003.荒野



003.荒野

 一面に荒野が広がっていた。
 ただ何もなく、草木もなく、生気さえ感じられない場所。
 ただ荒野が広がっていた。
 誰もいない、何もないそこに、風が吹く。生暖かい風は、地面をなめるように滑って、滑って、そして消えた。
 生気が戻る。
 一輪の枯れていた花が、生命を復活させた。折れた茎がゆっくりと持ち上がり、萎んだ花びらは思いきり開く。
 気付いたら、少年がいた。
 灰色の髪を持ち、同色の瞳を持つ彼は、茶色い古ぼけた毛布のようなものを纏っていた。
 風が吹いて、今度は冷たい風が、毛布を靡かせる。
 少年は屈みこんだ。
「きみも、ひとりぼっちだね」
 かすれた声で、ぽそりと少年はつぶやいた。花の返答は、ない。
 少年はにこ、と笑うと、花の横に座り込む。
 風はやんでいた。時刻は夕方だろうか、地平線に太陽が沈んでいて、辺り一面が真っ赤に染まっている。
 しばらく、そうして黙っていた。
 静寂が辺りを支配して、動くものも、話すものも、生きているものも本当はいないのじゃないだろうか。それほどまでに、沈黙が続いていた。
 ふと、少年は顔を上げる。
 真っ赤に染まった空が広がっていた。荒野を映さず、凛として、堂々と。
 少年は俯いた。
 呟く。
「僕はね、酷い罪を犯してしまったんだ。あの赤い太陽も、荒れ果てたこの地も、皆、僕の戒めなんだよ」
 もちろん隣の花からの返答はなかったが、それでも少年には、その花が優しく相槌をうったように見えた。
 少年は話しはじめた。長い長い自身の物語を、名もない、喋ることすらできない、ちっぽけな花に。

 僕は異端児だった。不思議な力を持って、通常では、この世界ではあり得ない力を持って、生まれてきた。
 いいや、生まれたんじゃない。
 きっと僕は、どこからか“落ちて”きたんだ。この力が通常となる世界から、この世界へ向けて。
 僕の両親は……いや、育て親の二人は、僕のことをこの荒野の真ん中で拾ったっていっていた。
 だからね、僕は僕がこの世界の住民じゃない気がするんだ。
 でも、今はそんなことどうでも良くて。
 僕が今一番話したいのは、僕がどんな“通常ではあり得ない”力を持ってして、どんなにかひどい罪を犯してしまったのかってこと。
 僕の力は、“存在の否定”だった。その名の通り、僕が消えろと思ったものはその存在を消してしまう。
 はじめは、いいや、僕が本当にまだ小さかった頃は、スープの中に入っている、嫌いな野菜……例えばピーマンとかにんじんとかを、食べたくないから消していただけだった。
 僕だって誰か“人間”を消すことには抵抗があったし、何よりもお母さんに怒られたくなかったから、それだけだったんだ。
 ええと、少し話がかわっちゃうんだけど、僕には大好きな女の子がいたんだ。
 リエラ、っていってね、赤茶色のフワフワとした髪をピンクのリボンで二つにまとめて、お転婆な女の子だった。
 僕は彼女のことが大好きだったし、彼女も僕のことが大好きだった。
 だけどね、村というか、どこの地区にも必ずいるけれど、案の定僕の村にも俗にいう“ガキ大将”みたいな子がいて、ああ、彼の名前はザードっていうんだけど。
 彼が、リエラをいじめ出したんだ。
 原因は、多分分かると思うけど、ザードがリエラのことを好きだったから。かまってほしかったんだろうね。
 でも、そのせいでリエラは笑えなくなった。
 それだけじゃない。表情をなくしてしまった。感情というものを、自身から追い出してしまったんだ。
 僕は怒った。さすがにザードも慌てて、何度も何度もリエラの元へお見舞いにいった。
 ……だけど、彼女は元には戻らなかった。
 常に無表情に、無表情に。
 そしてそれは性格にも影響が出たのか、彼女はいつしか冷酷になっていった。
 ある日、僕とザードと後何人かで、ウサギ狩りにいくことになった。
 いつもなら森のウサギ狩りを見にこようともしない彼女が、率先して狩りについていくと言い出した。
 僕達は、ウサギを狩る姿を見せれば、いつも見たいにウサギがかわいそうだって泣いて、感情が戻るかもしれないと思った。
 だからついてくるのを許した。だけど、それが彼女が壊れた始まりなんて。
 彼女は僕達が銃でウサギを殺すのを、特に何の感情も見せずに見ていた。初めはね。
 だけどそのうち、彼女の口の端がだんだんとあがって、そして彼女はいつの間にか持っていた短刀で、ザードの持っていた銃を切った。
 銃は鉄製だったのに、なんで切れたのか分からない。
 だけど彼女の瞳には明らかに………そう、殺気、っていうのかな。そういうものが含まれていた。
 僕もザードも、残る皆も銃を撃つのをやめて驚いてリエラを見つめた。
 彼女は一度にやりと笑うと一人で死にかけているウサギの元までいって、そして……。
 ウサギの頭にナイフを突き立てはじめた。
 ぶしゅぶしゅと血が大量に出て、ウサギの体はびくびくと痙攣を起こし、血はどくどくと流れ続け、やがてウサギは死んだ。
 最後まで粘りに粘って、あっけなく死んだ。
 リエラは無表情じゃなくなった。だけど、違う意味で無感情だった。
 リエラはあの時、無表情になってから初めて笑った。本当に楽しそうに、血を浴びるのが嬉しくて嬉しくて仕方がないように。
 そんな彼女を見て、僕の中で何かがぷつりと切れた。
 僕は彼女を消した。
 びっくりしているみんなを無視して、次にザードも消した。彼は、彼女があんな風になってしまったきっかけだから。
 二人を消して、残ったのは何か分からない快楽感だった。
 楽しい、楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい。
 僕は新しいおもちゃを見つけた子供のように、その場にいた子供たちをみんな消して、村人たちを一人ずつ消していった。
 その時気付いたんだけれど、存在が消えるってことは、その消えた人のことを知っている人の中から、記憶自体も消えてしまうってことなんだね。
 一緒に写った写真は、消えた人のところだけ色あせて落ちてゆく。
 最後にそこは赤い人影となって、写真を持つ人は不思議に思って捨てる。
 だけど捨てたところで、僕がその人自体を消してしまうんだ。
 ……やがて、僕は世界の全ての人を消した。
 だけど僕は消し足りなかった。もっと、もっと大きなものを消したかった。
 そこで僕は、様々な建物を消すことにした。
 一人が恐いわけがない。僕はもともと一人だったんだから。
 ……こんな不思議な力を手にして、消す奴消す奴が見せる恐怖と驚愕と罵りと哀れみの目を見ながら、僕は世界でただ一人だということを知っていた。
 そうしてどんどん何かを消していくと、跡に残るのはこの大地だけになってしまった。
 ほかの大地はどうしたって?そんなの、全部消しちゃったよ。
 あとはこの荒野だけで、その真ん中に、ちょうど僕が落ちてきたところに、君がいた。
 だから、かな。
 名前も知らない、喋ることもできないちっぽけな君だけれど、僕は君をとても美しいと思うよ。

 その時、バツンと音がして遠くの方の大地が消えた。

 僕はこの荒野も消すだろう。
 だけれど、君だけは残してあげようと思う。
 君とその周りのかすかな地面だけは残して、その部分だけを照らす赤い太陽も残して、あとは全て消してしまおう。
 …………ふふ、全て、だよ。

 少年は立ち上がった。
 その瞬間に、バツン、バツンと大きな音と共に大地が削られはじめてゆく。
 花は風に吹かれて、静かに揺れた。
「結局、君は最後まで何も話さないんだね。だけれど、まぁ、いいや。君はひとりぼっちになってしまうけれど、本当は違うということを忘れないで。君の体の中には、確かにこの世界の存在があること。君を照らす太陽がいること。君を育む雨と大地があること。君を見る度に微笑んだ人々がいること。そして………」
 少年は口を噤む。そうして少し考えてから、やがてはにかむように笑った。
「僕はそろそろいかないと。消える前に、大地によって地に落とされるのはごめんだからね」
 少年はそうにこやかに笑っていって、少年の体は消えはじめる。
「そうそう、僕、実は君の名前知っていたよ。とてもいい名前だと思う。でも、僕も名乗ってなかったね。僕の名前はブローカー。全てを壊すために生まれた、ブローカー」
 少年の下半身が消えた。どんどんどんどん、決してゆっくりとはしていないスピードで、少年の体は消えていった。
 最後には瞳だけになって、少年は忘れた口で何かをいった。
 小さく呟いた声は、ちっぽけな花に届くことはなかった。
 だから、そのまま消えてしまうこともなかった。
 言葉は宙を舞い続け、全てが消えた後に、少年の存在すらも消滅した後に、ちっぽけな花へと舞い降りた。

 君はひとりぼっちではないということを、決して忘れないで。
 太陽があること、大地があること、雨があること、人々がいること、そして………

 君の中には、君だけを壊せなかった僕という存在がいることを。

- end -

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というわけで第三弾。少し短めですが。
相変わらず更新遅いなー私。まぁ、気にしないでくれるとありがたいです。笑
荒野というわけで、少し変わったお話をかいてみました。
世界を壊すことしかできない少年と、荒野に咲いた一輪の花のお話。
花もいつかはかれてしまうけれど、種があって、太陽があって、風があって、雨があって、空気があれば、きっと永遠に咲き続けるのでしょう。
同じ場所で。
何となく切な目を目指してみましたが、いかがでしたでしょうか。
存在を消すことへの恐怖。
私たちが普段出来る“消す”事の意味がいかに無意味に等しいかを感じて頂ければ幸いです。

Harasu Uun