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あの鳥は、幸せになれたのだろうか。

 病院には百を超える病人達が押し込められていた。
うめき声、悪臭。
ケージは思わず顔を潜めた。
「此処にいる者達だけか?」
隣で同じく顔を顰めて……更には鼻をつまんでいた従者に問う。
従者は若干鼻声になりながら、小さく声を発して頷く。
思わず溜め息がでた。
ケージにだって、此処にいる病人達が悪いわけではないことを知っている。
幼かったケージでさえ、だ。
目の前に広がる地獄絵は、だが彼女にそれを成さなければ生きては行けないことを突きつけていた。
「始める。準備してくれ」
静かに呟くと、ケージの後ろに仕えていた従者達は急いで動き出した。
ある者は階段を塞ぎ、ある者は病人達の中央にステージを設置し、ある者達は病人達をグループごとに分け、その手首に縄を縛った。
従者達の動きが心なし急いで見えるのは、彼らもケージと同じように、早くこのとんでもない任務を終わらせたいからだろう。
全ての準備が整った時、従者のうちの一人―――奇麗な銀髪で、首にはチョーカーがつけられていた―――がケージに声をかけた。
中心のステージへと進むよう、促される。
ステージへと向かうと、四方八方、どの方にも病人が見えた。
顔面蒼白な者、痙攣を起こす者、白目を剥いている者、嘔吐している者、吐血している者。
中には一見普通そうに見える、だが横たわって息の細い者などもいた。
(まさか、軽症な者まで連れて来てるんじゃないだろうな…?)
ケージの脳裏を一瞬“反逆”という言葉がよぎったが、彼女はすぐさま頭を降ってその考えを取り払った。
国の軍には自分より強い大人達が多くいる。貴族の中で腕が立つ者なんかは、幼少時から英才教育を受け、望んで軍に入っている者もいるそうだ。
たとえ自分が勝てたとしても、たとえ自分が此処で反逆を起こしたとしても。
(結局は他の人の手で殺されてしまうんだろうな、此処の人たちは)
変わらない現実。変わらない“死”という運命。
従者が一人目をステージへと上げた。禿頭の、老いた男だった。
彼の真っ直ぐな目が、ケージに 助けを 求める 。
ケージは目を瞑った。相手を見なければ良い。
いずれは殺されてしまうのなら…それで誰かに恨まれるのなら、“他人”ではなく“自分”の方がきっと良い。
どうせ死ぬ運命ならば……それが病気であれ、軍人の手であれ。
そんなんだったら、少しでも早く楽にしてあげた方が良い。
ケージは腰に差したさやから剣を抜いた。
辺りから息を呑む声と、ちょっとした歓喜の声が聞こえた。
(此処は闘技場、闘技場……目の前にいるのは魔物だっ)
歓喜の声だけを耳に入れ、目を開けた。
男であった人影がぼんやりと変わり、ケージには老いたライオンに見えた。
剣を振り上げる。
辺りの緊張が一気に高まったのを感じた。
勢いをつけるために、体をそる。
従者が逃げようとする男をしっかりと押さえつけた。
意識を集中して、振り下ろす。
瞬間、男の汚い声が響き渡った気がしたが、いつもの感触とともに男の首が思い切り飛び跳ねた。
静寂。
静寂。
後に、悲鳴と歓喜。
だがしかし、ケージには……今のケージには、悲鳴の方の声を聞く余裕など持ってはいなかった。

一人を殺すと、面白いように手が勝手に動いていった。
二人目、三人目……十人目………手を休めた時、既に元いた半分の人たちが首のない胴体となって転がっていた。
ケージはそれらを見ないようにした。
見たらきっと、何かが自分の中で弾けてしまう。
先ほど殺した鳥を思った。

あの鳥は、幸せになれたのだろうか。
自分が殺したあの鳥は、本当に楽になれたのだろうか。
あの鳥は、あの鳥は、あの鳥は、あの鳥は、あの鳥は


あの鳥はきっと、きっと本当に、“自分”だったのではないか。


「DS−00様?」
七十三人目の病人を突き出していた従者が、斬ろうとしないケージを不安げに呼んだ。
我に返る。
「あ、ああ。すまない……」
返り血で赤くなった剣は、柄の部分までぬれていた。ケージは自分の手が汚れてゆく先ほどの光景が再び蘇った気がして、思わず目を瞑る。
肉を切る感触がして、首が飛ぶ。

返り血がまたついて、汚れた。汚れた。

「……次」
気分が酷く悪かった。死臭と悪臭の中でずっと立っているからかも知れない。
気がおかしくなりそうだった。一日のうちで殺した人間が、今までのどの時より多いからかも知れない。
けれどケージは立っていた。
ただじっと立って、剣を構え、振り下ろした。
けれど……
「どうぞ」
そう言って突き出された女に、ケージはどこか見覚えがあることを知っていた。
艶こそないが、奇麗な色の金髪。
美しい顔立ち。
細身の体は、小刻みに震えていた。

ケージはその女を見たことがあることを知っていた。

常に見つめていた気がする。
常に見られていた気がする。
常に共にいた気がする。
常に笑い合った気がする。
常に泣き合った気がする。





「ああ、××××!!」






女がケージを見て、一度目を大きくして、そして掠れた声でそう叫んだ。

そしてその声に、ケージは聞き覚えがあることを知っていた。