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嘘をつくのにはなれてしまった。

見慣れた顔。
聞き慣れた声。


ああ、ああ、懐かしさが体を埋め尽くしていく。
不意にでかかった言葉を飲み込むのに、一体何秒かかっただろうか。


其の人は、美しい其の女は自らの母親であったのに。



母さん、と呼ぼうとして、ケージははっとした。
ここで自分と女の関係がバレたら、「家族との接触」という一番の大罪により自らの命まで失うことになる。
何のためにこれまで生き延びて来たんだ、ケージはそう思った。
女はなおもケージの………「本当の名前」を呼び続けている。それはケージ自身がとうの昔に捨てた名だった。
女を押さえつけていた従者がケージを不思議そうに見つめ、女と見比べた。
「部隊長、知り合いですか?」
「いや、他人だ。……置いて来た娘でも思い出したのだろう」
ケージは従者の目を真っ直ぐ見つめながら答える。従者の目はケージの真意を探ろうと、深く、深くケージを見つめ続けていたが、やがて「ケージ」の底の無い闇に気づくとそれも消えた。

(嘘を吐くのにはなれてしまった)

醜いものを美しいと言う。
不味いものを美味しいと言う。
不快なことを楽しげにやる。
大嫌いなのに愛しいと言う。
つまらないのにおかしげに笑う。
寂しいのに孤独でいる。

(―――嘘を吐くのには、なれてしまったんだ)

それは他人にも、もちろん自分にも。

 従者がとうとう泣き始めた女の首を押さえつけた。ケージに早く殺すよう促す。
心なしケージの体は震えていた。
けれど、剣を抜く。
「会いたかったのよ……貴方をもう一度、一目で良いからみたかったのよ……」
女は震える声で、澄んだ瞳でケージを見据える。
ケージは屈んだ。
「ずっとずっと……どんなときでも貴方のことを忘れたりしなかった……」
女はもはやケージなど見てはいなかった。其の向こうの虚空を見つめながら、手を伸ばす。
ケージがそっと女を抱きかかえたのさえ、女は恐らく気づいていないだろう。
女は一瞬黙り込んだ。そしてむせび泣く。
ケージは利き腕に力を込めた。差し込む。


「ありがとう、そしてさよなら」


他の死体とは違う。首のついた美しい女は、胸に剣を刺したままゆっくりとケージにもたれかかった。
そっと剣を引き抜く。血が勢いよく吹き出したが、特に気にもせず。

……躊躇いすらなかったことに、寒気がした。


「こいつは首、とらないんですか?」
従者の一人が、ケージから女を受け取りながら言った。それはケージにとってあまりにも屈辱的な言葉ではあったが、表面上、自分と女には何の関係もなかったことを……淡々と振り返って首を振った。
「もちろんとる。……帝王様が首を欲しがっていたからな。誰かとっておけ」
従者達は一斉に頷く。ケージには先ほど一瞬だけと待った時間が吹き返したように感じた。
心地悪い。
だが止めることは出来ないのだ。
止めることは出来ないのだ。

次の病人がまた、目の前に現れる。

 はっとして目を開けると、そこは見たこともない様な豪華な部屋だった。
天井にすら装飾が施され、輝いて見えるそれはケージには眩しすぎた。
ゆっくりとした動作で起き上がると、目眩がしてふらつく。首にあるチョーカーが心なし苦しかった。
「気づきましたか」
隣から声が聞こえて、思わず体が硬直する。慌てて横を向くと、そこには見たことのない美声年が座っていた。
「今回貴方を呼び出したのは私です」
それが誰なのかケージは分からなかったが、相手はケージのことを知っているようだった。
「城の中を見学していたら、丁度貴方が倒れているのを見つけて。とりあえず運んでみたら……D部隊隊長とは、女だったんですね」
男はすまなさそうにケージを見つめた。何か変なのかと思い、自分も男の視線をたどる。
ケージの上着は脱がされていて、シャツのボタンが開いていた。
恐らくケージの容姿が原因だったのだろう。なにせ、彼女は男とも女ともつかない姿をしているから。
ただ純粋に「美しい人間」。それがケージであり、それ以上でもそれ以下でもない。
ケージはだが、自分の体を見られたことに不快感は感じなかった。戦場で服が破れることなど多くあったことだし、帝王の癇癪に触れると良く服を破られたものだ。
それを考えると、この男は何と丁寧に、且つ控えめにみたものだと、逆に感心すらしてしまった。
それに、「倒れていた愚民」を自室にまで運ぶ様な人間はこの城には……少なくとも、ケージが知っている人間たちの中にはいない。
其のことはケージを十分に安心させたのだった。
とりあえず、一応自分も女なのでシャツのボタンを閉め、近くにおいてあった上着を着る。
「D部隊長を呼んだ」ということは、つまり自分の上に値する人物である。
そんな人間の前ではしたない格好(とはいえ相手がしたのだが)、寝込んだままなどとは死刑ものだった。
すぐさま立ち上がり、敬礼をする。
「申し訳ありませんでした。そして、わざわざこの愚民めを保護してくださりありがとうございます。……私が、D部隊隊長DS-00です。任務期間中、よろしくお願い致します」
とりあえず、自分が任務のために城へ入ったのだということを忘れておらず良かったとケージは思う。
記憶を遡るあまり、どうも意識が曖昧になったようだったから。
「堅苦しくしなくていいですよ。……私は、先日第四地域国より留学期間を終え帰国した、現帝王の弟…ルーナと申します。今回は、国の世直しに付き合ってもらうために、闇工作専門と言われる最強部隊、D部隊隊長を呼んだつもりだったのですが…」
男はどこか言いにくそうにケージを見た。けれどケージは頭を下げていて、気配でこそ男が自分を見ていることに気づくが、どんな風に彼が見ているのかは気づかなかった。
ただあの帝王の弟が、良くここまで立派に成長したものだと人間の不思議に少しだけ感動しただけ。
「女の方なら話は別です。そもそもなぜ貴方の様な美しく華奢な人間がこんな所にいるのか不思議ですが…、貴方に穢れはふさわしくない」
男はケージを見つめながら言った。顔を上げて、という声の通り、ケージはゆっくりと頭を上げた。
そして、見た。

男はケージの灰色の髪を触りながら呟く。
「売られて、来たんだね?」
それはまるで幼子に対する言葉と同等のものだった。
優しくあやすように、全てを安心させる様な言い方。

けれどケージは見つけてしまったのだ。




其の男の瞳の奥に隠された、明らかな憎悪と嫌悪の色を。