<<あなたは、世界で一人だけになりたいと願いますか??>>




 何の不思議もなかった。
 気が付いたらそこにいて、ほかに誰もいなかった。
 ただそこに立っていたのは君と、君を守る植物だけだった。
 街は廃れ、山は崩れ、海は赤かった。
 悲しいと思うかい??
 寂しいと思うかい??
 ただ一人何もないこの世界に、君は残されたいと願うかい??
 話すこともできず、またそれをする相手もいなく。
 感情すら持っていない。
 悲しいのか、
 寂しいのか、
 嬉しいのか、
 楽しいのか。
 君にとっては全てが同等のものだった。
 この世に生を受けてから、覚えたことは食べることと寝ること。
 お腹が奇妙な感覚になったら柔らかい草の生える丘までのぼり、雑草をむさぼるように食べた。
 頭がだんだんぼーっとして瞼が重たくなったら、廃れた街の壊れたビルに入り、流れに任せるようにして横になる。
 君にとっては何の変哲もない、ただ流れる時。
 その名称すらも知らなくて、もちろんなぜ生きているのかも知らなくて。
 ただ普通の日々。
 だけど異常な日々。
 そこに君は、いる。

 僕は見ることができなかったけれど、核シェルターの真っ暗な部屋で見た生まれて間もない君は、僕達を残して生きている。

君が見た夕日

0.プロローグ


 世界で核戦争が起きた。
 僕の国は女子供抜かずに兵役の義務が課せられた。
 生まれたての子供は、みんな捨てた。
 核シェルターに入ることは許されず、戦争の始まる1カ月も前から国中の核シェルターが封鎖された。
 はじめは、なんでこんなこと、って思ってた。
 でも今になってみると、それが世界中を賭けた馬鹿なギャンブルだったんだって、本当に思う。
 世界のほかの国は、僕の国と隣の国とで核戦争が起きそうだって、テレビで何度も流していた。
 おきそうなんじゃない。
 もう起きるんだって、僕らはみんないっていたけど。
 世界各地で数々の核シェルターが作られはじめた。
 もちろん、そな戦争が起きるって信じない国もいた。
 前のロシアとアメリカの冷戦のように、威嚇しあうだけで終わるって。
 だけど、どの準備よりも早く戦争は始まった。
 僕は少し大きい軍服を着て、最新型の銃を持ち、御国のためと戦場に出た。
 僕の父さんは軍人で、以前あった内戦に出兵して、戦死した。
 母さんは国家の反乱軍に、軍人の妻という理由だけで殺された。
 奇麗な人だったから、何度もいろんな男に犯されて、殴られて、最後には貧しい人たちの食料にさえなって死んだ。
 だから、僕の家族は妹と僕と、二人だけだった。
 小さな妹は僕の手を握り、まずい食事でも我慢をし、そして黙って戦場まできた。
 とうとう、この日がきたんだ。
 妹の誕生日が、戦争開始の日と重なった。
 妹は何もいわず、僕のプレゼントも受け取らず、気持ちだけでうれしいといった。
 そして代わりにお金を持ってきて、
「ずっと黙っていたんだけど、私がずっと稼いできたお金。何かに使ってよ」
 彼女はもう二十歳になっていた。
 軍服に身を包んだ彼女の腹は、小さい頃から変わらずぼこりと膨らんでいた。
 彼女は僕以上の栄養失調で、それでもと戦場に赴いたのだ。
 戦争が始まった。
 まず敵軍が僕らの頭上に何かを落としてきた。
 それが何か知っている僕らは、すぐに足下の小さな核シェルターに二人一組で潜り込む。
 そして頑丈な扉を閉め、頭上で核が爆発するのが分かった。
 おさまり出した頃にシェルターから出ようとする僕の手を、妹はつかんだ。
「待って」
 苦しそうに顔を歪め、とても体調が悪そうだった。
 彼女はいう。
 私はもう少ししてからいくわ。二次群として、と。
 僕はそれに納得できなかったのだが、うなずくしかなかった。
 シェルターの扉を開け、また閉め、核発射の合図を待つ。
 やがて号令がかかり、僕らは一斉に手もとのスイッチを押した。
 そしてすぐさま、二次群と交代するためにシェルター内に潜り込もうと扉を開けた。
 見たものは悲惨だった。
 中で待っているはずの彼女は血まみれで、かわりに真っ白な生まれたての赤ん坊がいた。
 その時気が付く。
 ああ、あのお金は、彼女が自分の身を犠牲にして得たものなんだな、って。
 黙って赤ん坊を見た。
そして、僕は中に入ることなく再び扉を閉めた。
 二次群として発射台に立つ。
 敵国側から核が発射された。
 みんながシェルターに入る前に、核は爆発する。
 司令官が慌てて発射の号令をかけ、何も知らない二次群がシェルターの扉を一斉に開けた。
 そして、皆死んだ。
 発射台にいた半数の兵士が、発射スイッチを押してから死んだ。
消したと思ったところから核が飛んできたので、相手側もきっと同じだろう。
 死ぬ前に一瞬世界が明るくなって、黙々と立ち上るキノコ雲を眺めた。
 シェルターの中は大丈夫だろうか。
 あの赤ん坊は平気だろうか。
 何もできないまま、死ぬのだろうか。
 ……もし奇跡が起こって、彼女が歩けるまでに成長したとしたら、きっと中の食料を見つけて食べるだろう。
 あの中には、長期戦に備えて大量の乾パンやら水やらが入っているはずだから。


 世界は滅した。
 人間が世界を支配する時代は、終えた。
 シェルターづくりに間に合わなかった国、戦争が始まったことが知らなかった国、様々な国が発達したどこまでも広がる放射線にやられ、十数年のうちに絶滅した。
 動物は死に、生物は放射能を浴び、汚染された植物のみになった。

 生きていた人は分かっただろうか。

 あの日、世界に黒い雨が降ったんだ。

 生きている君は知っているだろうか。

 あの幼い君が、今の君につながっていることを。




1.君


 風がざわざわと吹いた。
 伸びっぱなしの灰色の髪は、それに揺られてバサバサと舞った。
 虫すらも生息しないこの地で、ただ何をするわけでもなくたっていた。
 生きるものがいない。
 あるのは風と、植物と、自分だけ。
 太陽さえも、なかなか姿を見せなくなった。
 最も、関係ないことだけれど。
 君のお腹は奇妙な風に鳴って、殴られたような変な感覚が襲った。
 それまで立っていたビルの屋上から飛び下り、切れた電線を伝って地上に降り立った。
 ここは相変わらず死臭が充満している。
 粉々に砕けた骨と、道路に染み付いた血。
 いくつもの影が残った街は、君にとって意味を持たないものだった。
 ガラスを踏んづけながら裸足で歩き出す。
 しばらくいくと何もないところに出て、冷たい地面に足をつける。
 そこも、特に感触がないように歩いていく。
 それがずっと続いた。
 君は時間というものをあまり感じないから、どれくらい経ったかなんて定かではないけれど。
 時計も皆、あの日、二つの核爆弾がほぼ同時に爆発したときでとまっている。
 だいたい君は時計の読み方なんて知らないし、その存在すら知らない。
 死人のようにふらふらと歩いて、でも君にとってそれは至極当たり前のことだった。
 不安に思うこともなく、苦しいと感じることもない。
 ただ当たり前だった。
 だけど当たり前ということさえも知らないから、それは当たり前でもなかった。
 途中に黒い布切れや、大きな穴があいたところを通り過ぎたが、君は気付かなかったように歩いていく。
 君がつけているくすんだ青の服は、あの日遅れた爆弾を送った兵の軍服と同じだ。
 まぁ、それも原形をとどめないほどに破れ、色がにじみまくっているのだが。
 君は黙々と歩き続けた。
 言葉を発することも知らなかったから、黙っていて当然なのだけど。
 数時間歩くと、ところどころに木が見えるところにやってきた。
 以前ここには森でもあったのだろう。
 だがその大半の木は折れ、枯れ、そして残っている木も全て葉がなかった。
 全ての葉が落ち、土にかえることなく無造作に広がっている。
 その葉色は黒ずんだ白色で、決して緑ではなかった。
 君とってこの世界は色のなく、音のない世界だった。
 また光が出る時間も短く、そのすべてが暗黒だった。
 見える色は黒か、白か、赤だけだった。
 全てがその三色で構成され、それらが変化することもなかった。
 君は立ち尽くしていた。
 何も考えず、真っ白な頭の中で、言葉すらも浮かべず。
 本能のままに、立ち尽くした。
 この先はいってはいけない。
 進んではいけない。
 ただ、何となくそう感じたんだろう。


 君はうめくことも、何もしなかった。
 ゆっくりと振り返り、今きた道を戻りはじめる。
 そしてしばらく歩くとまた立ち止まり、気が見えるよう、振り返った。
 するとどうだろう。
 先ほど君が立っていた場所のすぐ近くで、巨大な音とともに爆発がおこった。
 きっと、戦争で使われたが爆発しなかった、いわゆる不発弾が何らかの衝撃で爆発したのだろう。
 爆発とともに、転がっていた黒いいくつかの布切れが完全に消え去った。
 そして、地面にまた赤い模様ができる。
 こうして何度も何度も古い爆弾が爆発すると、その度に地面に赤い模様ができる。
 君は黙ってそれを見届けて、立ち上る煙なんか気にも止めないで進んでいく。
 森のようなところに入ってからも、時々それは続いた。
 その度に君は立ち止まり、少しだけ戻って振り返り、まだ熱を帯びている地面を踏んづけながら進んでいく。
 やがてかたい君の足の裏はうっすらと赤いまだら模様を帯びた。
 やけどしてるんだ。だけど君はそれすらも知らない。
 ただちくちくとするだけで、それをどうするのかも、どうなっているのかも知らない。
 ただ進み続ける。
 森のようなところを抜け、再び荒れた地に来てもかわらない。
 ずっとずっと、その繰り返し。
 やがて、また街にきた。
 相変わらず高いビル群に死人の臭い。
 君は街の入り口で一瞬立ち止まり、悪寒が背中を走った。
 白いもやもやとしたものが君を取り巻いている。
 きっと、街で死んだ人々の霊なんだろう。
 白いものは君をじっと見つめ、何体かがその中に入り込んだ。
 君の体が一瞬ぴくりと震えた。
 そしてうつむくと、ゆっくりと街に足を踏み入れた。




2.街


 街は、活気で溢れていた。
 白い人々が大きな鞄を抱え、壊れていないビルの中をあちこちに行き交う。
 幼い子供を連れた夫婦が、君の横を通り過ぎた。
 君はふ、と振り返り、そして悲しそうにそれを見つめた。
 男の方が連れていた女の子を肩車し、デパートと思われるビルの中に消えていった。
 男と一緒に歩いていた女が、一瞬君を見つめる。
 そして嘲笑すると、何事もなかったようにビルに消えた。
 再び歩き出した。
 大きな交差点にくる。
 一角にある巨大なビルでは、大きなテレビジョンで戦争の様子を報告している。
 背広を着た老いた男がぼやけた顔で口を動かす。
 それは君にとって滑稽な光景だった。
 一瞬笑おうと口を歪ませるが、それすらも君はできなかった。
 交差点では車が行き交い、信号が変わると人で混雑する。
 赤、黄色、青、また赤。
 次々とかわる信号を見つめて、君は足を踏み出す。
 車が君のとなりにきた。
 反対側からは、君に向かってくる。
 でも車は君をすり抜けて、どんどんと進んでいく。
 …やがて、君は交差点のど真ん中で止まった。
 色のない世界で、ただ一つある色。
 時間を止められた世界で、ただ一つ進み行く時。
 それは君だった。
 取り残された世界で、君は何を感じたんだろう。
 ぐるぐると世界は回っていた。
 君を中心として、進みながら。
 君は交差点の真ん中で、その世界の真ん中で、何を考えることもできず、話すこともできず、感覚もなく、全てを失ったままだった。
 白い人が、君の中からすぅと出ていった。
 瞬間君はがくりと倒れ、その場で横たわる。
 次々と出てゆく人の中に、先ほど通り過ぎた若い夫婦と子供がいた。
 女はまた、君に向かって嘲笑する。
 そして音のない音で呟いた。

「ごめんね、あなたを育ててあげられなくて」

 世界に色が戻る。
 止まっていた時間は進み出し、君は世界の中心でも、何でもなくなった。
 ゆっくりと起き上がって、すっかりもとの姿に戻った町を見て、君は走り出した。
 風を切って走り出し、倒れたビルを次々と飛び移り、切れた電線をロープのように扱い、白い人のすっかりいなくなった街を走る。
 そして街を出た。
 息を切らして君はその場に倒れ込んだ。
 とにかく空腹を覚えていた。
 目を閉じて、暮れていく太陽の光を遮って、そして先ほどの光景が移った。
 ゆらり、ゆらりと近付いてくる人々。
 その中にあの女を見つけて、君は手を伸ばした。
あと少しで手が届くという時に、白い人々は消えた。
 行く先を失った手は空を掴む。
 君は目を開けた。
 こんなところで寝ている場合ではない。
 お腹はまた、奇妙な風に鳴り出していた。
 君は立ち上がろうとし、大きな服を踏んづけて転びそうになった。
 よろよろと立ち上がると、太陽は既に落ちて、真っ暗になっていた。
 前を見ると、相変わらず何もない荒野。
 赤い地面に足をつけ、しっかりと立ち、死人のように歩き出す。
 歩き出す。

一人、白い人が、君の後ろを見えなくなるまで見つめ続け、疲れるまで手を降り続けていたのを。

君は、知っているだろうか。




3.写真


 荒野をしばらく行くと、ところどころに雑草の生えた丘のようなところに来た。
 君は雑草を踏まないようにして歩き、進んで行く。
 以前ここにきたとき、誤って草を踏んでしまったことがあった。
 その時は何も知らなくて、適当に歩いていたら踏んでしまった。
 そうしたら草から白い粉がばぁ、と舞い、君を包み込んだ。
 君は慌てることもなく流れに任せていたけれど、白い粉は君の体のあらゆる部分に付着し、やがてそこは赤い斑点で埋め尽くされた。
 焼けるような痛みと、だけどそれも分からない君はただうめくしかなくて、でもうめくこともできなくて。
 とりあえずしばらくいったところにある川の水で体を洗い流したら、赤い斑点も焼けるような痛みもだんだんとおさまってきたので、君はその日一晩中川の中で横たわっていた。
 だから、君は今この草を踏もうとはしない。
 またあんなことにはなりたくないから。
 少しだけ学習できるようになった脳。
 少しだけ人間味を帯びてきた脳。
 だけど、少しも変わらない君の生活。
 君は草を踏まないよう細心の注意を払いながら、やがて“安全地帯”まできた。
 この“安全地帯”ではいくら雑草を踏んづけても白い粉は舞い上がらず、君は自由に飛び跳ねて、走り回って、横になることができた。
 君はその草を少しだけむしり取ると、はむ、と口の中に入れた。
 赤い土がついたままの根っこも、構わずに食べる。
 そして座り込んで周りの草をむしゃむしゃとしながら、君は初めて見た光景を思い出すだろう。
 考えることのできない脳で、また昔のようにおいしいものを食べたいと感じるのだろう。
 真っ暗な核シェルターの中で、初めて見たものは錆び付いた赤だった。
 ひどい死臭に目から涙が流れ続け、叫び続け、そしてそれも止まった。
 あの時あんなにも叫び続け、あんなにも死臭を嗅ぎ続けなかったら。
 君は少しくらい、話せる様になっていたかもしれない。

 でもそれは、昔のこと。

 今の君は話すこともせず、泣くこともせず、ただむしゃむしゃと草を頬張っている。
 君にとってはそれが日常で、君にとってはそれが全てだった。
 やがて君の回りに赤い土が見え始めると、君は場所を移動してお腹がいっぱいになるまで草を食べる。
 そしてまた赤い土が見えると、また立ち上がり、少し歩き、ふかふかの柔らかい草を見つけるとそれを食べる。
 君にとってはそれらが全て繰り返しだった。
 少ししたらお腹は奇妙な風に詰まり、それで君は食べるのをやめる。
 近くの川まで行き(以前白い粉がついた時に一晩中浸かっていた川だ)、少しの濁りも見せないその川の水を飲む。
 ごくんとのどを震わせて、冷たい水が君ののどを通った。
 川に顔ごと突っ込む姿勢で水を飲んでいた君は、水をたらふく飲んだ後、ゆっくりと顔を上げた。
 灰色の長く伸びた髪が水で湿り、川の中に“フケ”が落ちた。
 川に映る自分の姿を見て、君は何も思わずにうなずく。
 そろそろ瞼が急激に重くなってきたので、君は横になるために暖かい場所を探しに立ち上がる。
 そうして、体につけていた青い軍服から何かが落ちたのに気が付いた。
 写真だった。
 先ほどの街で見たきれいな女と、女と一緒に歩いていた男。
 その二人が、君に向かって優しく笑いかけていた。
 写真は君の見たことのない色を持っていて、こことは別世界のように見えた。
「ぁ…………ぁ…………」
 何を思ったのだろう。
 君は急にうめき声をあげると、女をつかもうと写真をたたいた。
 だけど写真の中の女が出てくるはずもなく、またそれを君が捕まえることもできず。
 それを知らない君は、ただただ女をつかもうと必死だった。
 女は笑ったままで、男も笑ったままで。
 幸せそうに見える二人は、かなりやつれていた。
 ……君は、胸に急な痛みを感じた。
 詰まるような痛み、押し固められたような痛み。
 目頭がかーっと熱くなって、それでも何も起きなかった。
 瞬間的に胸を押さえたが、痛みはとまらない。
 前みたいにおさまらないかと水に浸かってみても、痛みはとまらない。
 と、その時。
 手にしたままの写真が、すぅーと水に流されてしまった。
 あまりの胸の痛みに動くことができない君は、ただ写真をつかもうと手を伸ばす。
 のびきった手はばしゃばしゃとはねる水を掴むだけで、写真はつかめない。
 そして、写真は君からどんどんと離れていった。
 君は力つきて手をおろす。
 濡れた服は重く、胸の痛みはおさまっていた。
 君は川から出た。
 流されていた灰色の髪がゆっくりと上に引っ張られ、君はそれを無造作に引っ張った。
 赤い地面に、数滴水が落ちる。
 君はそれを見て、ゆっくりしゃがみ込んだ。
 赤い地面に落ちたままの水を見つめる。
 そしてそれが地面に吸い込まれる前に、君は顔を近付けて、その雫を下でなめとった。
 若干土の味がしたが、君は気にしないでそれを飲み込む。
 そして、ゆっくり息を吐くと歩き出した。




4.足跡


 歩き続けると、丘の上まできた。
 そこは以前戦争が起きていた場所だった。
 丘の下には核シェルターがいくつもあり、その中の一つで君は生まれた。
 ここには死臭すら漂わない。
 ただたくさんの兵の影が、地面にこびり付いて離れないだけ。
 君は丘の上に座った。
 この丘は、ちょうど核兵器の発射台があったところだ。
 その発射台すらも、今は核によってなくなってしまったけれど。
 君はここが好きだった。
 好きという感情はないものの、ここにくるとずっとこのままでいたいと思った。
 君はこの丘のちょうど真下にあるシェルターの中で育った。
 物心付いた時には誰もいなく、死臭が充満していて、たまたま頭上から垂れる雫を飲んで生き延びてきた。
 だんだんと歩けるようになると、まずシェルターの中を物色した。
 初めて食べたものは乾パンだった。
 シェルターの奥にある、頑丈そうな扉の中から出てきたのだ。
 君はすごく空腹だったから、かぶりつくようにそれを食べた。
 誰も君を探しにはこなかった。
 扉はいつでも開くのに、君はずっとシェルターの中にい続けようとした。
 隣には真っ赤に汚れた女だけ。
 そうして君は育ってきた。
 やがて食べるものがなくなると、君はとうとう扉を開いた。
 初めて見る外の景色は、暗闇になれた君の目には刺激が強すぎた。
 そして初めて見る夕日は、とても幻想的なものだった。
 君は今みたいに丘に登り、そして草を食べてみた。
 それがとてもおいしかったので、以来この丘の草は君の食料になっている。
 この丘は、君の母ともいえるものだった。
 この丘の中で君は育ち、この丘のおかげで君は生きて来れた。
 陽が昇る。
 瞼は重かったけれど、君は初めて流れに逆らい、ずっと目を開けていた。
 光が君の眼球を刺激し、それでも君は目を閉じなかった。
 太陽は急速に昇り、やがて空の頂上までのぼった。
 それでも君は目を閉じなかった。
 まばたきすらもしなかった。
 だんだん瞳が乾いていたくなってきたが、それでもかまわなかった。
 夕日が現れるまで、君はずっとそこに座っていた。
 やがて、日が暮れはじめる。
 途中途中で傍の草を食べながら、君はゆっくりと落ちる太陽を見つめる。
 君の後ろに影ができた。
 君は後ろを振り返り、黒く自分をかたどった何かを見て目を丸くする。
 そして影をこつんとたたくと、顔を歪ませるようにして微笑んだ。
 しばらくの間自分の影とにらめっこをしていると、不意にその隣にもう一つ、影があるのに気が付いた。
 自分の影よりも数倍は長く、細い影だった。
 君は顔を隣に向ける。
 君が草を食べたことで赤土が見えた地面の上には、誰もいない。
 しばらくの間君は呆然としていたが、太陽が完全に落ちる直前に、土を触り出した。
 ゆっくりと土を触って、その感触を確かめていく。
 ………少しだけ、ぼこりとへこんだ部分があった。
 影はちょうどその根元からできている。
 君は、そのへこみに手のひらを当ててみた。
 少したてに細長く、指先の方は固まって丸みを帯びている。
 次に、右足をのせてみた。
 形は似ているが、向きが違った。
 なので、その隣のへこみに足をのせてみる。
 ぴたりとはまった。
 それを見た君は、へこみから足をずらした。
 そして思いきりジャンプし、地面に同じへこみができたのを見た。
 それらは足跡だった。
 長くのびた君の影は、もう消えていた。
 だけど足跡からできた長い影は、そのまま地面に張り付いて、動こうとしない。
 また、胸が苦しくなった。
 目頭が同じように熱くなり、君はその場にうずくまる。
 地面に付いた大きな足跡は、君を慰めてはくれない。
 真っ暗な夜空に少しだけ光の点が見え始め、少しずつ風がおさまってくる。
 だけど、足跡はかわらない。
 ただ君のそばにいて、君を慰めることも、君を励ますことも、君に言葉を教えることもなかったけれど。


 ふいに、目から何かがこぼれ落ちた。
 それは君の隣の足跡に落ち、地面に吸い込まれた。
 涙だった。
 次々と流れ出る涙は、足跡の上に落ち、消えていく。
 灰色の髪は君の背中で少しだけ揺れて、君は足跡を見つめた。
 ぽつん。
 もう一滴雫が目からこぼれ落ち、君はそれが消える前に、足跡に顔を近付けて下でなめとった。
 今度は土の味と一緒に、少し塩っぽい味もした。
 君はかまわずそれを飲み込むと、また、涙が目から流れ出た。
 君はそれを繰り返す。
 何度も何度も、土にキスをし、雫を飲み込み、涙がかれるまで。
 朝がきて、太陽が昇っても君はそれを繰り返すだろう。
 再び夜がきて、また朝がきても。
 涙は止めどなく流れ続けるのだろう。
 君を育てたこの丘の上で。

さっきの夕日は、君が見た最後の夕日だ。

次の朝、足跡にキスをした格好のまま、固まって動かなくなった君がいたんだ。





5.エピローグ


 白骨になった君は、初めて僕を見た。
 ただよいながら白い人となって、僕の隣に座っていた。
 顔を上げてごらん。
 僕がそういうと、君はゆっくりと顔を上げた。
 僕らの回りには、白い花で埋め尽くされていた。
 その中でいっそう白い君は、僕をきょとんとした風に見つめる。
 君を育ててあげられなくてごめんね。
 君を残して死んでしまってごめんね。
 涙を流す僕に、君はそっと近付いた。
 そしてさっきみたいに舌を少し出すと、頬に流れる僕の涙をなめとった。
 慰めてくれるのかい?
 君には言葉なんて分からないのに。
 君はもう死んでしまったんだ。
 僕と同じ、もう過去の人物なんだ。
 世界はこれからも時を進める。
 君や、僕や、彼等を残して。
 世界は流れ続ける。
 君が以前、そうだったように。
「ごめんね、育ててあげられなくて」
 ほうら、君のお母さんだ。
 君は驚いた顔をするけど、僕達はうれしいんだよ。
 そして、悲しいんだよ。
 君のお母さんは、写真の人と同じだろう?
 僕達は君に会えてうれしい。
 だけどね、僕達は君にとっての過去の人物。
 君は僕達にとっての未来の人物。
 同じなのは、色が抜けたことだけ。
 僕達のときはとまっている。
 君のときは、僕達より少し先でとまってしまった。
 ごめんね、ごめんね。


 せっかく心を持ったのに。
 せっかく悲しみを知ったのに。
 ごめんね、一人にして。
 僕は君の父親でも何でもないのだけれど、
 君のおじさんとして言うよ。


 生まれてきてくれて本当にうれしかったんだ。
 生きていて欲しかったんだ。
 君を一人にしてごめんよ。
 最初にも、最後にも抱いてあげられなくてごめんよ。
 君はきれいだった。
 君は、僕の妹くらいにきれいだった。
 きれいな命だった。
 それを守ってあげられなくてごめんね。
 だから、せめて。

 もう、一人にはしないから。

- end -

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久しぶりに書いたオリジナル短編。
何かもう何と言うか………(汗
自分たまにみんな消えちゃったらいいのになーとかヤバい思考に走ります。
で、もし生まれたときから一人きりだったらどうなってんだろ、ってことでこれを書いてみました。
いや、実際生まれたときから一人で生き延びれるはずありませんから(爆
最後の方文体めちゃくちゃですみません……。
これ、読者が主人公になれるようにあえて名前は出さないで、全て“僕”と“君”で構成されてます。

だからすごく書きづらかった………(汗
いや、実際にこういうことを体験したらどうなのよ!?ってことをみなさんにも感じてもらいたかったんで。
だから、あえて主人公の女の子も“君”っていってるわけですね。
でも別に本編は“僕”が語ってるわけじゃなくて、三人称なんですけどね。
しかもすげぇ分かりにくい終わり方………!
こんなのでどうしましょう!
はい、すみません。
軽く説明しますと、戦時中に生まれてしまった主人公が一定の年齢まで核シェルターの中で育ち、生きるために外界へ足を踏み入れました。
そしてなんとか生き延びましたが、あるとき丘の上で自分以外の人間が住んでいたことにようやく気付き、無性に悲しくなってそのまま死んでしまったってお話です。
エピローグ良く分からなくてすみませ……!
これでもない頭振り絞ってがんばったんです……(泣
そして微妙に短くてすみませ……!
た、短編だからそんなこと気にしないで下さい!!
ではでは、シリアスかつ実際にあったらかなり惨いお話につきあって下さりありがとうございましたー☆(そしてあとがきもよく分からぬまま逃(ぇ

Harasu Uun