STORY
![]() index > story > 彼が強く、強く私を見つめている 思い出しかけてきた記憶の中に、確かにルーナの存在を感じた。強く、強く思い出す。 暗闇だらけの記憶の中で、唯一まばゆく輝いている記憶。そしてその中に、彼は、いた。 少年と再会したのは、薬草の森で会ったその翌日だった。何とも早い再会で、それでも彼は私の姿を見ると一目散に駆け寄ってきて、満面の笑みを浮かべて「よかった」と言った。一方の私は、変わらぬ無表情で彼の無事を確認し、それで「じゃあさようなら」のつもりだったのだと思う。 確かその時も仕事中だった、と思う。複数の店の奴隷であった私は、休む暇などほとんどなく働かなければならなかった。それもこれも病気の母のためであって、稼いだ金を酒乱の父が酒に変えてしまうからであった。 ともかく、私は小さな食堂の裏で、残飯の処理をしていた。あんまり忙しかったものだから、私は町の異変に気付かなかった。その時はじめてそとらしい外に出たのもあって、そこでようやく、通りの方が騒がしいことに気がついた。 いつもは人の少ない閑散とした通りであるのに、誰かの呼び声があちこちでしている。誰を読んでいるのだろうと聞き耳を立ててみても、聞こえてきた名前は聞き覚えのないものばかり。ついでに、聞こえてきた声すら聞いた覚えのないものだった。 とにかく仕事を終えなければ、そう思って再び残飯の入ったざるに手をかけた時だった。 「あのっ」 小さな声が聞こえた。内緒話をするくらいの音量。それでも私の耳には、よく通った声で元気に声かけられたように聞こえた。たぶん、彼の声色が、他の大人や子供たちと全く違ったものだったから。 振り返るとそこに、彼はいた。昨日より随分高価な服を身にまとい、整えられた髪がつやつやと天使の輪を描いていた。あんまりに場違いな人物の登場に、私は一瞬、それが誰なのか、なぜ私なんかに声をかけたのか、全くわからなかった。頭に複数のクエスチョンマークを浮かべ、やがて昨日会った少年と顔形が一致することに気がついて、ようやく小さく声を出す。 「……無事だったんだね」 言うと、彼は少しだけ嬉しそうにして、それから小さくうなずいた。 「君も、無事だったんだね。よかった」 消え入りそうな声で呟かれた言葉は、どこか違和感があった。しかし仕事中の身である私は、特に気にすることもなく再び彼に背を向けた。伸ばしかけていた手を再びざるに伸ばし、作業を再開する。 「……」 彼はそんな私の様子をじっと見ていた。私は彼のことを気にも留めなかったから、どうしてそんなことをしているのかもわからなかった。けれど、彼が強く、強く私を見つめているのだけは感じていた。 「お仕事、いっぱいあるの?」 いつまでたっても休むことない私を見かねて、彼は恐る恐る声をだした。問われた内容に密かに顔をしかめながら、頷きを持って肯定する。 「そっか……じゃあ、遊べないんだね」 しかし、出てきた言葉に一瞬思考が止まり、同時に動きも止まってしまう。 遊ぶ? 何を言っているんだこいつは。 「最後に……君と遊びたかったな」 続けられた言葉で、彼がこれから知らない国に一人で向かうのだということを思い出した。 「……君は、これから知らない国に行くんじゃないの」 だから、思いついた言葉をそのままぶっきらぼうに彼に言う。表情までみなかったのでわからないが、彼が大きな目をさらに広げた気配を私は感じていた。 「そうだけど……でも、本当は行きたくないんだ」 そりゃそうだ、見知らぬ土地に一人置き去りにされるなんて、誰だっていやに決まってる。 瞬時に出た言葉を理性で抑え込み、そこでようやく私は振り返った。 改めて見た少年は、萎れた花のような雰囲気でうつむいており表情はわからなかったが、それでもその大きな瞳に沢山の涙を溜めているのだろうとは理解できた。 その姿を見て、少し情がうつったのかもしれないし、それともただ単純にさっさとどこかへ行ってほしかっただけなのかもしれない。もしくは、そう言うことで暗闇から脱せられるとでも思ったのか。今となってはわからないし、当時の自分でもわからなかったのだが、それでも私はそう言った。 うつむいたままの彼を覗き込むようにして見上げ、相変わらずの無表情のまま、相変わらずの低めの声で。 「じゃあ、遊ぶ?」 |
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