ミチルが死んだ

 ミチルが死んだ。
 別に彼女とは特別仲が良かったわけでもないし、特別何かあったわけでもない。
 ただ、いつもクラスの中心で、裏のない笑顔を振りまいていた彼女が……死んだ。
 死因は自殺だと聞いた。それまで誰も気がつかなかったが、彼女は頻繁にリストカットをやっていたらしい。いつもリストバンドをしていたのはその所為か。クラスの女子が話しているのをぼんやりと聞いた。

 ミチルが死んだ。

 彼女と特に仲が良くて、私の幼馴染であったあの子が言った言葉が頭から離れなかった。
 別に何をしようとも思わない。葬式は同級生であった私も強制参加させられたが、クラス中が涙で濡れている中、不思議と私だけは泣いていなかった。

 ミチルが死んだ。

 鈴木ミチルという少女は、いつも笑顔でいたような気がする。運動は少し駄目だが成績が良く、容姿がかわいらしいのに裏を感じさせないものだから男女共に人気があった。
 クラスでなじめていない私にさえ声をかけてきたのだ、そのときの声は冷やかしでもなんでもなかったのが、私の中にひどく印象深く残っている。

 ミチルが死んだ。

 警察官が、クラス中に「彼女にかわったところは」と聞いて回っていた。けれど皆返事は同じだ。
「ミチルはいつも笑顔でいて、どんな子にも優しくて、誰からも好かれるような明るい子だった」と。
 警察官はまた、「いじめはなかったか」とも聞いた。やはり、皆返事は同じだった。
「このクラスでいじめらしきものは何もない、あったとしても、彼女は疎まれるような存在ではないし、ましてや誰かを傷つけるような性格でもない」と。

 ミチルが死んだ。

 ミチルと良くつるんでいた女子の一人に、「高橋さんって葬式で泣かなかったよね」といって殴られた。
 葬式で泣かなかったから悪いわけではない。私の場合はそれでも悲しみも何も沸かず、特に何も感じずに一つの存在の消滅を見送っているので、殴られても仕方がない気はしたが。
 校舎裏で殴られていると、あの子がたまたまやってきてとめてくれた。
 私を殴っていた少女が悲痛な瞳で私とあの子を交互に見比べ、微かな声で謝ったのを私は聞いた。

 ミチルが死んだ。

 彼女が消えてから、彼女という存在が消えてから、もう一ヶ月がたっている。
 クラスに変化はない。彼女が死んでから全体的に重い雰囲気が取れず、結局ずるずると……皆彼女のことを忘れられずに過ごしている。
 恐らく、私以外は。


 ミチルが死んだ。


 彼女が死んでから二ヶ月たったある日、あの子が死んだ。
 死因は自殺だった。遺書らしきものの中に、「ミチルを追い詰めたのは私かもしれない」と一言書き残して。
 教室の机の上に花瓶が一つ、増えた。


 ミチルが死んだ。


 後追い自殺というもので死んでいったあの子を追うように、クラスの女子が次々と自殺を図るようになった。
 いまやクラスに出席しているのは半分程度しかいない。他のものは皆、自殺に失敗して入院していたりする。
 教室の机の上に乗る花瓶は、気がついたら十を越えていた。


 ミチルが死んだ。


 今思い出せば、彼女が死んだ日、私は彼女と会い、話をしていた。
 約束をしていたわけではない。たまたま道端で会って、成り行きで公園で会話をしただけのこと。
 そのときの格好のまま、彼女はビルから飛び降りた。



 ミチルが死んだ。



 いつだったか、「鈴木さん」と呼んだ私を彼女は苦笑混じりに怒った。
「苗字呼びなんて、なんかよそよそしいよ。名前で呼んで、お願い」
 苦笑しながら言った彼女の声は、今思えば少し震えていたかもしれない。
 それ以来私は出来るだけ彼女のことをミチルと呼ぶようにした。彼女は誰かに名前を呼ばれるたびに、嬉しそうに笑顔になった。



 ミチルが死んだ。



 彼女が自殺する直前、私が彼女とどんなことを話したか、よく覚えていない。
 ただひどく印象深かったのが、目を伏せていつもなら着ないようなノースリーブの服を着て、おしゃれをして哀しそうに笑っていたこと。

 なんだろう、何かを忘れている気がする。
 何かを忘れている気がする。何かを忘れている気がする。何かを忘れている気がする。






 ミチルが死んだ。







 そうだ、あの日、私も自殺をしようと思っていたんだ。
 自殺をしようと思って、丁度良い高さのビルを見つけて、そこで彼女と会った。
 彼女はすでにフェンスを越えていて、私を見て一瞬驚いて、「死ぬの?」とただ一言だけ、呟いた。
 そうだ、あの日、私は彼女と会っていた。
 会って会話をしていたんだ、彼女と。
 彼女が自殺を図ろうとしていたことも、私は知っていた。その理由は分からなかったけれど。
 私が来たことによって自殺を中断された彼女は、苦笑しながらフェンスを乗り越えて私の元までやってきた。
 それから公園へ移動して、近くのお店でアイスクリームを買って、それを食べながら……









 それを食べながら、私はミチルに殺されたんだ。










 アレ? じゃぁ、私がクラスの女子に殴られたのは?
 私は確かに誰かに肩を掴まれた。
 私は確かに誰かに呼び止められ連れて行かれた。
 校舎裏の冷たい感触を覚えている。はっきりと。
 さび付いた匂い、体からいつまでも離れないようで苦しかったんだ、確かに。



 けれど本当に、アレは私だっただろうか?



 そもそもミチルは、何故死んだのだろう。






 分からない。分からない。
 もしかしたら私はいないのかもしれない。
 「鈴木ミチル」なんて存在は私が作り出した偶像に過ぎず、クラスも穏やかで団結力のあるクラスじゃなかったのかもしれない。
 もしかしたら、校舎裏で殴られていたのは私ではなくあの子だったのかもしれない。
 ああ、ああ、何がなんだか分からない。自分がどうにかなってしまいそうだ、脳みそがとろけて出て行ってしまいそうだ、骨が溶けて死んでしまいたい。

 唯一つ、いえることがある。これは確かだ、間違いない。




 そうだ、あの日、確かにミチルは死んだんだ。

- end -

2006/06/05

登場人物構成、「ミチル」「私」「あの子」。
しかも「あの子」にいたってはほとんど出てきません(笑
カップラーメンを食べてるときにふと思いつきました。
なんと言うか…ちょっとしたホラー?
個人的に満足な出来です。「ミチル」という少女の死をきっかけに、次第におかしくなっていく「私」の世界。
大してかかわりのないと思っていた人間が、実は自分にすごい影響を与えている……そんなお話です。

Harasu Uun