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私達の中で番号とは絶対のもの。

 ケージはルーナと名乗った男の瞳から目を離さずに、ゆっくりと頷いた。ルーナは満足そうに頷くと髪を触るのをやめ、触るためにかがんだ腰を上げた。
「出来ればD部隊の総力を挙げて付き合って欲しかったんだけど、生憎私は女性を戦場に送る趣味はないんでね。残念だけれど、他の部隊に頼むことにするよ」
ルーナは微笑を作りながらケージの瞳を見据えた。

濁ったケージの瞳と、憎しみで渦巻くルーナの瞳が重なり合う。

「私は…」
一瞬の沈黙を気にしなかったように声を上げたのは、ケージだった。
続ける。
「私は、当に穢れた人間です。…この手で無抵抗の病人を何百人と殺したこともあります。この手でそれまで共に励ましあってきた友を殺したこともあります。…この手で、無実の罪の住民を何十人と殺したこともあります」
ルーナはケージの言葉を一つも漏らすまいと、静かに耳をそば立てている。神経を集中して、ケージの言わんとしていることを読み取ろうと。
「だから…」
再び訪れる一瞬の沈黙。アイ・コンタクト。
ケージは口を開いた。
「私は当に穢れてしまっているのです、ルーナ様」
ルーナがひどく哀れめいた目で自分を見たのを、ケージは胸の内で悟った。
(哀れみ…同情。そんなものを向けるのならば、早く“奴隷制度”、“国への人身売買”をやめればよいものを)
胸がひどく熱く、熱く燃えているのをケージは知った。そしていつの間にか内なる自分が、それまで安心した心地よさまで感じていたルーナを軽蔑の眼差しで見つめていることに気づく。
首を振った。
(けれどこの人はさっき私を助けた。普通なら助けないであろう、“愚民”の私を)
それが自分を油断させる罠かもしれないと思いつつも、一体何のために自分を罠にかけるんだとケージは心の中で鼻で笑った。
「…では、貴方はこのまま任務に尽きたいと?」
ルーナは長い間何かを考えていたようだが、やがてケージのほうに目を向けると静かに問うた。
頷く。
「失敗すると確実に処刑になるようなことでも?」
「失敗すると処刑というのは、どの任務でも同じです。私達奴隷は常に死と隣り合わせの生活をしていますので」
ルーナがその言葉で自分を諦めさせようとしているのが分かった。だから、なおのこと力強く言い返す。
…自分よりうえの人間に発言をするのが、実は初めてなのだとケージは今更ながらに気がついた。
「…分かりました」
しばらく沈黙を守ってから、ルーナは静かに声を出した。諦めたようにケージを見つめ、そしてふと何かを思い出したように。
「ところで、貴方の事はなんと呼べば良いでしょう?番号で呼ばれるのは、色々と嫌でしょう」
ケージが僅かに目を見開いたのを、ルーナは確認できただろうか。
ケージの反応がないのをルーナは不思議そうに見つめる。しばらくしてケージが口を開くまで、その沈黙の凝視はとまらなかった。
「…貴方は」
不意に声に出すケージを、ルーナはやはり不思議そうに見つめたままだ。
続ける。
「貴方は、売られた子供達が名前を捨てなければならないのをご存じないのですか」
ケージの珍しく驚いたような声。同時に、ルーナも微かに目を開く。
「名前を…捨てる?」
「はい。それ故、私達は番号で呼ばれます。私達の中で番号とは絶対のもの。数が少なければ少ないほど、“愚民”の中での地位は上がってゆきます」
いまだ驚きを隠せないまま、ケージはぼんやりとした面持ちで説明をした。
この国で、この国の上のほうに当たる人間で、この事実を知らない人がいたとは!
ケージの中で次第に、ルーナという人物が安心できる人間から警戒しなければならない人間へと変わりつつあった。
「…そうでしたか。私は幼少時からすぐに第四地域国へ留学をさせられていたので、この国の惨状を風の噂でしか聞けなかったのです。……そうですか、兄はそんなことを」
ルーナは再び考えるように目を泳がせた。そしてゆっくりとケージの目を見つめ直すと、口を開く。
「けれどやはり、私は番号で呼ぶことに抵抗があります。貴方達だって人間だ。その人間を、まるで商品のように番号だなんて!」
その言葉はひどく熱い志がこもったものに聞こえたが、ケージにはだがそれすらも嘘のように見えて仕方がなかった。
「何か、本当に名前はないのですか?」
ケージの肩を掴まんばかりの勢いでルーナは問う。ケージは一瞬たじろいだが、ルーナが上の人間だということを瞬間的に思い出し、やがて静かに呟いた。
「…ケージ」
「え?」
「ケージという名を、私は自分に付けました」
ゆっくりと、はっきりとした声でケージは言う。ルーナの満足そうな顔が気に食わなくて、ぶん殴りたい衝動に駆られるのを必死で抑えた。
「ケージ…分かりました。ケージ、任務は貴方に任せます。必要とあらば、部隊全体を動かしてください」
ルーナは静かにそういって、最後に一言付け足した。

「そして出来るのならば、貴方の全てを私に捧げて欲しいものですね」

凍えるような、冷たい声で。