STORY
![]() index > story > ああ、なんてことだろう! 次に目が覚めた時、すでに少年の姿はなかった。ただふっくらと膨らんだ懐の中を探ってみると、それまで探し求めていた薬草が忍び込んでいた。薬草が自分の方から入ってくるとは思えないし、かといってあの少年がどんな薬草かもわからぬものを探りあて、採ってきたとも思えなかった。 「……帰ろう」 けれど特にそれ以上の興味は抱かなかった。ずきりと、魔物に撃たれた腹部が痛む。すべてがどうでもよくなっていた。 少年が無事に町まで戻れたかどうかなんて知らない。そこまでの義務は感じていなかった。 というのも、彼が勝手に私についてきただけなのであって、私が「怖いからついてきてくれ」と頼んだわけではないからだ。 ――そしたら、僕が君を守ってあげる 不意に先ほどの彼の言葉を思い出す。口先だけの約束だと思ったあの言葉は、どうやら真実だったらしい。 痛みの残る腹部を抱えて立ち上がりながら、生きていることを実感しながら。ただ最後思う。 (彼が、約束を守ってくれてよかった) もしあの言葉が本当に口先だけの約束だったならば、きっと私は生きていないだろうし、奇跡的に生きていたとしても、それは死んだも同然だった。 多分、暗闇から戻ってくれなくなったと思うから。 はっとして目が覚める。一瞬自分がどこにいるのかわからなくて、ケージは慎重にあたりを見渡した。 自分の部屋だった。否、その言い方はおかしい。いつもと変わらぬ、ルーナが己に与えた無駄に豪華な地下の部屋だ。ただいつもと違うのは、正面にルーナが座っていること。 「ルーナ……様?」 彼は静かな寝息をたてて眠っていた。なぜ自分の部屋に、とか、なぜ床に座って寝ているのか、とか、いろいろ言いたいことはあったが、それでも起こすのはよした方がいいと瞬時に悟る。 (夢を……見ていたみたいだ) でも何の夢だったのか、もう思い出せない。 ひどく懐かしい気がした、と、ぼんやり思う。ただの夢でしかないのに、それは遠い記憶のような……。 (いや、もしかしたらそうなのかもしれないな) ただ、自分は過去を振り返ることを止めてしまった。 国に売られてからと言うものの、ケージは「家族」はいないものだと思ってきた。そして、「町」で暮らしていたころの自分すら、いないものだと思ってきたのだ。自然と、その当時の記憶は薄れていった。彼女は知っていたのだ。そうでもしないと、状況の悪さに耐えかねて、どんなにひどいところだろうが自分の本当の「家」に帰りたくなってしまうのだということを。……そして、「帰りたい」と言うその思いを持つだけで、自分の命は簡単に吹き消されてしまうということを。 でも、と、ケージは思う。 (もし本当に昔の記憶を思い出していたとして、なぜ今その必要がある? 今も昔も、状況は何一つ変わらないのに) 心中で小さく舌打ちをして、鬱陶しい前髪をゆっくりと書きあげた。抱え込んでいた剣を手に取り立ち上がり、部屋を出ようとして思いとどまる。自分の主は、起きる気配を微塵も見せていなかった。 「……しょうがないか」 こんな所で寝ていては風邪をひいてしまうから。 だから、自分が軽々と彼を持ち上げたとして、それはしょうがないだろう。と、無理やり納得する。それはつまり、彼とて男なのだから、いくら隊長格とはいえ、自分のような人間に持ち上げられてベッドまで運ばれるのは嫌だろう、との考えからなのだが。 すやすやと眠るルーナをゆっくりと抱え上げて、振動を与えないように自身のベッドに横たえる。薄い毛布を同じようにしてかければ、まるで幼子を相手にした母とはこのような気持ちなんじゃないか、と思えてくる。 (どこかやさしくて) 静かに愛しい、奇妙な気持ち。 顔にかかった前髪を指ではらってやると、ルーナの表情が静かに緩んだ。ゆっくりと口が動き出し、ほとんど反射的に、ケージは耳を近づけた。 「僕が……君を……守ってあげるからね……」 一瞬思考が停止して、目の前が真っ白になった気がした。 小さく身じろぎしたルーナに慌てて、口元から耳を離した。心臓がバクバクなっている。 (思い……出した……) なぜ、懐かしい気がしたのか。 なぜ、感じたことがある気がしたのか。 なぜ、寂しかった気がしたのか。 なぜ、嬉しかった気がしたのか。 (私は……彼と、ルーナ様と、二度お会いしている……) 一度目は、薬草を取りに入った森の近くで。 そして二度目は…… (ああ、なんてことだろう!) 声に出して泣きだしたい気分になって、ケージは強く目を閉じた。 |
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