低く圧迫感があった。薄暗い道を照らす街灯は黄色系のランプで、薄暗さを増している。人気がないわけではなかったが、見える道すべてが路地裏のような雰囲気を出すそこを通るのは、いくらメディアスであろうとジュノンには躊躇うものがあった。
「ゲート付近は一番治安が悪い。奥に進むぞ」
思わず足を止めてしまったジュノンを促すように、ライフガントルは肩に手を置き言った。ロニテスもその不穏な空気を感じて渋い顔をしている。シューは変わらず黙ったままだったが、ライフガントルと視線を交わし合っているあたり、治安が悪いというのは本当なのだろう。
奥に進めば進むほど、確かに、街の雰囲気は明るいものに感じた。ゲート付近は湿気の多さから靄のような霧もかかっていたし、それが晴れただけでも大分違った。ライフガントルの簡単な説明を聞きながら、ジュノンはぼんやりと街並みを見ていた。
(一日もあれば回りきれちゃう小さな街なのに、こっちとあっちで大分ちがうんだな〜)
「とりあえず今晩泊まる宿を探す。今後の予定はそこで決めよう」
ライフガントルは歩きながらそう言った。
彼の説明は確かに簡単だったが、レイニータウンの特殊な事情を理解するには十分だった。まず、レイニータウンは三つの地域に分類される。現在ジュノンたちがいる、お尋ね者や不法に侵入した者たちが巣食う、アンダーシティ。観光や居住地を求めて街に入った旅人が正規に訪れるのは、一般人の身が住むオーバーシティ。そして最後は、街の統治者や貴族が住む、オーバーシティのさらに上の階層、エデン。楽園を意味するそのエリアに入るには、幾つもの適性検査とある一定以上の階級が必要なのだという。
アンダーシティは、大きく二つに地域が分かれている。ゲート付近は西地区で、唯一の外への脱出口付近ということもあり、比較的やばい人たちが住みついている。もちろんそれは、政府のお尋ね者だったり、脱獄犯だったり、だ。なぜ彼らがタウンへ侵入できたのか、ジュノンはいまいちわからないが(シューに頼むにしても、適性検査を行うシューではそうそう簡単に入れないはずだ)、その中にジュノンたちの求める力あるメディアスもいるだろうことは見当がついた。東地区と呼ばれる奥の地域は、オーバーシティに住めないが犯罪者というわけでもない、少々わけありだったり貧しかったりする人々が住んでいる。治安は西地区と比べれば格段にいいが、それでもスリや強盗は日常茶飯事だという。ぼったくりの店もあるから気をつけろよと、ライフガントルが気色の悪いウィンクつきで説明したのをジュノンはぼんやり思い出した。
「シュー、どっかに信用できる宿屋はあるか?」
なぜか先ほどからついてきているシューに、ライフガントルは声をかけた。彼の隣を走るシューは息一つ乱さず、相変わらず何も話さない。反応を返さないのではなく返せないのだと気づいたライフガントルは、やがてゆっくり足を止めた。
(ていうか、なんで僕たち走ってたんだろ?)
成り行きで一緒に走っていたが、果たしてなぜ走っていたのか。ふと疑問に思うも、とりあえずライフガントルとシューのやり取りを見守ってみる。すでに街の中心まで来たようで、そこそこ大きな噴水のある広場が見えた。
「えーっと、ほら」
ライフガントルは腰に下げたポーチから小さなメモ帳とペンを取り出した。話せないなら書けということだろう、シューはためらいなくそれを受け取る。彼が少しだけ考えてから、すらすらとペンを走らせるのをジュノンもロニテスもぼーっと眺めていた。
『serta』
すぐに書き終えたシューはライフガントルにメモ帳を突き付けた。そこに書きだされた店名らしい文字に、ライフガントルはふむ、とあごに手をやる。
「セルタ、いや、セータ? 値段はどれくらいだ。大人一人の料金で頼む」
再び問いかけると、シューはまた少し考えてから、今度はゆっくり書いていった。二人のやり取りに早くも飽きたロニテスが、ジュノンの肩をそっと叩く。
「なあ、あの噴水まで行ってみようぜ」
初めて訪れる街に興味しんしんと言った感じのロニテスに、ジュノンは思わず苦笑した。しかし興奮しているのは自分とて同じだった。ダキリアに足をつけた時のような興奮までとはいかずとも。
「ライフー、僕たち噴水見てくるねー!」
ロニテスには答えず、言うが早いかジュノンは駆け出した。ライフガントルがえ、と顔を上げた時、二人はすでに噴水めがけて走りだしていた。広場がそれなりに広かったといえど、その入り口付近から中心の噴水までジュノンたちの足を使えばあっという間にたどりつく。ジュノンはダキリアのそれよりも小さめの噴水に、しかし思わず声を上げた。
「おおー!」
「おおー、って、お前なあ」
こんな小さな噴水に、ロニテスが後ろでぼやいている。噴水一つで興奮してしまうのは、レイズンガルドという田舎出身の性だろう。仕方ないよねー、と、ジュノンは心の中で言い訳をする。
「ったく、ガキかってのお前らは」
ぐるぐると噴水の周りを意味もなく走っていると、上からの声とともに肩を掴まれ止められた。見上げるとライフガントルが苦笑を浮かべている。そのままこれ以上は遊ぶなと言わんばかりに俵担ぎされたジュノンは、驚きと羞恥とで声を上げた。
「うっわ!! ちょ、なにすんの!!」
抗議の声を上げるも、ライフガントルはどこ吹く風。地図らしきものが描かれた先ほどのメモ帳を手にしながら、片手でジュノンを支える様はさすがといえよう。というよりただの筋肉バカ。心の中でジュノンは毒づいた。地図はおそらくシューが書いたもので、行き先もおそらくシューの進めた宿屋だろう。そしてそのシューといえば、変わらずライフガントルの隣でフードをかぶって立っていた。
「なあ、ライフ」
とうとう見かねたロニテスが声を出した。地図とにらめっこをしていたライフガントルは、呼ばれてん、と声だけ返す。
「シューはここの守人なんだろ? 戻らなくて平気なのか?」
思ったことを率直に言うと、彼はそこで顔をあげる。シューとロニテスの間を視線だけ二、三往復させると、おもむろにシューに尋ねる。
「だ、そうだが」
それは尋ねるというよりは質問の回答責任を放棄しただけだった。シューに持っていたメモ帳を再び手渡して、わりいな、と小声で呟く。その声は密着していたジュノンがようやく聞き取れる程度で、シューに届いたか定かではなかったが。
『俺はイレギュラーだから、人の気配がした時だけ外に出ればいい』
ロニテスに突き出されたメモにはそんなことが書いてあった。戸惑ってシューを見返せば、フードの奥で笑顔を浮かべているのがぎりぎり視認できる。なぜイレギュラーなのかとか、聞きたいことは山ほどあったが、しかしロニテスはそれ以上追及することはしなかった。
「じゃあいいな」
さっさと行くぞー、ライフガントルはジュノンを片手で担いだまま、大きな一歩を踏み出した。
シューが書いた地図に従い、中央広場から放射線状に広がる道を通っていく。ライフガントルと彼に担がれたままのジュノンを先頭に、一行は宿屋へ向かっていた。なるほど西地区に比べ、東地区に入ったこのあたりは道の雰囲気も全然違う、ジュノンは自分の姿を見て苦笑を浮かべるロニテスを視界の端に入れながら、そんなことを思った。
しばらくくねくねとした道を通った後、着いたのは小洒落た宿屋だった。薄桃色の下地に花飾りをイメージしたイラストが描かれ、「serta」という字が赤色で記された看板は、年季が入った感じは受けるが決して汚くはなかった。店の前には食堂の案内が描かれた小さなボードが立てかけられ、脇に赤い花の鉢植えが置いてある。全体的に雰囲気の良い宿屋だ。
「ここでいいのか?」
地図と見比べながら、ライフガントルはシューを見ないでそう聞いた。シューが小さくうなずいたのをロニテスが目ざとく見つけ、代わりにライフガントルに声で伝える。返答を得たライフガントルはようやくジュノンを地面に下ろし、持っていた荷物を持ち直した。
「いいか、俺とジュノンはファミリーネームまでいやあすぐに正体がばれちまう。偽名を使うからその通りに接してくれよ」
思いのほか真面目な顔で言われたので、横に立ったジュノンも後ろに控えていたロニテスも、思わず真剣な顔でうなずいた。それを見て、満足したのかライフガントルは再びあのにやり顔になる。
「ついでにロニテスの名前も変えてやるから楽しみにしとけ」
「なっ!?」
言うが早いか宿屋に入ってしまったライフガントルを追うように、あわてたロニテスが乱暴に扉を開ける。ジュノンとシューもそれに続いた。
宿屋の中は予想に反して広々としていた。正面に小さめのフロント、フロント前には赤いマットが木目の床に敷かれ、横には観葉植物が置いてある。特殊な技術で加工されたその植物は、文字通り見るためのもので、枯れることはない。
「いらっしゃいませ〜」
フロントに立っていた男が、愛想の良い顔でそう言った。
体格はやや小太り、後退した髪を隠すように小さな帽子をちょこんとのせ、ワイシャツの上から紺地のエプロンをつけている。揉み手をして言うその姿は承認のそれを思い出させるが、エプロンの胸元に赤い花のワンポイントが付いていたから、どちらかというと花屋のイメージを彷彿とさせた。
「……三名様で?」
ざっと見て人数を確認する。あれ、シューは、聞く前に彼が前に出る。シューの姿を見つけた男は、一瞬目を見開いてから、しかし笑顔で付け足した。
「シューの紹介とあらば安くしなきゃいけないねぇ、シューも今日は泊ってくのかい?」
どうやら男はシューの知り合いらしかった。彼の言葉にシューは小さくうなずく。男は帳簿を眺めながら、ニコニコ笑顔のまま低い声でうめいた。
「お客さん、悪いんだが、今日は満室でねぇ、一室しか開いてないんだけど、四人で一室はやっぱりいやかい?」
「寝るときの状態に寄るな。さすがに宿屋まで来て床で雑魚寝はきつい」
男の言葉に即座に答えたのはライフガントルだった。彼の視線がちらりと帳簿の中身をとらえる。それに気付いたのか、男はさっと帳簿を閉じた。
「いやいや、一室といっても三人部屋でね、一人分のベッドなら何とかプラスで用意できるよ。どうだい? その分安くするからさ」
男はもはや身を乗り出す勢いだった。早口で問題の改善点を述べると、ライフガントルの瞳をじっと見つめる。ライフガントルが小さく息を吐きだして、困ったように尋ねた。
「どれくらい安くしてくれるんだい? それによるな」
聞いた男は大喜び、もう宿泊が決定したような勢いで、デスクに置いてあったのだろうそろばんを手にぱちぱちやる。二人の攻防をジュノンもロニテスも唖然として見るだけだったが、表面は穏やかだがその内部で激しい値引き戦争が起こっているのだけは理解できた。
「一部屋ってのとシューの紹介ってのを差し引いて、一人当たり二百レインってのはどうだい?」
男の指が激しくそろばんの上で舞い、ぱちぱちと音を立てながらやがて止まった。にやりとした顔を向けられたライフガントルは、しかし渋い顔のままだった。
「それだと通常料金で泊まった時から百レインしか差し引かれてないぞ。割に合わない。せめて百五十レインにしてくれないと泊まれないな」
「そんな! それじゃ半額じゃないか! 破産しちまうよ」
ひどく困った顔でライフガントルが言えば、同じように男の顔も困り顔になる。ライフガントルはお金があるのになかなか使おうとしない、ジュノンは依然その理由を聞いたことがあるが、彼は苦い顔をして貯蓄ほど大切なものはないぜ、と言っただけだった。
ぼんやりとジュノンとロニテスが成り行きを見守る中、百、百七十、百三十、などと数字が飛び交っていく。財布にあるレイン紙幣を思い浮かべながら、二人ともさして変わりがないような気がしてきた、その時。ようやく決着がついたのか、パシリと勢いよく音がして、ライフガントルと宿屋の男が力強く手を握っていた。
「百六十レイン、のった!」
「いやいや、久しぶりに熱い値切りだったよ、お兄さん」
そこには値切る側と値切られる側にしか到底理解不能な、不可思議な友情にも似たものが漂っていた。結局付け値に近い値段で宿泊できることに対して、ジュノンはなんかやりきれないような気持を抱いていた。
「いやあ、待たせちゃって悪いね。私はここの主人、レレガ・アランブール。えーと、ラーン・ヒルガ様、ジュニア・ヒルマン様、ロナルド・スター様、それにシュー・フィレンツ様の四名で変わりないですね?」
受付を終え、レレガと名乗った男は帳簿を眺めながら名前の確認を取った。それぞれ聞き慣れない名前ながらも、しっかり己の偽名を聞き取って、神妙な顔で頷いた。ジュニアと命名されたジュノンは正直不服だったが、ロニテスがロナルドに、スキアがスターに変えられたロニテスはもっと不服そうだった。横目でライフガントルがくつくつと笑いをこらえている。ただ一人、偽名を名乗っていないシューは相変わらずどこを眺めているとも知れない瞳をフードで隠して、黙ってうなずくだけだった。
「お部屋は一階左側廊下を行ったところにある一○五、浴場は一階の右側廊下奥、食堂は二階右側廊下奥です。四つ目のベッドについては、後ほど伺いますのでしばしご勘弁を」
レレガは鍵と宿屋の簡単な案内図をライフガントルに手渡すと、ごゆっくり、といって笑顔を見せた。肉つきの良いその顔は暗がりで見たら気持ちが悪いだろうが、明かりのもとで見れば非常に人当たりの良い顔をしていた。ジュノンはもう一度じっくりレレガの顔を眺めた。はじめ見た時に何か他とは違う違和感を感じたからなのだが、その正体を見抜く前に、ライフガントルに肩を叩かれた。
「ほら、行くぞ、ジュニア」
呼ばれ慣れない名前をわざと付け足したライフガントルに少々腹立たしいものを感じたが、促されては仕方ない。盗み見ていた視線をそらし、ゆっくりとした足取りでライフガントルの背を追った。
指示された部屋は、ロビーを抜けて左側の廊下をまっすぐ行った、一番奥にあった。部屋を開けて中に入ると、角部屋だけあってなかなかに広い。部屋の手前側に、ワインレッドの高価そうなソファが一対、ガラス製の小さなテーブルと、壁に沿って置かれているのは木製のデスク、その上にはフロントにつながるのであろう古い電話が置いてあった。肝心のベッドは、ソファ郡のさらに奥で、ソファとベッドは巨大なカーテンで仕切られるようになっていた。レレガの言っていた通り、三人部屋らしく三つのベッドが平行に並んでいるその向こうには、ガラス戸で仕切られたベランダがあった。一階なので眺めも何もないが、向かいの家までは若干距離があるようで、家と家の間には小さな畑が連なっていた。
「正面はちっちゃいけど立派な所だな」
ロニテスがぼんやり呟いて、ジュノンもライフガントルも同意する。少なくとも、ダキリアで泊まったロニテスの宿屋よりは豪華だろう。しかも、これで料金が通常の半額近い値段なのだ。ライフガントルさまさまである。
「さてと、俺は簡易ベッドのほうで寝るから、子供ら三人はベッドを使えや」
ライフガントルはソファに荷物を置きながらぶっきらぼうにそう言った。ベッドを使っていいということには嬉しかったが、子供扱いされたことにむっとしてライフガントルをにらむ。
「ちょっとライフガントル、いくらなんでも……」
しかし反抗しようとジュノンが口を開いたのを、ライフガントルは鋭く睨む。一瞬何で睨まれたのかわからなかったジュノンだが、ロニテスに小声で「名前」とささやかれ、ようやく自分の犯した失態に気がついた。
「……っと、ごめん。でもラーン、いくらなんでも子供はないんじゃないかなぁ?」
ライフガントルの名を偽名に直して、ジュノンは再度文句を言った。ロニテスも頷いているところから、やはり彼も気になったのだろう。シューは相変わらずフードをかぶったまま、ソファにちょこんと座っている。
「まあまあ、俺から見ればみんなガキだって。お前らの倍近くは生きてるシューだって俺にしてみりゃまだまだ子供だぞ?」
「えっ」
シューが自分たちの倍の年齢だというライフガントルの発言に、二人は同時にシューを見た。彼は素知らぬ顔で座っていて、否定も肯定もしない。しかしライフガントルの話ではシューは魔法使いの血を受け継いだハーフだというし、あながち嘘でもないのだろう。そして次にライフガントルを見る。そのシューがまだまだ子供になるということは、ライフガントルはいったい何歳なのだろう? ふとした疑問を口に出したら後悔しそうな気がして、しかしジュノンもロニテスもそれを訪ねはしなかった。
「失礼します、レレガです」
結局ライフガントルの言葉に甘えて、それぞれベッドに荷物を置いた時、控えめなノックと共にレレガの声が聞こえた。ライフガントルが適当に返事をすると、工具箱のようなものを持ったレレガが中に入ってきた。彼はくつろいでいる四人を見回すと、満足したように笑顔になって、
「ではでは、早速簡易ベッドを作っちゃいましょうかね。シュー、そっちのソファに座ってくれるかい」
三人掛けのソファに座っていたシューを、二人掛けのソファの方に移動させた。レレガはおもむろに三人掛けソファの下を探ると、何かを見つけて力強く引っ張る。ベッドの上からレレガの様子を眺めていたジュノンには、彼が硬いレバーのようなものを引いたように見えた。
レレガがソファの下のレバーを引っ張ると、ソファの背もたれがゆっくりと倒れた。完全に開いてしまったそれに、持ってきた工具箱から足を取り出し取り付ける。端と真ん中に三か所つければ、簡易ベッドにしては上出来なものが完成していた。
「ベッドはカーテンの向こうにも移動できますが、どうします?」
変わらない愛想笑いを浮かべてレレガがライフガントルを見る。ライフガントルは数秒考えて、しかし面倒くさくなったのか首を振った。
「いや、この位置で構わない。悪いな」
答えを聞くとレレガは少しだけ残念そうな顔をしたが、しかしすぐにまた笑顔に変えて、壁際のクローゼットに移動した。楽しそうに扉を開けて、中からシーツと枕と毛布を取り出す。
「すぐ終わりますからね〜」
まるで歌ってるようだ、彼の話し方を聞きながらジュノンは思う。出来上がった簡易ベッドにシーツをかぶせ、枕を乗せて毛布をかければそれはジュノンの座るベッドとほぼ変わりないもののように見えた。体格の良いライフガントルでも、十分横になって寝返りが打てる。いいもの使ってるなー、とロニテスが思ったのは多分ジュノンと同じタイミング。
「はい、終わり。寝心地が悪いようであればそこの電話使ってくださいね。では……っと、そうだ」
作業を終えたレレガが退出しようと立ち上がった。見送りがてらライフガントルが彼について入口まで行くと、レレガは不意に振り向いて、
「最近、ここら辺で盗みがはやってんです。お客さんらが眠ってる間に貴重品やらを盗んでくって手口でね? 今うちは二十ある部屋の全部が埋まったことになるが、三組のお客さんから被害届が出てるんですよ。寝る前は部屋と窓の鍵、きっちり確認してから寝てくださいね」
先ほどまでの愛想笑いはどこへやら、深刻な顔を浮かべてそう言った。それじゃ、私はこれで、言いながらすぐさま閉じられた扉を、ライフガントルはしかしいつまでも眺めていた。