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ココロに空いていた穴

「DS−00殿、セーフィ殿より城への入場許可がおりました」
憲兵の一人が、ゆっくりと頭を下げながら言った。
00にまで「殿」をつけているあたり、この憲兵たちは00よりも番号とランクが低いのだろう。
もっとも、00と同じ「子供」の出身で、00と対等に話が出来るのは他の部隊長のみ…つまり、部隊の違う同じ番号のものだけだが。
00はゆっくりと頷いた。言葉は発しない。
憲兵の開いた扉から、あの神々しい嫌な感じの扉から、至極ゆっくりとした動作で城へと向かう。
扉を潜り少し歩くと、後方で扉が閉められる音がした。
…静寂が包む。
帝王が歩けるようにと特別な装飾を施された豪華な渡り廊下は、城と競技場の間にある庭…俗に「中庭」と呼ばれるところから帝王が暗殺されないようにと、敵が入り込まないようにと、特殊なガラスで覆われている。
ガラスは外側から見ればまるでそんなもの存在しないように見えるが、中からは中庭も眺めることが出来、なおかつガラス自体に彫られた少しアンティークな、遺跡のような雰囲気を漂わせる模様により、より一層幻想的なものとなっている。
00はだが景色などに目もくれず…人工的に作り上げられたものには、純粋な美しさを感じなかった…無表情そのままでひたすらに歩みを進めていた。
自分の靴の音だけが響く廊下。
真紅のドレスは、まるで彼女がこの国の姫かのようにも見せた。
長いドレスの裾を少し持ち上げて、同色のハイヒールでふまないように気をつけながら歩く。
裾がゆらゆらとゆれ、それが舞っているようで美しかった。
「…!」
ふと足を止める。
少し行った道の真ん中に、何か動くものがあった。
静かに気配をたどる。
それは小さな小さな生命の気配で、00はゆっくりとそれに歩み寄った。

それはひどく小さな小鳥だった。

生まれたばかりなのだろうか、はたまた、あまりものを食べていないのだろうか。
その鳥は異様なまでにやせていて、羽はぼろぼろだった。
00にはその鳥が何の鳥だかすぐに判断がついた。
その話を聞いたのは数ヶ月前。
たまたま帝王のプライベートルームの近くを、仕事の関係で通った時のことだ。

 部屋の扉は拳一つ分ほど開いていた。
そこからわずかな黄色い光が見え、壁に映し出される影は巨大な帝王のものと、その掌に乗る小さな物体のものだった。
00はその物体がなんだか分からなかったが、気にせずに通り過ぎようとする。
そのときだ。
「今日は羽をむしってみよう…餌は数週間無くても問題は無いな。水だけあれば何とかやっている…」
なんだか不気味な独り言が聞こえ、00ははっとして振り返ったのを覚えている。
そこに移るのは一つの巨大な影と一つの小さな影のみ。
小さなほうの影はばたばたと暴れ、大きな影はそれを取り押さえようと必死だ。
00は見ないようにした。けれど次の言葉が耳に入り込む。
「…そろそろこの鳥はもう駄目だな…新しいものを取り寄せないと…実験が…そうだ、新しいのは多めに取り寄せよう…試作銃の試し打ちに…死んだのは……食わせればよいか」
普段は恐怖を感じない00でも、さすがに背筋が凍る感覚がした。
鳥?実験?試作銃?
疑問が頭を貫く。
…扉の向こうを見たい。けれど、それは一番の大罪と成り得る。
00は自身の恐怖と嫌悪感と好奇心とで板ばさみにされながら、必死の思いでその場を離れたのだった。
…恐らく虐待に使われているであろう、小さな小さな鳥の存在を頭から追い出すように。

 この鳥はあのときの鳥だ。
00は瞬時に思った。そして、ゆっくりと…無意識に、腰に差した剣に手をかけた。
「お前は籠の中の鳥だ」
この鳥が何故ここにいるのか分からない。だが、弱って傷ついたその体を見るに、仕えなくなったからと捨てられたところを必死に逃げてきたのだろう。

ただただ貪欲に、生を掴むために。

だが00にはそんなことどうでも良かった。
ただ目の前に鳥がいる。あのときの鳥が。
…自然と抵抗は無かった。以前感じたような哀れみも、悲しみも、苦しみも、全て。
まるで感覚が麻痺した殺人鬼のようだ…00は剣を抜いた。
小鳥が00の存在に気がつく。
すがるような瞳で00を見つめ、そしてそれがかなわないと知ると瞳に影が差した。
剣の切っ先を、小鳥に向ける。

「お前は所詮、籠の中の鳥だ」

同じ言葉をもう一度。
そして、切っ先を取りに突き刺した。
柔らかな肉の感触が、刃を通して00の片手にも伝わってくる。
…それがなぜか心地よく、00は剣をまわすように手を左右に動かした。
鳥の体内から内臓がぐちゅりと飛び出て、血が溢れる。
むしりとられてほとんどなくなった羽が、二、三枚床に落ちる。
鳥はもう死んでいた。

 しばらくそうして肉の感触を確かめて、00は剣を戻した。
その手に確かに残る肉を突き刺す感触が、今はもう快感とは思わない。
両手を広げ、目の前に翳す。
自分の白く艶のあった両手は、00の見る視界の中で見る見るうちに血色に変色されてゆき、やがて真っ赤な手袋をつけたように赤く染まった。

突然湧き上がる、恐怖。

「っ…!」
胸が急に苦しくなって、思わずその場に蹲る。
ハイヒールが鳥の血で出来た水溜りに入り、辺りに血をばら撒いた。
ぴしゃりと血の跳ねる音がして、何とか持ち直す。
…自分に向かって問いかけてみた。
「私は…私は、私自身を殺したのか…?」

先ほどの鳥は私なのか?
では私とは何なのか?
何故私を殺したのか?

溢れかえる疑問は終わらない。
00は手を握り、胸に押し付けた。とくん、とくんと心臓の波打つ音が感触で分かる。
「…生きてる」
どこかほっとするように、呟く。
やがて自分が城へ向かわなければならないことに気づき、00はゆっくりと歩き出した。
そして、考える。

「…ああ、私はきっと…―――」



籠の中の鳥ではなく、
自由である鳥ではなく、
ただ自身を縛り付ける「籠」なんだ。



ココロに空いていた穴が、すっぽりと何かで埋まった気が、した。