
1

「あ、そうだ」
いつものように黄色と黒のテントが二つ並んだその前で、ようやく得た食材で夕飯の準備をしている時だった。
それまで薪の様子を見ながら火の調節をしていたライフガントルが、不意に声を出した。
「どうした?」
すぐ近くで食材を切っていたシャーレが彼の方を見もせずに尋ねたが、ライフガントルはのっそりと立ち上がっただけで答えない。反応がないことを不思議に思い、シャーレは顔を上げた。
「水、できたよー」
ロニテスの天界力でスープ用の水を生み出していたジュノンとロニテスが、少し離れたところから大きな鍋を持ってやってくる。ライフガントルの視線はシャーレと彼らを一瞬ちらりととらえ、それからテントの中で休んでいたシューへと向かった。
「いいものがあるんだよ」
突然発せられた言葉は先ほどのシャーレの問いへの答えだった。一瞬全員が何を言われたのかわからず、思わず顔を見合わせる。
「どうかしたのか?」
ロニテスが鍋を置きながら問うと、シャーレは小さく肩をすくめた。ライフガントルはひとり楽しげにテントの中から自分のカバンを取り出して、何やらごそごそとあさり始めていた。
「シャーレ、今日のスープは何のスープ?」
全員が似たり寄ったりな料理の腕であるため、ジュノン達は料理番を日ごとの当番制にしていた。昨日はロニテスが、持っていた携帯食料の中から固形の簡易ルーを用いて、クリームシチューを作っていた。牛乳など持っていないから少々味気なかったが、それでも食べられないほどではない。昨日のシチューよりはましだと言いな、思いながら尋ねたジュノンに、シャーレはゆっくり体をどけた。
「……カボチャ?」
思わず目が点になる。ここは何もなくだだっ広い草原であって、カボチャなんかが落ちている……生えているわけがない。それも、四分の一なり八分の一なりに切ってあるものなら、レイニータウンでかっぱらってきた残りか、とも思えたのだが、シャーレが切っていたカボチャはまるまる一個、それも大人のライフガントルの顔がすっぽり入ってしまうくらい大きなものだった。
「ライフに渡されたんだ。今日はこれを使っていいんだと」
シャーレはこともなげに言うと、何かおかしいところでもあるのか、と逆にジュノンに問い返す。そんな様子に苦笑が漏れた。
(シャーレって時々すごく抜けてるよね……)
普段はここにいる誰よりも冷静で格好いいのになあ、なんて思っていると、荷物を漁っていたライフガントルがようやくその手を止めた。「あった!」という叫びにも近い大声を上げて、死んだように眠っていたシューがびくりと体を震わせた。
「一体何なんだよ、ライフ」
しびれを切らしてロニテスが問い詰めると、彼はにやり、と、満面の笑みを顔面に張り付けた。その笑みはジュノンやロニテスがよく知る、例の悪人面で、二人の背中に強烈な悪寒が走る。そうと知らないシャーレは、よく眠っているシューに感心しながら、それでもライフガントルがこんなに楽しげなのをはじめて見たからか、奇妙なものを見る目つきで彼の顔をまじまじと眺めた。
「これよ、これ!」
そういって上げられた手に握られていたのは、銀色の懐中時計だった。何を言わんとしているのかよくわからず、全員が頭にクエスチョンマークを浮かべる。すでにライフガントルに詰め寄っていたジュノンとロニテスに加え、シャーレも彼の元へと寄って行った。
ライフガントルがぱちりとカバーを開けると、そこには幾つもの針が交差し、十二以上の数字が並んでいた。とても時計として使えそうにない、不思議な時計。大小様々な針はところどころ曲がっているのや、先端に矢印がついていたりと様々な形をしていたが、皆、不規則なリズムで動いていた。数字はよく見ると外側と内側と、さらにその中とで分かれており、外側は十二まで、内側は三十一までの数字が書かれており、二重円の中に書かれている数字は四つの群に分けられていた。こちらの数字は十二まで書かれている。
「なんなの、これ」
ジュノンが訝しげに尋ねると、彼はよくぞ聞いてくれました、と前置いて身をかがめた。ライフガントルの視線が真正面に来る。その神秘的な緑の瞳がまっすぐジュノン達を映していた。
「これはな、次元移転装置だ」
ひっそりと、内緒話をするように告げられた言葉は、到底信じられるようなものではなかった。
はあ、と、全員が似たような声を出す。今この場に元気なシューがいれば、彼はライフガントルと同じように神妙な様子で「本当なんか、兄貴」と尋ねていただろうが、あいにくシューはテントで熟睡している。ライフガントルは彼らの反応につまらなさそうな表情をしたが、その身を起したときにはもう楽しげな表情へと変わっていた。
「まあ、信じられんのも無理ないわな。実際こいつが使えるのはサークラスの持つ力が強まる今夜だけなわけだし」
というわけで、ものは試しに使ってみたいんだが、いいか?
そう尋ねたライフガントルの顔は、彼らが見た中で最高の笑顔だった。
ライフガントルは強かった。「じゃあ異世界に行こうか」と、こともなげに言うと彼はそれが当然であるかのように何やら支度をしはじめた。ジュノン達が呆然と見守る中、テントの外側に大きな魔法陣を描くと、その中心に先ほどの懐中時計を閉じた状態で置いた。
それからライフガントルは固まったままのジュノン達を時計の周りに連れてきて、無理やり手をつながせたかと思うと「さあ、三界力を両手に込めろ」と言いだした。ここで意外だったのは、シャーレが存外乗り気だったことだ。
「こんなことで本当に異世界に行けるんだろうな?」
シャーレは三回くらいライフガントルに同じことを聞いて、そのたびに彼がにやにやと頷くのを見て、心を決めたようだった。ジュノンの右側にはそのシャーレがいる。ジュノンは、ライフガントルの言葉にシャーレが彼女の三界力を放出し始めたのを感じ、思わず目を見開いた。
「シャ、」
名を呼ぼうとすると、反対側からロニテスの三界力が伝わってくる。思わずどきりとしてそちらを見ると、彼は楽しげに、
「まあいいじゃねえか、今日くらい。綺麗な満月なんだしよ」
案外本当に行くかもしれねえぞ、と、歌うように言ってのけた。
結局最後まで粘ったのはジュノン一人だった。向かいのライフガントルがにやにやしながらジュノンを見ている。……勝てる気は、しなかった。
ジュノンも自身の持つ魔界力を両の掌に込め放出し始めると、不思議なことに魔法陣が淡く発光し始めた。光に合わせて地上からふわりと風が舞い起こるのを感じる。懐中時計がひとりでにふわりと浮いた。
時計はその場でくるくるまわりだすと、ぱかりとその蓋を開けた。文字盤と針が、別々にぐるぐるとまわっている。よくよく見ると、針はすべて逆回転、文字盤は外側と内側とさらにその中とで全部ばらばらに回っていた。
「う、わ」
誰かが思わず声を出した。三界力を放出し続けるのは特に苦労しないが、手をつないでいるため互いの力がぶつかり合って、溶け合って、ひとつになっていくのがよくわかる。その感覚は右手から左手へ電流が流れていくのと似ていた。びりびりと、体がしびれる。
くるくるまわる時計、針、文字盤。そのうち自分がまわっているような錯覚を起こして、目が回りそうだと誰もがぼんやり思った時、
かちり
音が、した。
突然の浮遊感が四人を襲う。手を離すな、と、とぎれとぎれにライフガントルが叫んで、全員が互いの手を強く握った。
――落ちる、
上ってもいないのに、いったいどこに落ちるのだろう、そんなことはジュノンも、おそらく懐中時計の主であるライフガントルでさえ分からなかったが、それでも彼らは落ちていった。
落ちる瞬間、真っ黒な壁に囲まれた真っ白な城のような建物が、一瞬、ジュノンの視界をかすめた。
いつから目をつぶっていたのだろう、ただ、“落ちる”という感覚とそこから予測できる衝撃に合わせて、無意識的につぶっていたのだろうと思う。――次に目を開けた時、目に入ったのはうっそうとした森だった。
「……は?」
突然の出来事に思考がついていかない。ジュノンは何度か瞬きをして、ここがどこだか見極めようとした。
うっそうとした木々の中、自分たちがいるのはどうやら少し開けた場所のようだった。まだ目をつぶっているライフガントルの向こうに、見慣れたテントが二つ並んでいる。おそらく魔法陣の上にあったもの全てが一緒に“来た”のだろう。よくよく周りを見てみると、テントの前には火の消えてしまった薪が、その前にはシャーレが調理していたどでかいカボチャが転がっていた。自分とロニテスが必死になって作ったスープ用の水なんて、悲惨なもので全てぶちまけられている。自分たちの夕飯になるはずだったその水は、どうやら地面の夕飯になったようだった。
「ここ……どこ……?」
呆然としたまま呟くと、ライフガントルが顔を上げた。その顔には楽しげな表情が浮かべられており、悪戯が成功した子供のようでもあった。
「異世界についたようだな」
隣でやけに冷静な声が聞こえて、そちらを見るとシャーレはすでに目を開けていた。さりげなくつないでいた手をほどかれ、どこかさびしい気持ちになる。
「すごいな、ライフは。こんなこともできるのか」
魔法使いって無敵なんじゃないのか、シャーレが(珍しく)嬉しそうに声を上げて、ライフガントルは誇らしげに胸を張った。
「そうだろう、そうだろう! まあ、もっとも、この力の半分以上はサークラスから発せられてる力だけどな。……本当は単純にタイムトラベルするだけのつもりだったんだけどよ、サークラスの未知なる力が強すぎて、次元の歪みを飛び越えられるようになっちまったんだよ」
つまり偶然の産物だ、地面に転がった懐中時計を拾いながら、ライフガントルは楽しげに言った。
「シャーレにやったカボチャ、あるだろ? あれ、実験の最中に紛れこんじまったみたいで、どこのもんかわかんねーんだよな。でもまあ、食べれそうだし、でかいし、まあいいかと思って」
その言葉はようやく目を開け恐る恐る動き出していたロニテスと、先にあたりを見回していたジュノンとを凍らせた。
「ら、ライフ……!」
「おま、本当にカボチャかどうかわからん物体を食わせようとしてたのかよ……!」
息も切れ切れ二人が突っ込むと、シャーレが不思議そうに小首をかしげる。彼女にしては珍しい動きに、別の意味で二人が固まるのと同時、ライフガントルとシャーレは同時に答えを口にした。
「「だって、どこからどうみてもカボチャだっただろ、あれ」」
瞬間、ジュノンもロニテスも二人に常識を求めることをあきらめた。
本当に異世界へやってきたのか、ジュノン達は調べることにした。とりあえず先ほどまでいた場所とは全く別の場所にやってきたことは確かだ。何せ元いた場所は何にもない、だだっ広いだけの草原だったから。
「あ」
周囲を見渡して、ジュノンはあることに気がついた。空のむこう、木々の上の方に、ちょこっとだけ見えるもの。それに、どこか見覚えがあった。
「あれ、見てよ」
ジュノンが指さす方をみて、全員が同じような声を上げた。木々の上に少しだけ飛び出している、薄い色の屋根。城の塔のような形の屋根に、ジュノンだけでなく全員が見覚えがあった。
「ここに落ちてくる前に見たような気がするんだけど」
「俺も覚えがあるぜ」
ジュノンがぼんやり呟くうと、ロニテスが隣で同意した。ということは、自分たちは本当に、文字通り、“空から”やってきたことになるのだろうか?
全員が首をかしげて判断しかねていた時だった。
テントの裏の木々の間から、不意に何かの気配を感じたと思ったら、突如として見えない何かがジュノン達を縛りあげた。何で縛られているのか見えない、見えないものからの襲撃による恐怖。シャーレが冷静に隠しナイフで“何か”を断ち切ろうとしたが、そこには“何か”がある気配すらしない。何の手ごたえもなく空を切ったナイフに、驚いたのはシャーレだけではなかった。
「う、く……」
シャーレの様子を見て、ならば、とロニテスが天界力を体にまとわりつかせ、そのまま強引に跳ね返そうと試みたが、こちらも何の手ごたえもない。あまりの気味の悪さに、そして一向に弱まることのない“何か”の力に、全員が膝をついた。その時だった。
「ごめんね、本当はこんな手荒なことしたくないんだけど」
そう言ってどこからともなく現れたのは、赤の強い茶髪と真っ赤な瞳をもった、温和そうな少年だった。赤い色が強烈過ぎて思わずそちらに目が行くが、彼の指は何かを操るように胸の前でひくひく動いている。
誰だ、問う前に、シャーレが苦々しげに「気配を感じなかった……」と呟くのが聞こえた。パーティ内では恐らく一番であろう戦闘能力を誇るシャーレすら見つけられなかったのだとその時ようやく理解して、ジュノン達は目の前の少年を睨みつけた。
「だ、れ」
ジュノンが代表して声を出す。縛りつける“何か”が苦しくてとぎれとぎれの声だったが、それでも少年はジュノンの言葉を解したようだった。
「うん、名乗ってあげたいんだけど、この場合は君たちの方が不法侵入だから、君たちの方から名乗ってほしいかな。……次元の歪みなんて初めて感じたよ。いったい、何の目的で、ここに、来たのかな?」
少年は笑みを浮かべていたが、その赤い瞳は驚くほど冷めていた。口元だけの笑みが酷く怖い。ジュノンは、彼が酷く怒っていると言うことに気がついた。否、怒っているどころではない。今まであまりに自然で、強すぎて、認知することもできなかったが、彼は殺気を出しているではないか。それも、この森一帯を覆ってしまうほどに大きく強い殺気を。
「俺達、は、ここが、どこだか、わから、ないんだ。次元、移転装置、の、実験で、飛んできちまっただけ、だ」
ライフガントルがとぎれとぎれに言うと、少年はこのままだとジュノン達から情報を得づらいと判断したのだろうか、彼が操っているのだろう“何か”の力を少しだけ弱めた。縄で強めに両手と胴を拘束された程度の力に変わり――それでも苦しいことに違いはなかったが――ジュノン達は思わず息を吐きだした。
「次元移転装置? そんなものが作れるんだ」
どれ? 暗に少年がそう聞いていると悟ったジュノンは、動かせない両手の代わりに顔と視線でその物を教えた。少年がゆったりとした足取りで懐中時計のもとまで向かい、ふたを開けたりひっくりかえしたりして簡単に調べたと思うと、小さく苦笑を洩らしてポケットにしまった。
そして、ジュノン達の周囲を改めて観察し、テントの中にシューが眠っていることにも気付いているのだろう、観察しながら目を細めると、不意に縛りつけていた“何か”を解いた。
「どうやら本当みたいだね。急に襲ってごめんね? よければ君たちの情報を知りたいんだけれど」
今度はちゃんとした笑みを浮かべて振り向いた。
変わりようの速さにシャーレを除く三人は警戒の色を濃くし、それぞれすぐ動けるように自身の得物に手をかけていた。しかしシャーレはそんな三人を一瞥すると、呆れたように息を吐き、
「馬鹿が。こいつが私達より数倍上手だと言うことはさっきのでわかったろう、今さら臨戦態勢を取ったところで勝ち目はないし、こいつが私達の状況を理解し、信じてくれたのは本当だと思うぞ。……もしこの場所に私が“何か”をしようとして来るのなら、テントまで巻き添えにしてやってきたりはしないし、少なくとも腹ごしらえはしてからくるからな」
言われてみると、確かにそうだった。この状況で何かを為そうと思っていたとしても、明らかに頭の回らない、小物だという判断ができる。どのみち、彼がジュノン達を拘束する意味はなくなったのだ。
「私達の情報を与える代わりに、ここがどこか、お前が誰か、こちらの質問にもきちんと答えてもらうぞ」
「もちろんだよ」
呆然とするジュノン達を尻目に、シャーレは自由になった体を起こして立ち上がりながら、淡々とした様子で言った。
「私達はサークラスという星に住んでいる。ここは、サークラスのどこかか?」
「ちがうよ。そんな星、聞いたこともない」
シャーレの質問に少年は小さく肩をすくめた。シャーレも予想はしていたのだろう、特に驚くこともなく再び口を開いた。
「私達の星では、今、天魔族という種族が、大天魔と呼ばれる破壊神を召喚し、世界を浄化しようとしている。大天魔が行う浄化は、世界をリセットすることにある。だから、私達は大天魔召喚を阻止すべく、力ある者を探す旅に出ている」
シャーレの説明に、少年は口元に手を当てながらふむ、と考え込んだ。
「力ある者を探していると言うことは、君たちも力ある者なんだね?」
少年の答えにシャーレは苦笑をもらす。ジュノンはひっそりと、ライフガントルに「言ってもいいの」と尋ねたが、彼は肩をすくめ、「異世界なんだから大丈夫だろ」と軽く答えただけだった。
「その通りだ。思ったとおり、察しがいいな、お前は。私達の世界ではメディアスと呼ばれる異能力者が存在するのだが、メディアスの数は世界人口の一割程度。人々から忌み嫌われ、恐ろしがられている存在だ」
だから探すには身分を隠さなきゃいけないうえ、大変でな? 続けられたシャーレの言葉は半ば愚痴のようだった。それに今度は少年が苦笑を洩らしながら、大衆と違うものはどうやったって認められないからね、と、呟くように言った。
「メディアスは三界力と呼ばれる力を行使して、不可思議な現象を起こす。おとぎ話の魔法使いみたいなものだ。その三界力というのは、力の強い順に魔界力、地界力、天界力というもので、私とそこの女顔が魔界力、童顔が天界力だ」
シャーレのあんまりな説明に、しかしジュノン達は反抗しなかった。彼に一番うまく自分たちのことを説明いできるのは彼女だろうと全員が思っていたし、ジュノン達はまだ彼に対する緊張がとけきっていなかった。シャーレなら彼と互角、とまではいかなくとも、いい線まで戦えるかもしれないが、自分達はどうかわからない。それがよくわかっているからでもあった。
「ということは、そこのお兄さんはまた別の力ある者なのかな?」
「そういうことだ。彼は私達の世界で三人しか存在しない魔法使いの一人で、数百年は生きている」
数百年! シャーレの言葉に少年は驚いたように声を上げた。それからまじまじとライフガントルを見て、なるほどね、と口の中だけで呟いた。
「確かに近いものを感じるね。世界は違くても魔力の根源は同じなのかな?」
ぼんやりと呟かれた言葉に、シャーレをはじめとする全員が耳を疑った。ライフガントルが一歩前に出て、低い声で問う。
「……どういうことだ?」
「どういうこともなにも、俺は……違うな、ここにいる人間は、全員君たちで言うところの魔法使い……魔力を持ってるんだ」
魔力を持つ人間がたった三人しか存在しないジュノン達の世界では、それは考えられないことだった。目を見開いて少年の言葉に耳を傾ける。
「この世界で魔力を持ってることは珍しくない。全員が持ってるわけじゃないけど、そうだな、人口の半分以上は持ってると思うよ。ただ、俺達のところでは魔力を持つ人間を魔法使いとは呼ばない。俺達は魔法ではなく魔術と呼んで、それを行使する職業がいくつかある。代表的なので言えば、騎士かな」
少年は楽しげにくすりと一つ笑ってから、全員の視線が自分に向いていることを確認した。
「騎士って言うのは、この国の……ソーレイル王国独自の軍隊に所属している人のことを言うんだけど、通常の軍隊に比べ、騎士団は武術と魔術の両方を駆使して仕事をこなす。騎士になれば家族や周囲のつながりから隔絶され、一個人となるんだけど、代わりに人々から“英雄”として称えられる。だから、魔力のある子供たちは皆、騎士を目指すんだ」
家族や周囲のつながりから隔絶、という言葉に、ライフガントルを除く三人がびくりと体を揺らした。珍しくシャーレが感情を示したことに、それを見ていたライフガントルは内心驚いていたが何も言わなかった。今、特に口に出すことではない。
「だから騎士を養成・育成する学校がたくさんあってね、“この場所”もその一つなんだ」
にこりと笑みを浮かべた少年は、もともと中世的な顔立ちだな、と思っていただけに、ジュノンにはますます女性的に見えた。思わぬところで仲間を発見して、彼に勝手に親近感を抱く。
「はじめまして、ここはラ・ルーネ騎士養成学園北東部、“惑いの森”。俺は今年入学したばかり、一年のフィリアン・ルスターです。フィンって呼んでくれると嬉しいかな」
初め現れた時とは打って変わった親しげな様子で、フィリアンと名乗った彼は軽く右手を差し出した。
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