行き先



行き先

 電車が揺れている。私以外誰もいない車両。深い色の座席に一人腰かけながら、外を見ている。白い吊皮はゆらゆらと揺れ、はがれかけた車内広告が効きすぎの冷房ではたはたと音を立てる。夏の、電車。
 規則正しい音は、いつも私を正気にさせた。現実と空想をつなぎとめる。私が決して「そちら」側へ行かぬようにと、音とリズムでつなぎとめる。効きすぎの冷房もはたはたとなるリズムももはや何も感じないほどに「そちら」へ向かっている私を、そのギリギリのところで押しとどめている。
 現実と「そちら」の違いはいたって簡単だ。「持っている」か、否か。持っていれば現実で生きてゆけ、いなければ「そちら」に流される。それは自身が望んだことではない。苦渋に満ちた顔で「そちら」の世界を歩く人を、私は何人も知っている。けれどほとんどの人が、自分がもはや「そちら」の人間であることを知らない。気づくことさえない。ただ、いつもどおりに生きていると思っている。
 私はどうなのだろうか、と思う。「そちら」へ行きかけているからには、確かに私も「なくしている」のだろうとは思う。けれど、それが何なのか、もう思い出せない。幼いころは誰もが現実を生きていて、けれど大人になると多くの人が「そちら」へ向かう。まるで導かれてるみたいだ、思って、確かにその通りなのだろうと思う。
 ふ、と開いた掌には、手にしていた何かがすっかり消え失せていた。それが何だったのか、やはり私は思い出せない。外に映る景色はただひたすら似たような様相を映し続け、効きすぎた冷房は変わらず車内を冷やしていた。はがれかけたポスターがはたはたと無意味に音を立てている。規則正しいリズムは、もうつなぎとめておくことを諦めたようでもあって。
 むしろ「そちら」へ飛び込めたなら、どんなに楽なのだろうかと思う。ギリギリの精神で片足だけ現実に残して、苦しい思いをすることはないんじゃないかと。けれど私は現実に生きることを諦められない。つなぎとめていたのは明らかに自分自身で、つなぎとめられていたのも自分自身。喜んで「そちら」へ向かった人だって大勢いるのに、なぜこんな思いをして私は現実に生きようとする?
 ああ、そうか。不意に悟る。結局は生きていたいからだ。「人間」として、誇りを持って意志を持って決意を持って夢を持って、生きていたいからだ。だから私はまだ「そちら」へはゆけない。
 思ってくすりと微笑んだ。電車が揺れる。

- end -

2009/05/17

所属同盟で千文字小説が流行った時に便乗して書いたもの。
ちゃんとまとめたら上げようと思っていたのですが、ストックがないので苦し紛れの更新……orz
母殿に一読してもらい、色々と指摘された箇所がなおされていないのですが、正直どこをどうまとめなおせばいいのか分からなくなってしまった作品でもあります。
主人公の言う「そちら」が一体何を指すのか、考えていただけたら幸いです。

電車に乗って、さて、あなたは「そちら」へ行きますか?

Harasu Uun