自殺志願者



自殺志願者

 白い空間が目に痛い。浮遊感の次に落下感。ギャップを感じる。
 何も感じない僕だけの世界の中で、ただ漂うのは快感だった。
 ゆっくりと浮いたり、沈んだり。
 不規則な動きを見せるそれは遊園地のアトラクションより面白い。けれど、誰もわかってはくれないんだ。
 けれどどうでもよかった。僕の世界は僕だけのもの。僕の快感は僕だけのもの。
 それでよかった。
 ゆっくりとした動きを見せながら、徐々に徐々に身体が浮き始めているのを感じる。
 ああ、そろそろだ。
 思って、目をつぶる。
 白い世界は色を変えて僕の周りを回りだす。気持ちが悪い。
 段々と世界は色を戻し始めた。僕だけの世界は崩壊を迎える。
 あと少し、あと少し。
 覚悟を決めて息を潜めた瞬間

「キイト!」

 声が聞こえて世界は瞬く間に消え去った。ゆっくりと目を開くと見えたのは輝く金髪。
「なんだよ」
 震える声で問いかけた。何も感じない。

 戻ってきてしまった

「なんでまたこんなことして!」
 金髪の持ち主は僕の上からどこうとせず、綺麗な蒼い瞳に涙を溜めて叫び散らした。耳鳴りが酷い。
 僕は横に転がった薬ビンを盗み見た。茶色いそのビンは中身を隠すように。
「別に」
 彼女は僕の考えを理解しようとしていない。一度説得を試みたが、はじめた瞬間に無理だと悟った。
 それ以来、彼女に見つからないように薬を飲んでは、目覚めた後に怒られているのだけれど。
「別に、じゃないよ! いつもいつもこんなことして、私がどれだけしんぱいしてるとおもうの!」
 そんなの勝手だろ、と口の中で呟いた。言葉は彼女に届かなかったようで、僕は彼女をどかしてゆっくりと起き上がる。
 軽く眩暈がしたが、そんなことは気にならなかった。
 呆然とする彼女をほったらかして、隣にあったビンを拾う。
「もうほっといてくれよ」
 ほっといているのは僕なのに、僕は彼女にそういった。

 いつもと同じ声色で。彼女もまた、いつもと同じ顔色で。

「……わかったわよ。どうせ私のことなんか嫌いになっちゃったんでしょう! もうしらない!」
 彼女はいつもと同じ言葉を吐き捨てると、ベッド横に置いてあったコートと鞄を持って出て行った。
 静寂が走る。
 仮面がはがれるのはそろそろだ。
 僕はベッドに思い切りダイブした。布団をかぶって、枕に顔を押し付ける。

 眠れ、眠ってしまえ

 次第に僕の中の“それ”はうごめき始める。持っていたビンを強く握り締めた。
 思考がのっとられる。暗転、暗転。



“まだ 勝手に 死のうと すんじゃ ねぇ”



 ゆっくりと別の意識が覚醒される。
 違う世界。違う視界。だからいやなんだ。幸いなのは今僕は独りだということ。
「ああ、さっさと引っ込めよ」
 僕の口から勝手に言葉が出る。すごい圧力が思考にのしかかり、段々と追いやられていく感覚。
 勝手に手が動いて、ぼさぼさの髪をかきあげた。
「あー、そうそう、おとなしく寝てな」
 “僕”ではない僕は勝手に話す。再び始まる“異常”なもう一つの日常。
 消えゆく思考の中に浮かび上がる。白抜きの文字。黒い背景。





 ああ、だから早く死んでしまいたかったんだ。






 暗転に暗転を重ねた深い闇。ぼんやりとしたその闇の中で、僕は静かに眠りに付いた。

- end -

2006/09/26

「殺人志願」と対極にある小説です。
二重人格者……を知っていますか?最近、「24人のビリー・ミリガン」を見つけて(呼んだわけじゃない)、何となく書きたくなりました。
あまりの苦悩に大量の薬を飲んで自殺を図る主人公。
そんな主人公を見守る彼女。
主人公の中に眠る恐ろしい人格。
様々な複雑な心境が絡み合っていたらいいなみたいな笑
というか、最初のフレーズが書きたかっただけ…

殺人志願」もあわせてご覧下さい。

Harasu Uun