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そう、だから私は名前をつけた。

 自分は籠なんだ。

 何もかもを閉じ込め、縛り付ける籠。

 ならば私は…



そう、だから私は名前をつけた。




 ふ、と意識が戻る。
目の前には城へと続く鉄の扉があった。
冷たいそれはただ00を見据え、優しく微笑むだけ。
扉の取っ手に手をかける。
(あの時は…幼かった。全てが嫌で、嫌で、仕方が無かった。…そして逃げようと思う気持ちで、自分を押し付けた)
紺色の軍服に皺が入った。苦しい。
訳もなく苦しくて、00はうずくまる。
嫌な汗が流れた。それは昔の記憶を開いたからか…否、目の前にある扉が以前と同じ錯覚を覚えさせるからだ。

あの時も、あの小鳥を殺した日も、今日と同じように私は扉の前に立っていた。

小鳥を殺した…それは幾人もの人を殺めている00にとっては些細な出来事だったかもしれないが、それでも彼女はショックを受けた。
仕事が入ってこなかったから良かったものの、二日間寝込むほどに。
初めて人を殺した時だって、寝込んだりはしなかった。
それが何故一羽の鳥を殺しただけで…。
それでも、彼女が恐れているのはそのことではない。
その先、もう少し先の記憶に、彼女は怯えていた。

また繰り返されるのではないか。

あの日が再び、私の前に。

それは純粋なる恐怖。
罪悪感。

彼女はあの日以来から、…彼女の大半を埋め尽くすあの日の出来事以来から、自分に名前をつけた。
特に誰かに呼んで欲しいわけじゃない。
ただ、なんとなく。

「ケージ…思い出せ、私は、ケージ…ッ!」

ゆっくりと立ち上がり、震える足をしかりつけ、00は…ケージという名を自ら背負った少女は、至極ゆっくりとした動作で鉄の扉に手をかけた。


 ドレスから軍服に着替え終え、指定の場所に着いたのは約束の時間のホンの少し前だった。
城の中での「時間」は絶対だ。一秒遅れたために死刑になった仲間は少なくない。
彼女はそれを良く知っていた。
―――病人一掃。
そのこと自体について、ケージ自身からはなんとも言えなかった。
ただ一概に「病人」といわれると、置いてきた最愛の母を思い出し心配するだけで、どうか父が母を上手くかくまってくれるようにと願うばかりだった。
…彼女は、彼女が国に売られてから父が母を置いて他国へ逃げたことを知らない。
売られた子供たちは、その時点で家族との接点を全て壊される。
面会はもちろん、手紙、電話、果ては城の外へ行くことさえ叶わない。
その中で多くの子供がホームシックに陥り、泣き叫ぶと殺された。
だからケージは父の行方など知るはずが無いし、もちろんその後母の病気が治ったのか、それも分からない。
国に親切な人などいない。
信頼できるのは親兄弟、家族のみ。
いいや、それすらだって信頼してはいけなかった。

この国の住人は皆、心の中の詐欺師だから。

馬車に乗り込み、ゆっくりとしたテンポで揺られながらケージは久しぶりに母を想った。
どうしているだろうか。
元気にしているだろうか。
自分を覚えていてくれているだろうか。
父に暴力を振るわれていないだろうか。
母のことを想えば想うほど、ケージは何もかもをほっぽりだして、大声で泣き叫びたくなった。
熱いものが胸の奥で渦巻き始めたのを感じ、あわてて思考をとめる。
(これから初めて「外」での任務なんだ。失敗は許されない…!)
移り行く景色が何故か懐かしく、何処か哀しかったことをケージは知っていた。

 仕事にはランク付けがされていた。
最低ランクはF。これは仕事とは言われず、主に「売られた子供」の世話や軍人たちの選択など雑用をさせられる。
だが皆このランクが一番良かったと思うのだ。…城へ入り、あの駄目帝王の顔やセーフィの顔を見ずにすむのだから。
…Fランクでは、入場を完全禁止とされている。
よほどのこと(容姿がよくそのまま帝王のお気に入りになることや、元から素質がありそのまま軍人になること)が無い限り、皆まずこのランクから始まるのだ。
一つ上がってEランクになると、城への入場が許可される。
だが入れるのは一回フロアのみで、主にそのフロアの掃除をさせられる。
ここから先は二パターンに分かれる。
女が歩む「仕事」への道と、男(例外でケージ)が歩む「仕事」への道と。
女はDランク以上から洋服を作らされたり、料理を作らされたりする。
最高ランクSまでなると、帝王の付きっ切りの世話係だ。…だが何故だか、このランクになったものは皆数日間でいなくなってしまうという。
男はDランク以上から、ケージが行ったような魔物との試合をさせられ、成績がいいとだんだんそのレベルが上がっていく。
さらに上に行くと今度は仲間内で殺し合いをさせられ、それを抜けると各部隊へと配属、成績が良くなると部隊長へ昇格だ。
…もちろん、この道をケージは歩んで部隊長へと昇格した。
先の魔物との試合など、本当に久しぶりなのだ。
そしてケージは知らないが、彼女は城から恐れられていた。
わずか十歳という…国に売られてから三年という最速のスピードで部隊長、中でも格別に難しいといわれる「D部隊長」になるのは、本当の本当に異例のことだったから。

 景色はいつの間にか変わっていた。
やがて白く大きな建物が視界に入る。…第二国立病院だ。
瞬間、何か黒い影がケージの視界に写った。同時に悪寒。
何か嫌なものが胸の中を駆け巡った。同時に不安。
黒い影はすぐに視界から消え失せた。それは実像ではないと、ケージは心の中で呟く。

(あれは…あれはきっとこの先の…)

心の中で先を呟こうとして、馬車が止まった。
小さな扉が開き、体の小さいケージはそのまま降り立った。
およそ三年ぶりに踏んだ城の外の土。地面。
だがそんな感動を感じている暇はなく、従者に促されるままケージは病院の扉を潜った。