海風が頬を撫でた。太陽は既に帰宅済み、真っ黒な空には、鉛筆で穴をあけたような歪な月が浮かんでいた。
火のない蝋燭を眺めていた。否、星のない夜に視界が利かず、本当は何も眺めてなんていない。ただ、持っている蝋燭の灯がいつの間にか消えてしまった事に気づかぬふりをして、ぼんやりと火があった場所を見つめているだけ。
夜の海は冷たい。
それは寒いというよりも冷たいと言った方が正しいだろう。身体も心も冷えていく。冷気にからめ捕られ、どんどん体温を奪われていく。この感じは寒いでは表現できない。
この海の向こうには、何があるのだろうと考える。何もないのかもしれないし、何かがあるのかもしれない。それはわからなかった。
「ばかだねぇ」
隣の凛がそう呟いたものだから、僕は首だけそちらに向ける。あるのは闇だけ。
「ばかだねぇ」
凛はもう一度、しみじみと言った。なぜそう言うのかわからない。僕が黙りこくっていると、やがて隣に灯りがともった。
「何があろうとなかろうと、君がここにいることは変わらないだろうに」
凛の手には火の灯った蝋燭。ゆらゆら揺れる炎を見つめながら、凛は首をあげた。
彼の頭についていたヘッドフォンが、居心地悪そうに後ろに下がる。そこから微かにやわらかなクラシックが流れていて、僕はどうしたらいいのかわからなくなる。
「どうせここから逃げ出すことなんてかなわず、ここで生きていくしかないんだよ」
僕に言ったようでもあるし、自分に言い聞かせたようでもあった。
まだ暗いままの僕に凛は蝋燭の火を向ける。暗いねぇ、と呟いた後、冷たい砂の上にそれを置いた。
海岸の砂は夜の冷気ですっかり冷たくなっている。凛が倒れないようしっかり燭台を埋め込んだのを見て、僕もそれに倣う。火が揺れる蝋燭の隣に、暗いままの蝋燭。
それから二人で黙って夜空を見上げた。星は輝くことをせず、月は変わらず歪なまま。
凛のヘッドフォンから流れるクラシックは止まることなく、僕はそれに身を委ねる。やわらかな旋律と海の冷気に包まれて、このまま溶けてしまいそう、な、
「でも、生きていけるんだねぇ」
凛を見た。彼も僕を見ている。
「君と、生きていけるんだねぇ」
へにゃ、とふやけた笑みを浮かべ、僕を見つめたままの凛。僕はどうしたらいいのかわからなくて、すぐに彼から視線を逸らした。
凛は置いておいたマグカップを手にとって、中にさらさらと冷たい砂を詰め込んだ。いっぱいになったそれに燭台から蝋燭を抜き取って、ぷすりと刺す。
「君と、生きていきたいねぇ」
蝋燭が刺さったままのマグカップを胸元に持ってきて、凛はそう言う。まるでバースデーみたいだ、笑った顔は変わらずふやけたままで。
答えを待つ凛の傍らで、僕は泣きそうな顔のまま、火がともることのない蝋燭を見つめていた。
- end -
2010/09/28
個人的にやってみた三題噺。お題は「ろうそく」「マグカップ」「ヘッドフォン」
意外と日常的なものばっかり揃ってしまい、逆に四苦八苦。
蝋燭とヘッドフォンってどう組み合わせろと?
なかなか長編系が進まないので、SSで息抜きしてます。
オフでもやってみたら意外と面白かったので、今後も三題噺系統でSSは定期的に書こうかな。
でもとりあえず、執筆途中の投稿用作品をそろそろ仕上げたい←
(しかしその前に課題が残ってるんだ……!)
Harasu Uun