その少女はごく普通に城門を通り、衛兵を通り過ぎ、誰にも気づかれずに謁見の間へとやってきた。
そのことは特に驚くべきことではない。以前「ねずみ」と名乗る少女が同じようにやってきて、彼女もまた、誰に気づかれることなく私に面会を求めたから。
「おうさま」
少女は小さな声で私を呼ぶと、跪くことも、頭を垂れることもせず、ただまっすぐ私を見つめた。
「おうさま、どうしてこんなにかなしいのでしょう」
はじめ、少女の言葉が理解できず、私はぼんやりと瞬きをしただけだった。
少女は今にも消えてしまいそうな様相で、けれど何の感情も浮かべない顔をこちらに向けて、再び口を開く。
「おうさま、おうさまはかなしくないのですか?」
「どうして、悲しいと言えるのだね」
ようやく声を出すと、少女はゆっくりと瞬きをして(その瞬間彼女の青く長い髪がゆらりと揺れた)、ほう、と小さく息をついた。
「ならば、やはりおうさまはかなしいのでしょう」
「会話が噛み合わないな。どうしてだい?」
「なぜなら、おうさまはごじしんがかなしいことにきがついてすらおられないからです」
少女はまっすぐ私を見つめたまま、そう言って、そこで初めてにこりと微笑んだ(その笑顔は今まで見たどんな女のものよりも可憐で美しかった)。
私はわからずに首を傾げる。
私は王だ。
この国の王だ。
絶対で、絶対であるが故に不滅で、不滅であるが故に不変で、不変であるために不幸な王だ。
そう、生れた時に神から呪いをかけられて、以来、ずっとそうして生きてきたのだ。
わたしのいったいどこがかなしいというのだろう?
「おうさま、おうさま。だからわたしはおうさまがいとしいとおもいます」
「ともにいたいとおもいます」
「わたしだけは、わたしだけは、おうさまが絶対でも不滅でも不変でも不幸でもないことをしっていますから」
少女はたたみかけるように言って、それから(ようやく)跪いて頭を垂れた。
ただ、驚いて彼女を見つめていると、彼女はその姿勢のまま、
「だからおうさま、もう、なくのはおやめになってください」
誰が、泣いて、
「おうさまはもう不幸ではありません。不幸ではないので、不変でもありません。不変ではないので、不滅でもありません。不滅ではないので、絶対でもありません」
泣いて、いる?
「おうさま、おうさま、あいしています。あいしているんです、おうさま」
少女は(私が「顔をあげろ」と言う前に)顔をあげ、感情のない顔に一筋だけ涙を流して、そう囁いた。
ならば、
絶対でも不滅でも不変でも不幸でもないならば、
私は、誰だ?
少女はゆっくりとこちらに近づいてきて、私はそれをぼうっと見ている。
彼女は緩く微笑むと、(まるで母が幼子にするかのように)私を抱きしめた。
「だからひとりで かなしまないで」
変わらず彼女の言葉の意味はよくわからなかった、が、確かに彼女のいう通りなのだろうと思った。
この青い少女が悲しいのなら
私もきっと悲しいのだろう
この青い少女が愛しいというのなら
私もきっと愛しいのだろう
絶対で不滅で不変で不幸であり続けた私にもはや意思も自己も存在しえず、だから少女は私の意思となり自己となりあいとなった。
それはそれでいいのだろう、
何故だかとても満たされた気がして、(いまだ彼女に抱きかかえられたまま)私は密かに微笑んだ。