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 パーティも終盤に差し掛かった頃、ジュノンはそっと会場を抜け出した。というのも、舞台上であいさつをやらされてから、見ず知らずの生徒たちから次々と声をかけられ、もみくちゃにされていたからである。特に人が集まっていたのはライフガントルとシャーレで、ライフガントルの方はさすが数百年に来ているだけあるというか、集まってくる生徒達のあしらい方が格段にうまかった。逆にシャーレは、生徒達のほとんどがお祭り気分でハイテンションであるためにその性格が災いして、彼らの接触を拒めば拒むほど人を呼ぶという始末だ。彼女の隣に陣取っているシオの存在も人を呼ぶ大きな原因だろう。彼女たち二人が並ぶと、天使と悪魔の対になるわけだが、その姿が本当に圧巻なのだ。声はかけずとも遠目で二人を眺めている生徒の数だって、ジュノン達の中ではダントツで一位だ。
 かくいうジュノンも、本人が気づいていないだけでかなりの人数にじっと見られていたりするのだが、それはそれ、世の中には知らない方がいいこともあるというものだ。
 そんなわけで、シャーレほどではないが集まってくる生徒達の対応にうんざりしていたところに、フィリアンがふらりとやってきたかと思えば、うまくその場を丸めて人ごみを抜けださせてくれた。
「……大変そうだね」
 大丈夫、と問いかけるフィリアンの顔が本当に心配そうで、ジュノンは思わずくすりと笑う。初対面に等しい人間に、ここまでよくしてくれる人間はなかなかいない。帰れなくなってしまったのはかなりの不幸だが、不幸中の幸い、フィリアンのような人に見つけてもらえてよかったと、ジュノンはぼんやり思う。
「何でみんなあんなにテンション高いかな〜。パーティってああいうものなの? 僕、そういうの初めてだからびっくりすることがいっぱい」
 でもできればもう参加したくないかも、なんてうんざり顔で言えば、フィリアンも同様にくすりと笑った。
「それはジュノン達が珍しいからだよ。挨拶の掴みも抜群だったしね」
 くすくす笑いながら言うフィリアンは楽しげだ。このパーティが特別なんだよ、暗にそう言われていることに気がついて、ジュノンは思わず苦笑する。
(パーティが特別というよりも、生徒達が特別と言った方が正しい気がするけどね)
 フィリアンに連れられて、ジュノン達は会場を抜けた。仮装するときに通ったバックヤードから、裏口を出る。熱気がこもっていたパーティ会場と比べ、夜の寒さは半端ない。瞬間的に冷えていく体にどこか心地よさも感じながら、ジュノンははあ、と息を吐いた。フィリアンの隣にいると、どこか安心する。それは彼が自分より強いからだろうか。それとも、彼自身の特質だろうか。
「ふふ、でも、思いのほか似合ってたよね、その衣装」
 フィリアンは伸びをするジュノンを眺めながら事もなげに言った。先の生徒達にも「似合ってる、可愛い」などと言われまくったのだが、フィリアンのそれは彼らとは違う。純粋に褒められているんだと気づいて、逆にどうすればいいのかわからなくなってしまった。そう言えば、クレイに褒められた時もこんな言い方だったな、なんて思いだす。
「……フィリアンも、似合ってると思うよ」
 ぶかぶかなところが。
 とは、さすがに言わないでおく。最初彼の仮装を見た時、不覚にも「可愛い」なんて思ったことは一生口に出さないだろう。その言葉がどれだけ本人を傷つけるか、ジュノンはよく知っている(ネルのようなタイプの人間には「可愛い」もただの褒め言葉に代わるのだろうが)。もっとも、彼はこの衣装の姿を見られてすぐにシオに「可愛い」発言をされているのだけれど。
「あ、そうだ」
 夜風に当たりながら、ふと、本当に突然、ジュノンは思い出した。突然上がった声にフィリアンが不思議そうな顔でこちらを見る。その顔に満面の笑みを向けながら、ジュノンは声色高く言った。
「フィン、トリックオアトリート!」
 はい、といって両手を差し出してみれば、彼はひどく驚いた様子で、それこそ大きな赤色の瞳をさらに大きく広げて、それからこらえきれずに噴き出した。声を上げて笑うフィリアンに、はやくー、と追い打ちをかければ、彼の笑い声はますます強くなっていく。
「あは、あははは。あー、よかった。ジュノン、結構楽しんでたんだ」
 笑い声を落ち着かせて、眼尻に涙を浮かべながら言ったフィリアンは、ごそごそと自身のポケットを漁って飴玉を一つ、ジュノンの掌に転がした。
「はい、俺からのお菓子」
 こんなのでごめんね? 言いながら笑みを浮かべるフィリアンに、ジュノンは緩く首を振って彼と同じような笑顔を向けた。
「楽しかったよ。まあ、人に囲まれるのはもううんざりだけどね」
 小さく肩をすくめて言えば、フィリアンの笑みが濃くなった。彼は苦笑ともとれる表情のまま、
「うん、あれはさすがにね。……でも、そうか。楽しんでもらっててよかった」
 言いきったフィリアンは視線をそのままジュノンから外し、景色へと移っていった。視線を辿ると、彼の眼に映っているのは暗闇の中高くそびえる塔。
「? フィンは、楽しくなかったの?」
 その言い方が気になって問えば、彼は意外そうな顔をしてジュノンを見た。再び向けられた赤い瞳に、困惑の色がありありと映っている。
「楽しかった……のかな。わからない」
 低い声で呟かれた言葉の、意味がよくわからなくて首をかしげる。彼の顔を覗き込もうと近づくと、フィリアンはゆっくりとした動作でそれを拒んだ。

「俺は、化け物だから」

 楽しんでいいのかわからない。楽しめるわけがない。
 ふと、彼の心がそう叫んでいたような気がして、はっとする。見上げたフィリアンの顔にもう困惑の色は映っていなかった。やわらかな笑みを浮かべたまま、何も言っていないかのように「どうしたの?」なんて聞いてくる。その様子に、困惑した。
「……フィン?」
「なあに、ジュノン」
 まだ飴が欲しいの、ごまかしているようにも自然なようにも取れる彼の声に、ジュノンはますますわけがわからなくなった。今のは一体、なんだったのだろう。まるで幻だったように急速に薄れていく現実味に、ジュノンは一つ、身震いをした。
「なんでも、ない」
 なんでもないよ。大丈夫。
 言うとフィリアンは微笑んだままジュノンの頭に手をやって、そっと優しくなでた。黒髪がさらさらと流れていく。風が、冷たい。
「……寒くなってきたね。そろそろ戻った方がいい。俺は、もう少しここにいるから」
 一人で戻れるね? まるで幼子に問うかのような言い方に少しだけ戸惑ったけれど、ふと、彼が自分より二つばかり年上だということを思い出し、それも仕方ないかと思った。彼の瞳をとらえて彼の真意を探ろうとしても、彼はなにも見せてはくれない。先ほど困惑を見せたのは何だったのか、だからジュノンにはわからない。
(それは多分、フィンが僕より年上だからだ)
 自分の周りの人間は、皆、自分よりも年上で、自分よりも長く生きている。だから必然的に、どうしても自分は彼らに与えることができない。いつも与えられるだけ、踊らされるだけ。それが悔しいと思ったことは過去にもたくさんあったけれど、ジュノンは今この時ほど、悔しいと思ったことはなかった。
(でも、なんで、ごまかすなら、なんで)

 なんで あんなことを

 答えは出ない。さあ行きな、言われたフィリアンの言葉に素直に従って、固くなる表情を無理やり笑顔に変えて彼に向けた。
「フィンも早く戻ってきなよ? 本当に、そろそろ寒くなってきたから」
 問えば彼は笑顔でうなずいた。ありがとう、例の言葉を背に受けながら扉を開ける。
(……何も言ってくれないのに、何かを求めてくるのは卑怯だよ)
 フィンが自分に何を求めたのか、ジュノンはしらない。単に傍にいてほしかっただけなのか、話し相手になってほしかったのか。……それとも、ただの気まぐれか。
 どちらにせよ、ジュノンはフィリアンがわからなくなっていた。そもそも会って間もないのだから、彼の何かを知っている方がおかしいのだが、それでも、自分たちと初めて対面した時の彼は、少なくとも今よりは自分自身を出していた気がする。
 なんだか急によそよそしくされたような気がして、それが嫌なだけなんだと、ジュノンは子供じみた自分の感情に気付かぬふりをした。


 会場に戻るためにバックヤードの廊下を歩いていると、誰かがこちらに向かってくるのを感じてジュノンは足を止めた。裏口の方からだ、フィリアンだろうか? 思って、彼の気配とは違う感覚に振り返る。
「あ」
「おや」
 そこにいたのはステージで司会をしていたピエロだった。ピエロはジュノンを見て意外そうな表情を浮かべると、くすりと声を上げて笑って、
「すごくよく似合ってるね、その衣装。さすが僕の見立てなだけあるね」
 言って、そう思うだろ、とジュノンに同意を求めてきた。何の話かよくわからず、ジュノンはピエロの顔を凝視する。先ほどもどこかで会ったような顔だな、と思ったのだが、マスクのせいでいまいちわからなかった。今のかれも先ほどと同じ格好で、やはり顔はわからない。しかし彼の言い方からすると、自分の衣装を選んだのはどうやら彼のようだ。
「……これ、あなたが選んだんですか」
「そうそう、サイズぴったりだろう? いやあ、いつもながら、弟の観察眼には舌を巻くよ」
 彼はけらけら笑いだしてそう言った。「弟の観察眼」とはどういうことだろう。このピエロとその弟と、自分は会っているということだろうか。思って、ジュノンは恐る恐る声を出した。
「まあ、とりあえず衣装のことは置いといて……どこかでお会いしましたっけ?」
 問うと、彼は酷く心外そうな顔をして、ゆっくりとした動作でマスクを取った。マスクの下から現れた化粧をされてはいるものの見知った顔に、思わず「あ」と声を上げる。
「やれやれ、ジュノン坊は人の顔を覚えるのが苦手と見た」
 言いながら軽くウィンクまでしたその人物は、フィリアンの兄で魔法科学教師で理事長代理の、フォルティア・ルスターその人だった。というよりも、彼が「弟の観察眼」と言った時点でジュノンが知っている兄弟は彼らしかいなかったのだから、気づいてもよさそうだったのだが、そこはジュノン、パーティ内で一番ぼけぼけだったりするので、気づくのが遅くとも仕方ないといえば仕方ない。
「フォルティアさん!」
「正解っ」
 名を叫ぶように発すると、彼は楽しげにそう言った。
「あれ? てことは、弟ってフィン……」
「何だい、聞いてないのかい?」
 戸惑うように声を出すと、フォルティアはこれ又意外そうに声を上げた。見開かれた瞳から心底意外だと伝わってきて、ジュノンは首をかしげる。何が意外なのだろう?
「さっきフィンの様子がおかしかったから、てっきりジュノン君には話したのかと思ってたよ……おや、それじゃあ、僕はちょっとまずいことを言ってしまったかもしれないな」
 フォルティアはころころと表情を変えていく。先ほどまでの楽しげだった表情から一転して、今は深刻な表情で口元に手を添えている。目つきもどこか据わっているようで、ジュノンは思わず後ずさりした。
「今言ったことは聞かなかったことに……なんて、出来そうもないね」
 話の流れからそう言われることくらいはジュノンにも予測できた。だから、そう言ってごまかされないように強くフォルティアを見据える。彼の弟と同じように、ごまかされてしまうのはいやだった。
「……フィンの観察眼って、どういうことですか。こんな短時間で僕たちの転入手続きが完了して、おまけに貸していただいている服が全部サイズぴったりなのに関係してるんですか」
 やや強い口調で言うと、フォルティアは困ったな、と頭をかいて、それから深く溜息をついた。
「……フィンは、ちょっと特殊な体質でね。五感が異常に優れてるんだ」
「と、いうと?」
「視力・聴力・嗅覚・味覚・触覚のどれもが、異常なほどに良いんだよ。今は特殊な耳栓やらを使って大幅にその力を抑えているんだけれど、普通の状態だったら学園内すべての音が聞こえるし、匂いがわかるし、気配もわかる。高いところに出れば、学内全てのものを見ることだって可能だろう」
 今この会話を聞いてる可能性だって高い。フォルティアは付け足した。
「視力について言うと、フィンはどうやら物体を見ただけでその物体のあらゆる“サイズ”がわかるらしくてね。外見的な物体情報、とでもいうのかな。高さ、幅、奥ゆき、目に見える範囲のもののサイズがわかるらしいんだ」
 その言葉にジュノンは目を見開いた。先ほどフィリアンが呟くように吐き捨てた、低い声を思い出す。

――俺は、化け物だから

 彼が何故パーティが楽しいか自分に聞いてきたのかを今さら理解する。彼にとって、人混みの中というのは苦痛以外の何物でもないのだ。なぜなら、聞こえすぎるから。見えすぎるから。あらゆる情報が脳内にあふれかえってきて、それは多分、相当の苦痛だろう。
「……止めに入ってこない、ってことは、続けて話してもいいのかな?」
 確認するようにフォルティアが言うが、ジュノンにはその場に誰かがいるとは思えなかった。それが遠く、まだ裏口の外で夜風に当たっているだろうフィリアンに向けられているものだと気づいて、少し驚いた。
「でも、そうなったのは先天的なものじゃない。後天的に跡付けられたものだ。だから余計に、フィンは苦しんでる」
 それで多分、どこか“似たような雰囲気”を持ってる君たちに興味を抱いたんじゃないかな、と、フォルティアは締めくくった。“似たような雰囲気”に、瞬間的にシャーレを思い出して、ジュノンは内心苦笑する。少なくとも自分は、彼と似て非なるものだ。確かに“似たような”ではあるかもしれないが、全く違う。苦痛の程度を比べるような無粋なことはしないけれど、それでもジュノンはそう思った。
(だって僕はフィンの苦しみを、少しも知らない。フィンも僕の苦しみを、少しも知らない)
 ああ、だからか。考えてようやく納得する。彼が言葉を続けなかったのはそこなのだ。所詮、“似たもの”は“似たもの”でしかない。同じ苦しみなど存在しない。だから、その苦しみを誰かに打ち明けたとして、どうやっても打ち明けた相手から“同情”を向けられるのは回避できない。……たとえそれが、“似たような”苦しみを抱えている人物だったとして、なおのこと。
「……フィンが」
「え?」
「フィンが、自分は化け物だからって、そう、言ってました」
 僕はそれしか聞いてません。
 言えば、フォルティアは困ったように微笑んで、ジュノンの頭を緩くなでた。ここにきてから、なんだか頭をなでられてばっかりだ、思って、でも今までそんなことをしてくれる人たちは少なかったから、そうされることを少しだけ嬉しくも思う。自分の頭をなでてくれる人たちの掌は、皆、いつだって、あたたかい。彼らが本当に自分を想ってくれている、好意を抱いてくれていることを強く感じる。
「……間違いでは、ないかな。フィンは確かに、化け物だよ」
 吐き出すように言われた意外な言葉に、はっとしてフォルティアの顔を見た。フィリアンとは違う茶色の瞳が自分を見下ろしている。彼の表情は苦痛にゆがめられていた。

「フィンは、化け物にさせられたんだ。――によって」

 低く、低く呻くように呟かれた言葉を聞きながら、ジュノンはぼんやりと遠くで流れるパーティの曲を聞いていた。ここだけ切り取られてしまったような、時間が止まってしまったような感覚。誰かに見られている気がしてはっとフォルティアの後ろを見ると、フィリアンがぼんやりとした表情で立っていた。相変わらずの八の字眉、ややつり目の大きな瞳。赤い、赤い瞳。

 その赤い瞳が、まっすぐジュノンを見つめていた。

 パーティは終わる。「ジュノン」と自分を呼ぶロニテスの声を遠くに感じながら、ジュノンはじっと自分を見つめ続ける兄弟を見つめ返し続けた。
 赤と、茶色と、黒が混じる。
――世界はその時、確かに三人を中心にして止まっていた。


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