12. and he falls asleep 4

 何人目かになる村人を殴り倒したとき、白い靄はさっと晴れていった。なぜ戦っていたのか、何のために戦っていたのかもうほとんどわからなくなっていたロニテスは、靄が自分を通り過ぎていった瞬間、この場にいる理由を思い出した。
「おわった、のか……?」
 そしてそれは、おそらくシューの死を意味していた。
 村に入ってすぐ、ロニテスは十数人の村人に取り囲まれ、攻撃を受けた。倒しても倒しても現れる村人に、すぐに村中の人間がロニテスを襲いに来ているのだと悟った。そこから先、ロニテスは攻撃の仕方を対複数戦に切り替え、件のメディアスはジュノンやシャーレに任せることに決めた。一人でも多くの村人がロニテスのもとに集まるように、できるだけジュノン達が楽に進めるようにと、それだけを祈って。
 その甲斐あってか、靄が晴れたロニテスの周りには、大量の村人が倒れ伏していた。彼らは一様に気絶していて、その直前まで動いていた人は、全員糸が切れたように眠っていた。
(……シュー)
 ぐるりと見渡して、彼は安らかに眠れただろうかと考える。力を使いきったのだ、彼が望んだとおり、誰かの、何かの役に立って。
(幸せに、)
 幸せに眠れていたらいいと思う。ロニテスはゆっくりと歩き出した。
 先ほどまでは強大な幻覚作用が覆っていたため、よく見る余裕もなかった村の様子が、今でははっきりと見て取れる。質素な造りの建物が立ち並び、鉱山で生計を立てているせいか薄汚れた雰囲気があったが、なかなか大きな村だ。
 宿屋や雑貨屋などの看板をなんとなく眺めながら入口に戻っていると、ふと、奇妙な気配を感じた。
 ロニテスとて、ジュノンほどではないが、メディアスゆえに気配には敏感だ。感じた奇妙な気配は、巧妙に隠されているが禍々しく、小さく見せているが巨大な力だと分かった。アンバランスさに悪寒が走る。
(何だ……? この気配、尋常じゃねえ……もしかして幻覚の元凶のメディアスか?)
 気になるが、今はそちらへ足を向けるべきではない。シャーレがいるならともかく、一人で向かい敵対した場合、生き残れる確率はかなり低そうだった。
(シューのことも気になるし……)
 また、気配とは別にゆっくりと血のにおいが充満し始めているのもロニテスは気づいていた。村とはいえ、町と称していいほど大きな村だ。ロニテスが嗅げるということは、近くで血を流す事態が起きたということ。そして方向だけ見れば、それは奇妙な気配と同じ方向だった。
(簡単に考えれば)
 ロニテスはゆっくりになった足をとうとうとめて、動き続ける気配を追うように振り向く。
(この奇妙な気配を持つやつが、誰かを攻撃したってことだよな)
 それから幻覚帯から抜け出たばかりのぼんやりとした頭で考える。よくよく考えずとも、この村で攻撃対象となるのは、村人とロニテス達だ。
 そして、村人の半数以上は確実にロニテスだけを襲い、今現在、眠りこけている。
(……あ、れ?)
 そこでようやく、ロニテスは事の重大さに気がついた。近くで血のにおいがしている、けれど村人はロニテスが気絶させ、幻覚が切れた反動で眠りについている。それはつまり、においの元がジュノンかシャーレか、もしくは限界解除を起こしたメディアスの誰か、ということになる。
(これってやばい……んじゃないのか!?)
 次第にクリアになっていく頭で結論をはじき出すと、ロニテスは止めていた足を方向転換させ、それから走りだした。
 奇妙な気配が件のメディアスなのだとしたら、確実にジュノンかシャーレ、どちらかが怪我をしていることになる。ロニテスはジュノンほど気配探知に優れていないから、気配だけで二人の生存を確認することはできない。できたとしても、こんな状況では、会って確認しなければ安心できなかった。
 一際大きな家の角を曲がると、少し開けた広場が見えた。そこに対峙する影を見つける。緊張で鼓動がいやに大きく聞こえていた。
「ジュノン!!! シャーレ!!!」
 無事でいてほしいという願いを込めて叫ぶと、影の一つがこちらを向いた。雰囲気からなんとなくシャーレだと悟って、彼女の無事に安堵する。しかし次の瞬間見えたものに、ロニテスは愕然とする。

「ジュノンっ!?」

 無事だと思ったジュノンは、わき腹から大量の血を流し、だらりと力なく体をシャーレに預けていた。顔は蒼白で、まるで生気を感じない。よくよく見るとわき腹はえぐられたような傷があり、首筋にもうっすらと血がにじんでいた。
「ロニテス……安心しろ、こいつは死んでない」
 シャーレはロニテスを見とめると、疲れ切った声色でそう告げる。気絶しているだけだ、と。
「シャーレ……あ、あんたは無事なのか?」
「ああ。お前も元気そうで何より、だ」
 それからシャーレはぶっきらぼうに言うと、視線をロニテスから外した。対峙していたのはジュノンよりも年の低そうな少女で、ロニテスはそのことに一瞬うろたえた。
 というのも、感じていた奇妙な気配が少女からは感じなかったからだ。否、禍々しい気配は確かに感じるのだが、それは先程ロニテスが感じていたものではないように思えた。
「この子は……」
「近づくなよ。下手に近づいてお前も重傷を負いたいなら止めないが」
 問うと、シャーレは答える代りにそう言った。少女はじっと二人を見つめていたが、その実、何も見ていないようでもあった。引き込まれそうなほど深い瞳から、ロニテスは意識して視線をそらす。
「あーっ! やっぱり先にいるぅ」
 直後、感じたことのある奇妙な気配とともに甘ったるい声が響いた。間延びした口調にシャーレが一瞬眉をひくつかせ、目の前の少女は自然な動作で上を見上げた。
 つられてロニテスも視線を上げて、そして、それまで感じていた気配は彼女のものだったのかと悟る。
 派手な動作で飛び降りてきたのは、目の前の少女と瓜二つの少女だった。
 彼女たちは互いに奇妙な民族衣装を着ていて(それがどこのものかロニテスにはわからなかった)、顔を半分だけ覆った仮面をつけていた。それは烏を象っており、見るからに以前自分を襲った狼面の少年の仲間だとわかる。彼女たちの違いといえば、その仮面が右半分か左半分かということ、髪色が緑がかった黒なのか、青がかった黒なのかということ、瞳の色が同じく緑か青かということくらいで、造形やふと見せる表情、所作に至るまで完全に同一だった。
「遅いよぉ、蘭。きつねえが帰っちゃうところだったじゃなぁい」
「そうなの? 危なかったぁ。でも、ちゃんとルノーテ・ルミノスタは殺したよぉ」
 二人は同じ声、同じ口調でそんなやり取りをすると、じっとシャーレを見つめた。それで、二人の言うところの「きつねえ」がシャーレのことだと理解する。
(シャーレの知り合い……なのか? でも、こいつらは明らかにダキリアを襲ったあいつの仲間で……)
 ロニテスもまた、シャーレを見つめざるを得なかった。
 当の本人は三対の視線など気にした風もなく、あくまで無表情のまま少女二人を睨んでいる。近くにいるからこそわかる、静かだが強烈な気配は、彼女が珍しく激怒していることをいやがおうにも理解させた。
「……そこをどけ」
 低い声でシャーレが告げる。その声に少女たちはピクリと体を震わせたが、それが快感であるかのようにかわいらしい笑みを浮かべると、同時にこたえる。
「「いやだよぉ」」
 それから彼女たちはそれぞれ同じ刃物を構えた。小刀のようなそれはロニテスにも見おぼえがあり、確かクナイと呼ばれるものだったとぼんやりと思う。少女たちから漏れ出るぴりりとした殺気が、何処かロニテスと彼女たちとを隔てていた。少女たちが見ているのはあくまでシャーレ一人であって、彼女のそばにいる自分やジュノンなどは、視界にすら入っていないのだ。
「ね、遊ぼぉ」
「あそぼぉ」
「きつねえも遊びたいんでしょぉ?」
「でしょぉ?」
「なら我慢しないで」
「あそぼおよぉ」
 少女たちは交互に口を開きながら、その度に殺気を膨らませていく。そしてそれはどんどんロニテスを遠ざけていった。対抗するように膨らんでいくシャーレの殺気が、より一層拍車をかける。シャーレはちらりと抱えたジュノンを見て、それから今気づいたような表情でロニテスを見て、そっとジュノンを押しつけた。
「……先に行って治療してやってくれ。シューのことも気になるが、こいつらは私を通してくれなさそうだからな」
 シャーレの言葉にロニテスは戸惑いながらも頷きかけて、ふと、彼女の漆黒の瞳を覗く。
「……シャーレは、一人で大丈夫なのか?」
「……私を誰だと思っている?」
 シャーレだけども、答えながら、ロニテスは彼女の瞳が揺れたのを見た。確かにシャーレは強いし、今までの戦闘で本気を出しきっていないのだろうことはうかがえたが、だからと言って尋常じゃない技量をもつであろうメディアスが二人もいるのだ。相手をするには少々不安があるに違いない。
「……ジュノンをライフに預けたら、すぐに戻ってくる。死ぬなよ」
 自分がシャーレにとってどれほどの力になれるか分らなかったが、ロニテスはそう言った。瞬間、シャーレは戸惑ったように呆けた顔をして、それから少しだけはにかむと、
「わかった……待っている」
 そう、呟くように言った。


 ロニテスは手負いのジュノンになるべく振動を与えぬよう、慎重に、かつ早急にライフガントルの元へ向かわねばならなかった。いくらジュノンが自分より六つ近く年下で、彼が年齢の割に子ども体系であることを考慮しても、人一人(それも、いくら女顔でも男だ)を背負って進むというのは大変な作業だ。以前ダキリアで同じようなことがあったが、その時はジュノンは重傷を負ってはおらず、気絶しているだけだったため、もっと気軽に運べた。
(ああくそ、入口が遠い)
 シューのことも気になるし、シャーレのことも気になる。先程の少女(そう、確か蘭と呼ばれていた)の一人が言っていた、「ルノーテ・ルミノスタは殺した」という言葉も気になっていた。先程は動揺と殺気に充てられて茫然と聞き過ごしてしまったが、ルノーテ・ルミノスタとはいったい誰なのか。少女がやってきた方角的に言うと、入口付近にいた人物に間違いはないだろう。けれどロニテスはルノーテなる人物を知らないし、狼面の少年の仲間らしい少女が殺すほどの重要人物に覚えもなかった。
(けど……なんだ? 胸騒ぎがする)
 それはいったい何に対してなのか、ロニテスにもわからない。ただジュノンを背負う手に力を入れて、前を向くしかできない。
(とにかくライフガントルに見てもらって、それからできればあのアンナとかいう女の子に手当てしてもらって……)
 作戦開始の前に、アンナがシューに対して行った治療を思い浮かべて、強く願う。治癒系統の術を使えるということは、彼女が天界力のメディアスであることを指している。ロニテスは同じく天界力を持つが、簡単な治癒術程度しか習得していない。治癒術師としての腕前は彼女やライフガントルのほうが上だった。
 慎重に走り続けて、ようやく入口が見えてきた。シャーレと別れた場所からそんなに離れた位置にあるわけではないはずなのに、ずいぶん時間をかけて来たような気がする。入口の前で佇む黒い影を発見して、それがライフガントルだと視認した直後、ロニテスは気づいたら大声で彼を呼んでいた。
「ライフー!! ライフ!!」
 叫ぶように呼ぶと、背中のジュノンが苦しそうに身じろぎした。彼の傷は簡単に裂いた服で縛るくらいしかできなかったので、いまだにどくどくと血が滲んでいる。本来ならば、こういったことに長けたシャーレが応急処置を施すべきだったのだが、敵前で、しかもその敵の目的がシャーレであったため、できなかったのである。ロニテスがシャーレが応急処置を施す間敵の相手ができたらよかったのだが、そうするには力の差がありすぎた。
 ともかくも、一刻も早くジュノンをライフに預けなければと焦っていたロニテスは、ライフガントルの背後で横たわるシューに気づかなかった。こう言っては何だが、シューはどう転んでも死にゆく運命にある人間、生きる可能性が高いジュノンに意識がとらわれるのは仕方がないことだった。
「ロニー……」
 ライフガントルもまたロニテスに気づき、力なく名前を呼んだ。彼の様子から、ロニテスはシューが逝ってしまったのだと悟る。やっぱり間に合わなかったか、とは口の中だけで呟いて、背中のジュノンを見せた。
「ジュノンをすぐにみてやってくれ、重傷なんだ。何があったか知らねえけど、なんかヤバい敵が乱入してきて、シャーレはそっちの相手をしてる。俺も直ぐに向かわないと」
 言うと、ライフガントルの顔は見る間に蒼白になっていった。彼がジュノン、と声にならない悲鳴で呼んだのをロニテスは聞いた。瞬間、ライフガントルにとって、シューは特別な存在だっただろうが、ジュノンもまた、特別な存在なのだと悟る。シューを失った今、ジュノンまでをも失うわけにはいかない。
「ジュノン、ジュノン! くそ、ひでぇ! 抉られてる……これ、は」
 ライフガントルはロニテスから慎重にジュノンを受け取ると、その場で応急処置を始めた。本来なら、ロニテスが行ったお情け程度の止血ではとうに死んでいたか、かなり危ない状態になっていただろう傷だ。むしろ入口にたどり着くまでの間、状態が悪くならなかったことのほうが不思議だった。
 慎重に止血代わりに巻かれた布をはがし、傷を見て、ライフガントルは顔をしかめた。小声で「クナイ、か」とつぶやかれた言葉にロニテスは彼を見た。
「まさかあいつが……」
 そして、今度は怒りで真っ赤に染めあがるライフガントルの顔を見た。彼はこんなに感情を表に出す人物だっただろうか。一瞬そんな思考がよぎって、ロニテスは再びジュノンの傷を見る。とりあえずの応急処置が施されないと、安心してシャーレの元へ向かえそうになかったのだ。
「ライフ……ジュノンは助かる、よな……?」
「安心しろ、こいつはそう簡単にゃ死なねえよ」
 ロニテスが震える声で問うと、ライフガントルはしっかりした手つきで治療を施しながら、そう断言した。ロニテスは自分でも驚くくらいジュノンが心配で、また恐ろしくて、目の前で死にそうな命にい怖くて怖くて仕方がないというのに、ライフガントルはそんな様子を微塵も見せない。初めこそ真っ青になってジュノンを診ていたというのに、傷跡を見るやいなやしっかりした手つきで治療をはじめ、もう持ち直している。
 経験の差と言われればそれまでかもしれないが、ロニテスとて何人もの死を間近で見てきている。人が死にゆく瞬間に立ち会うのは、その人間が親しければ親しいほど恐ろしい。その感覚は何年たっても変わらないのだと思っていた。けれどもしロニテスとライフガントルの違いが経験の差だというのなら、死への恐怖は年が麻痺させてしまうということになる。それは、シューの死を目前にしたライフガントルの様子と違って思えた。彼がこんなにも落ち着いて対応できているのは、何かほかの理由があるのだ。
(そういえば)
 真剣な目でライフガントルの手つきを眺めながら、ロニテスは思う。
(以前、ライフが言っていた……)
 そう、その言葉は確か、レイニータウンで聞いたのだ。シャーレが仲間に加わるその場面で、彼は確かに、その言葉を吐いた。

(……英雄派は死ねない)

 その言葉の意味は今なお理解できなかったが、もしライフガントルの今の態度がこの言葉からきているのだとしたら、まさしく言葉の通りなのかもしれない。
(死ねない……死なない、ということだよな?)
 つまりは不老不死のようなものなのか。それはロニテスにはわからない。けれど、それを信じて持ち直したライフガントルは、どこかが、何かが違っている気がした。
(そう、なんだか、確かに初めはすごく心配してて、こいつにとってジュノンの大きさを感じたんだけど)
 考えれば考えるほど深みにはまっていくのはロニテスの悪い癖だ。考えすぎというのはどの場面においてもあまりよいとはいえない。そして今現在、ロニテスはずぶずぶと思考の底なし沼に足を取られていた。
(今は、そう、怪我を負って、それが重傷だと知って、けどジュノンが生き延びているのを見て……むしろ、喜んでいるよう、な)
 けれど事実、ライフガントル自身は無意識なのだろうが、彼の口角はひっそりと上がっているのだ。慈愛に満ちてすらいる微笑みにも似たそれを、無意識で行っているのがなお悪い。つまり、彼が彼自身の変化に気づいていない、もしくは目をそらしているということで。
(それは……それは、違うぞ、ライフ)
 丁度、大体の処置が終わった時だった。ロニテスはそっと彼らから目をそらし、他には目もくれずに背を向けて歩き出した。
 ライフガントルに対する得体のしれない感情をごまかすように、ただひたすらシャーレのことだけを思って。

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