
3

次にフィリアンが部屋にやってきたとき、彼の体は包帯でぐるぐるに巻かれていた。彼の体格よりも二周りくらい大きなTシャツ(それはおそらくクレイのものだと思えた)には正面に骸骨のプリントがでかでかとされており、ただでさえ“かわいい”雰囲気のフィリアンをより一層幼く見せた。カボチャ色のショートパンツと、大きい故に幅の広いそで口から延びる手足はご丁寧に掌あたりまで包帯で巻かれているらしく、細さを際立たせている。
「フィン……なんか、すごい格好だね……」
顔の半分くらいもおおわれているフィリアンを眺めながら、ジュノンがぼんやりと呟いた。今は片目だけとなった赤い瞳が、不思議そうにジュノンを見返した。「そう? ハロウィンでこのくらいは普通だよ」と答えた彼に、一瞬意識が飛ぶ。自分たちも彼のような格好をしなくてはならないのだろうか。
「ジュノンもロニテスも制服はぴったりみたいだね」
俺はともかく、と続けた彼の言葉に、ジュノン達は思わず苦笑した。そう、ぴったりなのだ。まるではじめから自分たちのために作られたかのように、部屋にあった制服はぴったりのサイズだった。
「おまえの兄さん、なかなかつかめない人だよな」
フィリアンがいうには、フォルティアは興味のある対象に対する仕事の入れ具合が半端ないらしい。それにしても、自分たちが彼の元へ行く僅かな時間の間に、生活に必要なものをすべて、それもジュノン達に合わせたものをそろえるなんて、なかなかできない。と言うより不可能に近い。
「まあ、普段はダメダメなんだけどね、時々俺も信じられないような行動に出るから」
何か不都合があっても大目に見てやって、続けられた言葉に苦笑の色を濃くせざるを得なかった。
「フィンー、来たよー」
さあ会場に行こうか、と、ジュノンとロニテスが廊下へ出て、渡された鍵で部屋の鍵をかけていた時、隣から慌ただしくネルが顔を出した。あんまり近いところから急に扉が開いたので、ジュノンは思わずびくりと体を揺らす。彼の「来た」という表現はその状況とあまり似合わない。
「あ、フィンはミイラ?」
さっき部屋を訪れた時はまだ制服を着ていたネルは、長いローブを羽織り、柄の長い箒をもっていた。どうやら彼は「魔法使い」らしい。
「うん、ネルは魔法使い? 可愛い魔法使いだね」
ネルの姿を一瞥したフィリアンはすぐに笑顔を浮かべると、彼をそう褒めた。確かに、ローブの中は足もとまで隠れる長い夜色のワンピースで、一見女か男かわからない。星をちりばめたとんがり帽子をひょいと被ると、いかにも「見習い魔法使い」と言った風貌だ。彼が「見習い魔法使い」なのは、魔法使い、もしくは魔女の必須アイテムである長い鼻をつけていないからだと、後にネルは熱く語った。
「レナは?」
ネルの後に続けて出てくるだろうと思われたレナードは、しかしでてこなかった。ネルは肩をすくめると、
「恥ずかしいんだって。先に行ってくれって言ってたよ」
そんなわけで、まだ準備に時間がかかるというクレイも置いて、ジュノン、ロニテス、フィリアン、ネルの四人は一足先にパーティ会場へ向かうことにした。
ハロウィンパーティの会場は、本校舎のすぐ後ろにある大きな講堂で行われた。天体をモチーフにした絵が天井いっぱいに描かれ、「魔術」で浮かせているというロウソクがその天井付近で揺らめいている。壁側に設置された燭台の中にも蝋燭は入っていたが、これらはすべて顔をかたどったカボチャでおおわれていて、酷くぼんやりとした光でおおわれていた。
会場の奥には大きく「HAPPY HALLOWEEN」と書かれた看板があり、そのすぐ下がステージのようになっている。ステージは骸骨や蝙蝠などのポップなイラストで飾られており、その中には燭台と同じ顔の描かれたカボチャもあった。大きな会場の中心は、ダンスができるようにだろう、広く空間が開いていて、その周囲を立食用の丸テーブルが雑然と並んでいる。テーブル一つ一つには、例のカボチャに入った蝋燭がそれぞれ一つずつ置いてあった。
「すごいねー」
すでに何人か、仮装した生徒達が談笑する中、ジュノンは思わず声を出した。今まで「パーティ」と言うものに参加したことすらないジュノンにしてみれば、「ハロウィンパーティ」の前に「パーティ」自体が興味深いことだった。そしてそれはロニテスも同様のようで、彼は逆に少し緊張した面持ちで、暗めの会場を見渡している。
「フィン」
フィリアンがそんなロニテスを「大丈夫だよ」となだめていると、ふと背後から声がかかった。聞き覚えのある声にジュノン達も顔をそちらへ向ける。フィリアンを呼びとめたのは、先ほど会ったシオ・ファンロッドだった。
「なあに、フィン、すごい可愛い」
シオは後ろ手で誰かの腕を掴みながらフィリアンのもとまでやってくるなり、そう言って自分より少しだけ高いだけの彼の頭をなでた。そう言う彼女は、白を基調としたフリルの沢山ついたドレスを着ていた。背中にちょろりと見える羽で、ジュノンはぼんやりと天使がモチーフなのか、と思う。そしてその衣装は少しキツい印象を与える彼女に以外にも似合っていた。
「あはは、可愛いって言われてもあんまり嬉しくないよ、シオ。そう言うシオの方が可愛い格好してるけど」
女の子らしくていいね、なんて彼女を褒めながら、フィリアンはひょいと彼女の後ろを覗き見た。ジュノンとロニテスも気になって後ろを覗く。先ほどから誰かの手を掴んでいるのは知っていたが、彼女と同じようなひらひらのスカートの裾が見えただけで、顔までは見えなかったのだ。
「……シャーレ?」
「うわ、シャーレかっわいい―!」
そしてロニテスとジュノンはほぼ同時に声を上げた。
すっかり自分たちと同じ制服を着ているものだと思ったシャーレは、シオと対になるのであろう黒いドレスを着ていて、背中に悪魔の羽をつけていた。赤いカチューシャが印象的で、もともとかなり顔立ちの整っているシャーレがそういう格好をすると、本当に人形のようだった。
シャーレは機嫌が悪そうにジュノンをじろりと睨むと、シオの肩を掴んで無理やり自分の方を向かせた。
「見ろ! ジュノン達は普通に制服着てるじゃないか! 私も今から着替える!」
どうやら、彼女のドレスはシオに無理やり着せられたものらしかった。
「ええー? そう言えばそうだね、なんでジュノン君達は仮装してないわけ?」
フィン? と、シオが睨むような視線でフィリアンを見る。フィリアンはフィリアンで思わぬシャーレの格好に動揺したらしく、困惑の色を見せている。
「えっと、だってほら、パーティの前に彼らを紹介するって、兄さんが言ってたから……」
制服かな、と思ったんだけど。言いながら、フィリアンの視線はさまようように会場内を見た。視線をさまよわせたまま、彼は続けた。
「それに、彼らの部屋に衣装はなかったよ。制服しかなかったから、どの道制服に着替えるしかなかったと思うんだけど。そうでしょ?」
一旦視線をジュノン達に戻し、フィリアンは尋ねた。それに、ジュノンは困惑したようにロニテスを見た。ロニテスはいろいろ漁っていたようだが、ジュノンはほとんど部屋の中を見渡さなかった。ベッドの上に畳んであった制服を着て、それまで来ていた自分の服を畳みなおしてベッドの上に置いただけで、それ以外の動作を何もしていなかったからだ。だから、仮装用の衣装を見つけたとしたらロニテスの方だった。しかし彼は、ジュノンとフィリアンの視線(ついでに恨みがましそうなシャーレの視線)を受けながら、ゆっくりと頭を振った。
「制服しかなかったぜ。あと、普段着られそうなTシャツとジーパンとか、下着とか、寝巻とか。指定用のジャージとか?」
クローゼットに入っていたものを順にあげながら、ロニテスは仮装になりそうなものはないだろ、とフィリアンに確認を取った。
「シャーレの部屋には衣装があったの?」
「いや、そもそも私の部屋は」
ジュノンが問うと、彼女は苦々しげにシオを見て、
「シオと同室だ」
答えた。シオが嬉しそうな笑みを浮かべる。
「今年入った女子は奇数でね? もともと私、二人部屋を一人で使ってたのよ。だから、シャーレを入れてくれないかって、理事長が」
もちろん、シャーレみたいな可愛い子は大歓迎だけど、と、シオは楽しげだ。
「私、もともと悪魔の衣装か天使の衣装か迷ってたのよね。そしたらシャーレが来て、あんまり綺麗だったから、片方の衣装を着てもらったの。……すごく嫌がってたけどね」
「“着てもらったの”じゃなく“無理やり着せた”だろう、まったく」
くすくす笑うシオに、ため息をついてシャーレは言った。その様子を思わず思い浮かべそうになって、ジュノンは苦笑する。シャーレが無理やり着替えさせられるところなど、想像もできなかった。
「とにかく、今から着替えるのは無理かも。その服結構着替えに時間かかるのよ。さっきだって三十分近くかけたじゃない。もうパーティ始まるわよ」
その言葉に、フィリアンがふと顔を上げた。シャーレはそれでしぶしぶ納得したようで、恨めしそうにジュノン達を見ている。ジュノンもロニテスも「今すぐ着替えてこい」と言いたげな彼女の視線を何とか受け流しながら、黙ってしまったフィリアンを見上げた。
「どうかした?」
「え? あ、いや、レナたちが遅いな、と思って」
シオ達と談笑している間も、生徒は続々会場に集まっていた。このパーティは強制参加じゃないらしいが、毎年ほぼ全校生徒が参加するという。様々な衣装をまとった生徒達が楽しげにやってくる中、確かにレナードもクレイもまだ姿を見せていなかった。
(クレイのあの姿はすごく目立ちそうなんだけど)
確かに見てないなあ、なんて思いながら、ジュノンがもう一度会場を見ようと首を回した時だった。
「トリックオアトリート!!」
軽やかなミュージックと共に、いったいどうやったのか、天井に浮いていた蝋燭が全てパッと消え、急に会場が暗くなった。会場内に響き渡った声が紡いだ言葉に、ジュノンは一瞬わけがわからなくなり、しかしパッと光ったステージを見、その上に立つピエロのような奇妙な格好をした、マスクをした男を見、パーティが始まったことを悟った。
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