ベリーライクで愛してるっ



ベリーライクで愛してるっ

『今日、札幌市中央区大通り西三丁目付近で死体が発見されました。』

『死体は声帯付近から鼻の下まで抉られており、目玉が抜かれていました。』

『警察の確認に寄ると、殺害されたのは中央区に住んでいた“麻霧優斗”さんで、二十八 歳の教職員だそうです。』

『第一目撃者は深夜の公園をペットの犬の散歩で歩いていた所、犬が放置されていたトウ モロコシの屋台裏に死体があるのを発見し、飼い主はすぐに警察へ連絡したとのことで す。』

『なお、死体が隠されていたトウモロコシの屋台については、現在警察が取調中ですが、 その屋台を任されていた“工藤嵐”さん、五十八歳が行方不明となっており、警察が捜索 しています。』

『殺害された“麻霧優斗”さんと行方不明中の“工藤嵐”さんとの関連性も警察は模索中 ですが、“何度か見かけたことがある”という曖昧な目撃情報しか無く、その真意へはま だ至っておりません。』

『また、死体のすぐそばには“愛してる”と大量に書かれたメモが残っており、警察はそ の言葉との関係性も捜索中です。』
『事件から三日経ちました………犯人は未だ見つかっておらず、周辺住民は不安の色を隠 せないようです。』

『大通り付近に住む住民に、今回の事件について聞いてみました。』



『いやぁ、ほらね、殺害された人、何てったっけね。でもあの人男の人だろう、結構若く てさ。写真見たんだけどさ、ほら、結構逞しかったでしょ、あんな人も殺されちゃうんだ から……ねぇ、そりゃ怖いよ、うん。』

『殺害のされ方が少しおかしいじゃないですか、あのー……猟奇殺人とかって言うんです かね?やっぱり自分が狙われるんじゃないか、って不安はありますよね…。』

『あたし、あたしさぁっ、その殺害されたさぁ、“麻霧”さんだっけ??見ましたよっ! うん。見た見た!ちょっとね、パートの仕事やってたのよぉ、その帰りにね、なんか女の 子と歩いてるの見ちゃったのよ!あれきっと 援助交際よ、ふふ、若いのに大変ねぇ。』



『事件から一週間が経ちました。犯人の情報は何一つ集まっていないそうです』

『事件から一週間が経ちました。昨晩、南区真駒内公園内で先の事件と同様な死体が発見 されました。』

『新たに殺害されたのは“野々宮百合”さん、二十五歳で、“麻霧”さんと同じく教職員 だった模様です。また、警察の調べによるとどちらも高校教職員のようで、学校関連に犯 人が潜んでいるのでは、との声も挙がりまし た。』

『また、死体のすぐそばには“愛してる”と大量に書かれたメモが残っており、警察は以 前の事件との関連性も確認中です。』
『事件から一週間が経ちました。未だ解決の糸口は見つかっていません。』

『事件から一週間が経ちました。』

『事件から一週間が経ちました。』

『事件から一週間が経ちました。』

『事件から一週間が経ちました。』

『じけんから…』






 頭がずきずきする。
 熱気溢れた教室の中。クラスメイト達から発せられる雑音で意識が飛びそうになりながらも、少年……琴隅昂人は、なんとかその足を床につけていた。
 隣にいた友人Aが昂人に話しかける。
「琴隅、聞いたかよ?例の猟奇殺人、まだ犯人捕まってないんだってよぉ」
「そうそう、ニュース見たんだけどさぁ、なんか狙われてるの高校教師っぽいね」
 友人Aことこのクラスの学級代表、鈴木はまったく話しを聞いていない昂人に構わず、自分とは反対側の昂人の隣にいた友人B……山本と話し始めた。
「そうだってなー、そんでよぉ、殺害された教師のいる学校は事件が収まるまで一次休校だってさ!ずっりぃよなー、教師だけならともかくさ、祝日でもないのに休めるんだぜ?」
 鈴木は興奮した様子で話し続ける。
「俺その学校に友達いるんだけどよ、なんか丁度テスト期間とかぶってテスト中止されたってさ。成績全部提出物と内申でつけるって」
 はぁ、ありえねー、と山本が答えれば、同じように鈴木も答える。
 やがて二人は二人だけの大げさな会話に飽きたのか、同時に昂人を見つめた。それはほんの一瞬だったが、昂人は気づいたように顔を上げる。
 その表情は、楽しくて楽しくて仕方が無いと言った表情だった。
「あ、わりぃ、なんか意識飛んでたさー」
 内心で(うるせぇんだよ、低種族が)と毒づきながらも隠しつつ言葉を発する。
 鈴木も山本もその心の声に気づいていないのか、黙ってっからシカトされたと思ったぜー、と軽く流そうとする。昂人は口内で小さく舌打ちをした。
(くだらねぇんだよ、くずが)
 昂人もこの事件に興味が無い訳ではない。
 だがそれは“次は俺が目撃者だったりするかもー”などとふざけて笑う鈴木や山本のそれとはまったくの別物で、その死体自体への興味。
(……にしても)
 口では「あの犯人まじ怖ええよなっ!!」と全然違うことを発しながら、頭の中で考える。
(あんな殺され方してんだもんなぁ…相当量の血が………血液出るよなぁ…)
 一瞬だけ瞳の奥を光らせ、その“事実”に興味を持つ。
 会話では「やっべえ、狙われたらどうしようっ!?」と山本が大げさに退いた所だった。
(生きた人間の血……。それだけ大量のを見れたら、俺もうゾクゾクするぜ……)
 むしろそれだけでビンビンに立っちまうよ、と心中で苦笑しながら、自分のこのえげつないというか、おぞましい性格を自覚する。

 琴隅昂人という少年は、俗にいう“猫かぶり”の天才だった。

 彼の猫かぶり症が出たのは小学校を入学してからで、高校に入学したいまでも見破ったものはいない。
 今の今まで、“爽やかで成績優秀な見かけ根暗そうな少年”を演じて来たのだ。
 昂人は黒縁の四角い眼鏡をかけている。それに加え、やや長めの髪。
 見かけだけで捉えるなら、まさしく“根暗でガリ勉な少年”を絵に描いた様な存在だ。
 だがその見かけとは裏腹な話しやすさを演じ、気さくさを演じ、優しさを演じ、今まで何事も無く生活している。
 そして恐らくこれからも。
 昂人は内心で今話している鈴木と山本を完全に見下しながら、心にも無いことを言った。
「でもよぉ、もし万が一本当に鈴木や山本が殺されたらさぁ、俺マジ泣くから勘弁してやぁ」
 あはは、と二人の笑い声が昂人の鼓膜を突き抜ける。
 やっぱお前良い奴だわーとどこかで聞こえた気がしないでもないが、昂人は実際そんなことはどうでもよかった。
 今はただ、この自分だけが知るギャップを、優越感を楽しんでいたい。
「良い奴なんかじゃねーぜ?ほら、鈴木の方が運動神経あるしよ、山本の方が成績良いじゃん。お前ら二人ともかっけーしよぉ……」
 言いながら、別の所で話しだす。
(は、猟奇殺人事件が何だ。所詮“テレビの中”の事件だろ、俺たちには…いや、お前らには関係ねぇよ。本気で興味があって、死体に惹かれた奴ってのはなぁ……)
 心中の独り言も、外へ発する言葉も一度濁した。
「何?」
 続きを山本が促す。
 間髪入れずに言ってやる。
「俺、本当かなわねぇよ、お前らにはさ」
(俺みたいな、“奇人”のことを言うんだぜ?)
 まったく正反対の言葉を、同時に呟いた。




 暗闇の中で銀色が映える。
 男の瞳には一人の少女が映っていた。
 漆黒に重なり、闇と同化している少女のセーラー服。同じ色の、だが光を放つ瞳。
 それが逆に、彼女の“違和感”をありありと説明していた。
 風景と同化する。だがそれは一種の“異端”で、“異物”が含まれた風景はもはや“自然”のものではない。
 男は小さく悲鳴を上げた。
「は………ぁはぅ…………や、やめて………やめてください…………ころ、こ、ここ、殺さない………でふぁあっ…………!!」
 言葉を発すると同時に、何か気持ちのいい音が外部からの衝撃により発生する。
 さく
 一瞬にして意識が飛びそうなほどの痛みと同時に、銀色はいとも簡単に男の鼻の下に突き刺さった。
 男は悲鳴を上げることも出来ず、自分の口の中にまで侵入して来た“異物”を見つめる。

 目の前の少女は笑っていた。笑って、何も言わない。

 少女は持っていた銀色に力を込めた。男の口内に侵入して来たものが、口を突き抜け喉にまで達成する。
 真っ赤な血が鼻の下から勢いよく飛び出した。

 真っ赤な真っ赤な真っ赤な真っ赤な真っ赤な真っ赤な真っ赤な真っ赤な血が血が血が血が血ががががががが
 吹き出して吹き飛んで飛び出して飛び抜けて突き抜けて吹き出して吹き飛んで突き刺して少女に降り掛かる。

 少女は笑ったままだった。
 最後に軽く力を入れて、銀色は男の喉仏があった辺りからその先を見せる。
 きらりと光るその切っ先は、真っ直ぐに少女を向いていた。
 少女はゆっくりと口を開いた。
 だが、そこに開いた暗闇から言葉は発しない。
 やがて血を噴き出し終えた男は、少女の目の前でだらしなく倒れた。心臓は止まり、目は白目をむいている。
 少女は醜いその白目に銀色を突き立てると、目玉を傷つけないように、そっとそれを抉りとった。

 男はだらしなく倒れたままだ。

 少女はゆっくりと銀色を男から離し、自らに近づけて切っ先に優しくキスを落とす。
 心の中で響く、自分自身の“声”。

 “愛してる、心の底から愛してる”。

 目玉を両方右手に持って、思い切り力を入れる。
 ぐしゃりと嫌な音がしたと思えば、目玉は跡形も無くつぶれてしまった。




 クラスは今日も今日とて騒がしかった。
 昂人は今日も今日とて猫をかぶっていた。
 ただいつもと違うのは、クラスの話題が例の“猟奇殺人事件”ではなくて、昂人の心中がいつものように毒ついている訳ではなくて、担任がいつものように仏頂面で授業をしている訳でもない。
 その場にいる昂人も含め全ての人の意識が、教卓のそばに立つ少女に向けられていた。
 担任が満面の笑みで話しだす。
「あー、こんな半端な時期だが、我がクラスに転入生が来た。南区の方の学校から来た、琴歌小夜さんだ。琴歌、アー……あれだ、琴隅の隣に座れ、あそこしか空いてないから」  担任は脂ぎった額を手のひらで一度さすりながら話し、さすり終わるのと同時に話し終え、昂人の隣を指差した。  そこで昂人は初めて自分の隣に“席”というものが存在していたことに気づく。
 今まで自分のギャップを楽しむあまり、周りに気を使うことが無かったからだ。
 “琴歌小夜”と紹介された少女は、よろしく、とも初めまして、とも何も言わず、ただ一つにこりと笑って歩みだした。
 少女は黒く、やや長めの髪を二つに三つ編みにしていた。その瞳は深く深く、底の無い程に暗い。前の学校の制服だろうか、少女は学校指定では無い、漆黒のセーラー服をまとってゆっくりと歩く。
 誰もが小夜を見つめていた。
 その不気味な美しさにか、その異様な存在感にか。
 とにかくも小夜は至極ゆっくりと、ゆったりとした動作で昂人の横まで歩み、そして一度、昂人の方を振り向く。
「………!?」
 瞬間、昂人は自分の体が熱くなるのを感じた。
 小夜は優しく微笑んで、自分の席とされた座席に着く。
 だが昂人は今まで感じたことの無い高揚感を、彼女から感じ取っていた。
 鳴り響く心臓の鐘は高らかに、朗らかに、昂人を埋め尽くしていく。
 彼は鼻を一度こすった。

 舞い上がる匂い。

 昂人はだが依然冷静と席に座っていられる自分がすごいと思った。
 まだ“表の自分”を保っていられることがすごいと思った。
 発狂しそうだ、
 狂ってしまいそうだ、
 壊れてしまいそうだ、
 壊してしまいそうだ。

 昂人はもう一度鼻をこする。

 ぐしぐしとやった後指が鼻から離れると、つんとした匂いが…恐らく昂人にしかわからない匂いが、小夜から漏れ出る。
 昂人は小夜を少しだけ盗み見て、その整った顔を見て、もっと遠く…彼女の奥深くの部分を見て、小さく溜め息をついた。


 彼女から漏れ出るは、赤い赤い“血”の匂い。




『“猟奇殺人事件”の新たな被害者が出ました。』

『殺害されたのは中央区にすむ高校教職員、“竹山晶”さん三十二歳で、前回の犯行と同様に、鼻の下から声帯へかけて抉られ、目玉を抜かれた形で発見されました。』

『なお、発見された場所は区内の小さな公園のジャングルジムの下で、学校帰りに遊びに寄った小学生が発見したものと見られます。』

『また、周辺の小中高等学校は警戒を強めており、“竹山晶”さんが勤務していた学校でも依然警戒性を強めております。』

『えー、事件から約二週間後、再び“猟奇殺人”が起きました。』

『繰り返します。事件から約二週間後、再び“猟奇殺人”が起きました。』

『殺害されたのは中央区に住む高校教職員、“竹山晶”さん三十二歳で、区内の小さな公園のジャングルジム下に放置されていたのを、地元の小学生が発見しました。』

『当番組では、犯罪心理に詳しい専門家から話しを聞きました。』



『この事件はですね、犯人が一度中央区から出たにもかかわらず、もう一度戻って来たことがキーポイントです。』

『今までの犯罪では、犯人が現場に戻ることなどあり得ません。しかし遠くでもう一度同じ犯罪を犯してから戻るということは、確実に今回の殺害を見越して真駒内付近での犯罪を犯したことになります。』

『犯人は常に現場に“愛してる”と書かれたメモを残すそうですが、これはいわば犯行声明でしょう。』

『怪盗がものを盗んだ後に“怪盗なになに参上、お宝は頂いた”と残すのと同じ心理ですね、自分がやったことを他人に見られたい、子供のすることです。』

『しかし“愛してる”としきりに描くのは欲求不満でもあります。満ちあふれる愛を誰かに認めてもらいたいのでしょう、これまでの三枚を合計すればかなりの数の言葉になるはずです。』

『犯人は再び罪を犯すでしょう、しかしそれがいつになるのかはわかりません。この手の犯人は計画深く、決して定期的に、我々に悟られるように罪を犯す訳が無いのです。』

『犯人は再び罪を犯すでしょう、しかしその相手が誰になるのかはわかりません。この手の犯人は計画深く、決して決まった相手を殺そうとは思わないからです。』

『また、だからといって突発的に恨みの無い人間を殺すとも思えません。』

『気をつけてください。次の被害者は貴方かもしれません。』

『気をつけてください。次の被害者は貴方かもしれません。』

『気をつけてください。次の被害者は貴方かもしれません。』

『気をつけてください。次の被害者は貴方かもしれません。』

『気をつけてください。次の被害者は貴方かもしれません。』



『大変貴重なご意見を頂きました。えー、このお話を頂いた専門学者の方は、本人のご要望により名前と顔を伏せております。ご了承下さい。』

『しかし、最後の言葉がいやに印象的ですね。』

『はい“気をつけてください。次の被害者は貴方かもしれません。”ですか。』

『もし、西岡さんが被害者になったらどうします?』

『そうですね、やっぱり怖いですね。自分があんな死に方をするなんて……。』

 ぶつん。

 映像が壊れた。

 映像が流れていた箱は、虚しい音を立てて暗転する。

「…………」

 沈黙する人間は、手に小さな鎌を持っていた。

 小型の鎌には生温い血が滴りついていて、人間の手にそれが落ちる。

 人間はただただ微笑んで、暗転した箱を見つめていた。

 笑う笑顔は、美しく。


 美しく。




 転入生の琴歌小夜は、一にも二にも不思議な少女だった。
 学校指定の制服は着ず、常に漆黒のセーラー服をまとっている。
 また授業以外で決して話すことは無く、授業で当てられた時は隣の昂人でさえ聞き取れない様な声でぽそぽそと答えるのだ。
 教師の中には小夜のそんな様子に何か原因があるのではと極力彼女を当てないものもいるが、中には逆に“声を出せ”と強く当てるものもいた。
 小夜が転入して来てしばらくは、クラス中が小夜にまとわりついて仕方が無かった。
 それこそ、“裏”の昂人も小夜を哀れむくらいに。
 だがしかし、どんなに質問をぶつけても、どんなに話しかけても、どんなに罵っても、どんなに虐めても、どんなにシカトしても、何一つ反応を見せずただただ微笑む小夜に飽きたのか、次第にクラスは“いつも通り”を取り戻していった。
 そんな中、昂人は相変わらず小夜を見ては溜め息ばかりつく。
 以前の様な爽やかで気さくな、話しやすい“琴隅昂人”はどこかへやってしまったかのように。
 やがて昂人の周りからも、人の気配はなくなっていった。

 ある日の放課後だった。
 隣の席で班の同じだった昂人と小夜は、化学実験室の掃除当番だった。
 次第にクラスから浮き始めている昂人に、声をかけようとするクラスの者はいない。
(……所詮、鈴木も山本も上辺だけさ。俺は小夜だけ見ていられれば良い……)
 少しだけ妖しく微笑みながらSHRを受け終わると、誰に引き止められることも無く昂人は化学実験室まで向かった。
 教室につくと、そこには誰もいなかった。
 いや、“いないように思えた”。
 その子があまりにも薄い存在で、まるで空気に溶け込むようにしていたから気づかなかっただけ。

 机に座りながら遠くを見つめ、何かを口ずさむように。

 それは小夜だった。
 小夜は静かに入って来た昂人に気づくことは無い。
 ただ小さな、本当に小さな声でぽそぽそと、何かを呟き続けるだけ。
 昂人はゆっくりと彼女に近づいた。
 小夜は気づかない。
 開け放たれた窓からは一度、いや、二度風が吹き、止められていないカーテンとともに小夜の三つ編みもぱさりと舞った。
昂人は彼女のすぐそばでその顔を覗き込み、囁く声を耳にした。

 赤い赤い唇が奇麗な弧を描き、瞳がまるで“逝って”しまったように遠くを向いたその表情で。
 小夜はただただ無機質に、感情的に、それでいて優しく呟き続ける。


 ただ一言、“愛してる”と。



「…………小夜?」
 思わず呟いた昂人の声に、小夜ははっとなって横を向いた。
 すぐ傍には昂人の顔。小夜は一瞬顔を顰めてから、それをすぐに隠して微笑んだ。
 スカートのポケットから小さなメモ帳と今時珍しいB4の鉛筆を取り出すと、さらさらとそこに何か書き始める。
 書き終えると、昂人の目の前にずいと差し出した。
『何か用ですか?』
 短絡的に、極めて事務的に描かれた言葉。昂人は一つ苦笑を漏らしたが、彼女のシステムを理解すると言葉を発する。
「特に何も。一応俺も掃除当番だから、教室来ただけだけど」
 あえて彼女のことは触れないようにして、爽やかな“表”の顔で小夜に笑顔を向ける。
 彼女は昂人と同質のものをその顔に貼付け、次の言葉をメモ帳に描いた。
『そうですか。ではさっさと掃除しましょう』
 若干縦に細長いその文字は、奇麗な線に沿って列をなしている。
 読みにくくもなく、かといって読みやすくもない字だった。
 昂人は今度は言葉を発しずに、彼女の瞳を見つめたまま頷いた。

 かたかたと無機質な音だけが教室を取り巻いていた。
 言葉を発するものはいない。ましてや、その空間に“言の葉”など存在しない。
 だがそんな沈黙……静寂の中にいて、昂人は苦しさを覚えることは無かった。
 何か暖かさを覚える様な静けさ。それが逆に心地よく、ゆっくりと目を瞑りたくなる様な衝動。
 小夜は至極ゆっくりとした動作でちりとりでゴミを掃いているし、他の班員が来ることは無かった化学実験室は、既に掃除し終わりかけている。
 二人は何も話さない。溜め息すらも吐かなかった。
 ただこの静寂を保っていたい、守っていたいという穏やかな気持ち。歪んだそんな感情。
 だがそれすらを押し破って、昂人は静かに口を開いた。
「小夜……一つ質問があるんだが、良いか?」
 小夜は動きを止め、顔を上げる。
 その沈黙を肯定ととったのか、否定ととったのか。恐らくは前者であろうが、昂人は小夜に気に留めることも無く続きを放つ。
「………………お前は」
 一息入れて、気持ちを落ち着かせて。
 小夜のやや大きめの瞳が、くりくりと昂人を捉えた。
 一度息を大きく吸い込んで、昂人はその言葉を言う。


「お前は、“例の事件”の犯人だよな………?」


 何かが確実に、物音を立てて崩れ始めた。

 それはまるでジェンガのように。




 暗い部屋の中。光るディスプレイ。かたかたとなるのは、部屋の片隅にあるパーソナルコンピューターからだった。
 大きめのディスプレイに現れるのは、どれもが血を大量に流した“変死体”。
 誰かが趣味で合成なり何なりして作ったものか、本物か。
 それは定かではなかったが、だがその機械を動かす人間は至極嬉しそうににたりと笑った。
 いいや、笑った、なんてものではない。
 まるで愛しむように、いとおしくていとおしくて仕方が無いように優しく、優しく嘲笑う。
 次々と映し出される“変死体”の中には、首の無いものや、腕の無いものや、目玉の抜かれたものや、はたまた“例の猟奇殺人事件”の被害者と思われるものもあった。
 髪を剥いであるものや、肉がただれているもの。そのどれもがグロテスクな感じをありありと出しており、それが強ければ強いほど、人間はよだれを出さん限りにディスプレイを見入った。
「最高………っ」
 どこかイッた感じの目をしながら、死体の映るパソコンを優しくなでる。
 丁度、裸体にされ体の至る部分をのこぎりの様なもので切り取られた女の死体が出た時だった。
 人間は…………琴隅昂人という少年は、死体を見ながらやはり微笑み続ける。

 愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。

 押さえきれない気持ちを無理矢理鎮めるように始めた、ネット上の“死体鑑賞”。
 それは昂人にとって唯一の心の安らぎどころで、唯一“裏”の自分を曝け出せる所でもあった。
 自分でもこんな趣味がおかしいのはわかっていた。けれど、やめることは出来ない。
 いや、やめる気はない。
 もはやこれは昂人にとっての“日常”であり、昂人にとっての“通常”であった。
 昂人は不意に、今日の放課後、掃除中に話した小夜の表情を思い浮かべる。
 “お前は例の事件の犯人だろ?”
 と、そう切り出した昂人。
 その時の、恐怖に…というか、唐突性と図星からなる彼女の青ざめた表情。
 昂人はそれを見れたことだけでも満足だった。
(もっと欲しい。もっともっともっともっともっともっともっともっと欲しい。人の恐怖が欲しい。人の愛が欲しい。欲しい欲しい欲しい欲しい全てが欲しい……!!!)
 心の中で聞き返す。

 “なにを?”

 ―――琴歌小夜という、少女の持つ全てを。




 深夜零時。場所は変わって別の暗闇の中。
 少女は……琴歌小夜は、小さな鎌を手に一人の男と対峙していた。
「ふぁ……や、やめて…………やめてく…………な、何故こんなことを…………!」
 男は脂ぎった醜い豚のようで、荒い鼻息をしながら後退する。
 彼は彼女の通っていた高校の数学教師だった。
 過度のセクハラ、言葉に寄る生徒への暴力、様々なことが問題になっていたが、金の力でどうとでもして来た男だ。
 小夜は大きめのスケッチブックに、油性マーカーでさらさらと文字列を描く。
『貴方は、私を愚弄したわ』
 男は小刻みに震える。恐怖で吹っ飛びそうな意識の片隅で、彼女はこんな生徒ではなかったはずだ、と訴える。
(おおおお俺は、こここいつと一発ややや犯らさてもらえるっていいいいいうからききききき来たん、だ!そそそそれがなな何故ころ、ここここころころころされそうになななななっていいいるんだあああああ・ああ・ああああああ)
 心中で噛みながら、ゆっくりと男は思考を働かせる。
 やがて差し出された文字に気づいたのか、男は冷や汗を垂らしながら問うた。
「おおおお、お前にセクハラしたことか…………!?そ、そそれなら謝る……!ほ、欲しければいいいいくらでも金は……や、やややる!!」
 だから見逃してくれ、殺さないでくれと男は必死に弁明を続ける。
「な、なんなら、い、いい今まで触って来た部位ごとには、払ってもい、、、良い!」
 それから男は次々と小夜にして来た行為を噛みながらも口に出し、それに値段をつけていく。
 小夜はもはや聞いてなどいなかった。
 男の言葉を完全に無視して、スケッチブックにさらさらと書き残す。
『儚く消えてしまう“言葉”を、その一瞬の命をそんな下劣な言葉で表現しないでくれますか?』
 男が読み終えたのを見計らって、ペラ、と紙をめくる。
 そのかすかな音に男は体を思い切りのけぞらせた。
『“言葉”はとても繊細なんです…。“言の葉”は一瞬しか生きていることが出来ないんです……。だから、貴方の様な雄豚が私の愛する“言葉”を愚弄しないでくれますか?』
 小夜はさらに続けた。
『私が言ったのは、私の体を貴方が触ったことじゃありません。そんなことはどうでもいいんです。触りたければ触ればいい。私が言ったのは、その醜い口で、大切な“言葉”を下劣なものに変えたことです。』
 男は頭に?マークを浮べた。小夜はそれを見透かしているかのように、もう一度紙をめくった。
 新しい紙に油性マーカーのキュ、という音が響く。
『貴方がして来た生徒への叱咤激励……つまり“言葉の暴力”は、誰よりも“言葉”を愚弄したものです。…………だから』
 一度ペンを止め、小夜はニヤリと男の小さな目を見た。
 男が恐怖で短く悲鳴を上げた。

『その罪を貴方の“死”で償ってください。……もう二度と、言葉を下劣なものに変えないようにと』

 やがて、暗闇の中男は悲鳴を上げることも出来ずに自らの赤い血を見た。
 昂人が泣いて喜びそうなほどに、真っ赤で美しい色をした血を。




『今日未明、第一の被害者である“麻霧優斗”さん関連で行方不明とされていた、“工藤嵐”さん五十八歳が同様の変死体として大通公園内で発見されました。』

『また、同じ頃に西区内にある小さな公園内で、“秋山隆”さん三十四歳高校教職員が、同様の死体で発見されました。』

『警察は現在、“犯人が別の場所で殺害し、それを公園なりに放置していっている”と考えている模様です』

『犯人のめどはつかないにしろ、手口が予想できたのは事件解決への糸口です。』

『警察ではこれから、これまでに死体が発見された日、もしくはそれ以前の、死体発見現場までの交通量などを調べる模様です。』

『はい、いやぁ、段々と犯人に近づいているって感じですねぇ。』

『でもやはりまだ油断は出来ないですよね。犯人の目的がわからない以上何もすることは出来ませんが、皆さんも十分の注意を持ってください。』

『以上、「ニュースdeNEW's!!」でした。スタジオの高橋さ〜ん?お返しします』




 夜中のうちにどんなに汚いことをしても、朝日は再び上り続ける。
 その罪を曝け出すように。その罪を洗い流すように。
『昨晩、また一人殺したわ』
 小夜は隣の席の昂人に向かって、そう書かれたメモを突き出した。
 昂人はヒュゥ、と軽く口をならす。
「約束のものは?」
 すかさず問うた昂人に、小夜は微笑みもせずに鞄をあさる。やがて半透明の袋を見つけ、込み合った鞄の中からそれを引っ張りだして昂人に渡す。
 昂人は袋の中のものを確認すると、嬉しそうに微笑んだ。
 まるで欲しかった玩具を買ってもらった子供のように。
 そしてその笑顔に、小夜は一瞬どきりとする。
『一体そんなもの、どうするのよ?』
 昨日とは違った、少し砕けた話し方で小夜はメモに書き記した。
 昂人は微笑んだまま、
「もちろん部屋に飾るんだよ。毎晩キスして寝たっていい!」
 瞬間的に、小夜の顔が崩れた。
 まるで呆れた様な――決して小夜も他人のことを言えた立場ではないのだが――変人を見る様な目つきになってから、すぐ戻る。
『…あれは……もう一つの方は?』
「飲むのさ。もちろん」
 最近自分のが多くてさ、体が禁断症状起こしてたんだよな、と昂人は苦笑しながら言った。
 二人は、昨日の一件で確実に“複雑な関係”を築いていた。
 小夜の体から流れ出る“複数の血の匂い”から小夜が“猟奇殺人事件”の犯人であると悟った昂人は、その犯行を手助けするついでにある条件を彼女に出した。
 それは、

 “琴歌小夜という人間の所有権を琴隅昂人に移す”というもの。

 つまり、小夜は今現在昂人の“所有物”なのだ。
 小夜はそれを飲み込んだ。
 それはただ単に“自分自身”というものに興味が無かったからではなく、純粋に、至極当たり前のようにそんなことを言う“琴隅昂人”という人間自体に興味を持ったからた。
 昂人は早速、“自分のもの”である小夜に一つの役割を与えた。
 “標的となる人物の殺害後の写真と、その血を必ず持ってくること”。
 そしてまさしくそれが、先ほど小夜が昂人に渡したものなのだ。
 写真の現像は、昂人が自分と“同種”の人間が経営している現像屋に任せた。
 精神的にイッてはいるものの、腕は確かなので奇麗に撮れているはずだ。
 小夜は昂人が何故そんなものを欲しがるのかわからなかったが、それでも自分の“所有者”である彼の言いつけ通り、写真と血を持って来たのだ。
 そして、その答えがわかった。
『本当に、血を飲まないと生きていけない人間がいるのね』
 小夜は興味深げに昂人に問うた。昂人は少し驚いた顔をしたが、すぐに穏やかな表情になって小夜の字の下に答えを書き記す。
 少し角張った、だがとても読みやすい字だった。
『飲まないと生きていけない訳じゃない。興味本位で自分から出た血を飲んで、飲んだ時の気持ちの高ぶりが美味しくて、ずっと飲み続けていたら中毒症状を起こしただけだ』
 きっと止めようと思ったら止めれる、と、昂人は今度は口に出して言った。
 小夜は理解して、優しく微笑む。
 そして気づいた。

(ああ、この人も自分と同じなんだ)

 人を愛することが出来ないということ。
 人に興味関心が無いということ。
 人が持つ“何か”を愛するということ。
 それが自分の全てであること。
 愛するものを傷つけられたら発狂してしまうということ。
 溢れてしまいそうな愛を常に抱いているということ。
 それの処理法をわからずにいるということ。
 ただ無性にその“何か”から愛されたいということ。
 自分がその“何か”の一部にさえなりたいと願うこと。


 同じ、同じ、同じ。
 全て同じなんだ。自分も、この人も。


 思って、小夜はこの男が……昂人のことを、愛せるような気が、した。




「琴隅」
 その日の昼休み。珍しく昂人は声をかけられた。
 声の持ち主は明らかに男のものだ。ウザったそうに振り返る。
 そこには以前まで“表向き”仲の良かった鈴木と山本だった。
「何だ、お前らか。どうした?」
 とりあえず“表”の自分を用意して、二人に問いかける。
 二人は何となく気まずそうに顔を見合わせ、そして昂人の腕をつかみ取るとダッシュで駆け出した。
 引っ張られて昂人も駆け出す。段々と遠退いていく小夜を見つめながら昂人は口パクで“大丈夫”と一言だけ言った。
 連れて行かれたのは化学実験室だった。
 何故化学実験室なのか、その真意はわからなかったが、二人が何か話しだしたそうにしていたので黙っておく。
 鈴木が切り出した。
「……琴隅、わりぃ。俺ら聞いちまったんだ」
 何となく二人とも気まずそうに、昂人の前に携帯を差し出した。
「昨日の掃除の時よ……俺たちも当番だったんだけどさぁ、担任に引き止められちまって。結構遅れてから行ったんだけど、その時にお前ら二人が掃除してるとこ見えたんだよな」
 その言葉で、昂人は言いたいことが何となくわかった。
 つまり、“例の会話”を聞かれた可能性があり、そして携帯を差し出した所から、恐らく録音かなにかしたのだろう。
 昂人の目の色が少しだけ変わった。
 だが二人は気づかずに話し続ける。
「そんで、何かこう……親しげだったわけ。それで、ちょっと様子見ててやろーぜ、って事になって……」
 なぁ、と山本は言った。鈴木はお前が言えよ、という目をして、山本も同種の瞳だった。
 いつまでたっても自白しない二人を目の前に、昂人はイライラとしながら言放つ。
「それで?お前らはどこからどこまで聞いたんだ?」
 二人が一瞬だけ驚いた顔をした。
 だがすぐに戻り、顔を見合わせておずおずと話しだす。
「えっと……確か、“例の事件の犯人”がどうのこうの、って話しから…………最後まで」
 ホントごめんな? と、いや、聞くつもりはなかったんだけどさ、と、二人は手を合わせた。
(聞くつもり満々で聞いたんだろうがよ)
 昂人は内心で少し舌打ちしてから、二人を思い切り睨みつけた。
 既に“表”の顔は捨ててある。
「……この携帯は」
 録音したのか、という意味を込めて二人に問う。
 二人はゆっくりと頷いた。
 その瞬間、鈴木も山本も自らの腹に強い衝撃を覚える。
「うぐぁ……っ!?」
 鈴木が訳が分からないという顔をして昂人を見つめる。
 昂人は右足を上げたまま……つまり、二人いっぺんに蹴り上げた体制のまま、ギロリと鋭い目つきで彼らを睨みつけた。
 その瞳には殺気すら感じられ、山本が恐怖で意識を飛ばす。
「……通報したのか」
 至極低く、それでいて冷たい声で昂人は問うた。
 ああ、もう無理だな、と、鈴木は思う。

 嘘をつこうものならば、今度は本当に殺される、と。

 そうしてゆっくりと、彼は頷いた。




『今日、再び被害者が発見されました。』

『中央区内にある高等学校の校舎裏に、例の死体が二体、放置されていたのを校内見回り中の警備員が発見し、通報しました。』

『殺害された二人は昨日警察に対し、「猟奇事件の犯人を知っている」という内容で通報しており、発見場所の高校の三年生でした。』

『えー、殺害されたのは、殺害現場と見られる高校の三年生、鈴木朗人君と、山本大地君で、これまでのものと同じように、鼻の下から声帯にかけて何かで抉られており、目玉が抜かれていました。』

『生徒らの目撃情報によると、二人は昼休みに同クラスの男子と化学実験室で話している所を目撃され、その後、二人だけが授業に出席しなかったとのことです。』

『警察の調べによると、殺害された鈴木君と山本君は普段から特に仲の良く、常にともにいたそうです。』

『また、彼らの他にもう一人、親しい友人がいたようで、その友人が化学実験室で目撃された男子生徒のものと思われます。』

『現在、警察は二人の友人である男子生徒に事情聴取を取り行っており、二人が警察に残した通報についても尋ねる次第です。』

『また、二人同時に、しかも高校生が殺害されたのは今までの事件から初めてのことで、警察では犯人の動きを探っています。』

『また、二人同時に、しかも高校生が殺害されたのは今までの事件から初めてのことで』

『また、二人同時に、しかも高校生が殺害されたのは』

『また、二人同時に、しかも』

『また、二人同時に、』

『また、二人同時』

『また』

 画面は色とりどりの光を発光して、何か奇妙な音を立てて暗転した。

 画面の持ち主はそれに向け鋭くパンチを一発入れる。


 暗転した画面に、奇妙な感じにひびが入った。




 事情聴取なんてものは、こんなにも無意味なものだったのかと昂人は思う。
 先ほどから繰り返される同じ質問。
 同じ答えを言えば、“違うだろ”、とどやされる。
 昂人は初め、それこそ“初めての事情聴取”ということで緊張はしなけれどもややその行為に興味を持ち、高揚感で溢れたまま警察に出頭していた。
 しかしどうだろう。
 始めてしまえばこれほど退屈でつまらないものは無い。
 事情聴取が始まってまだ十数分。彼は既にあくびをしながら質問に受け答えしていた。
「だから、俺はやってないですってば」
 ふあぁ、と大きなあくびを一つしながら、昂人は面倒くさそうに目の前にいる若い男に先ほどと同じことを言った。
 男は額に青筋を立てながら、刑事ドラマさながらの様子で卓上ライトを握りしめる。
「それが嘘だと言っているんだ! 君は被害者である鈴木君と山本君が最後に目撃された時、二人とともにいただろう! そのことについて聞いているんだ、なのになんだね? 君は!!!」
 男は握りしめていた卓上ライトをテーブルに叩き付けながら、昂人に向かってライトの光を浴びせた。
 昂人は内心、本当はこれがやりたいだけなのではないだろうかとさえ疑いながら、適当にあしらう。
「だから、普通に話して先に分かれただけだ、って言ったじゃないですか。それとも何? きちんとした証拠も無いのに俺を犯人にしたいわけ?」
 イライラとしながら昂人は机を叩く。
 男はぐ、と一瞬引き下がり、彼のその鋭い眼光ににらまれる。
「じゃ、じゃぁ、質問を変えよう。君は一体、そのとき二人とどんな話しをしていたんだい?」
 男はもう卓上ライトを握りしめるのを止め、今度はもみ手で昂人に尋ねた。
(こいつ絶対新米だな……)
 何となくそう確信しながら、彼は面倒くさそうに話しだす。
「あの時は、俺と俺の彼女が話してた内容を彼奴らが録音して、そのことについて謝って来てただけだ。俺も怒ったけどよ、言い争いだけですんだ。ああ、部屋を出た後に何か物音したけどさ、引き戻さなかったからしらねぇ」
 言っていることに嘘は無かった。
 小夜はもはや昂人にとって“恋人”の様なものだし、彼らとの話しも実際はそんな所だ。
 二人に蹴りを入れたのはともかくとして、教室を去った後に物音が聞こえたのは事実だ。
 それに、彼ら二人を殺すように言ったのは昂人ではない。
 昂人はただ、教室へ戻ったと同時に小夜がいないことに気がついただけ。
 だがそれも戻ってくればわかるだろうと、放っておいたのだ。
 つまり昂人は、今回の事件については“何一つ”わかっていないのだ。
 男は困った風な顔をして苦笑した。
「そうか……君は本当に何も知らないんだね?」
 昂人は頷く。
 もう時刻は夜中の八時を過ぎていて、外は暗闇に包まれている。
 昂人は腹の虫がなり始めたのを自覚しながら、男の次の質問を待った。
 だが、その次というものはもう無かったのだ。




 私は“言葉”を愛していた。
 それしか愛せないと思っていた。
 それだけで十分だと思っていた。

 なのに何故、私はここにいる??

 今日の昼休みに私の“所有者”である昂人は、名前も知らない二人の男に連れ去られた。
 昂人は“大丈夫だ”、って言っていたのだけど、私はやっぱり心配。
 だって、彼が消えてしまったら“私”を持つものはいなくなってしまうもの。
 それはとても哀しいことだし、なんだか別の所で胸がちくちくする。

 私は、すぐに彼らの後を追っている自分に気がついた。

 しばらくして、彼らが入った先が化学実験室だということを知る。
 だから隣の科学準備室から外へ出て、私は窓の下に隠れるようにして三人の話しを聞いていたんだ。
 話しを聞くうちに、だいたいの内容はわかった。
 “表”の昂人が上辺だけの薄っぺらい友人関係を築いていた二人が、昨日の会話を盗み聞きして、さらには録音していたということ。
 私は私の正体がばれるのは別にどうでもよかったのだけれど……むしろ、タイホされてもどうとも思わないし。
 けれど昂人にとっては違ったのでしょうね。
 彼は思い切り二人に蹴りを入れた。
 その瞳は蛇のように鋭く、南極や北極にある様な氷よりも、とても冷たい瞳だった。
 昂人はそのまま、彼ら二人を一瞥して去ってしまった。
 しかし私は見た。
 その後の二人の行動を。

 :

『大丈夫か、山本』
 そういって鈴木は起き上がり、恐怖のあまり意識の飛んでいた山本の頬をペチリと叩いた。
『しっかし、さすが“奇人”だぜ。あんな変な女とつるむなんてよぉ』
 鈴木は昂人が去った場所を何となく見つめながら覚醒した山本に呟き、ぶるりと身震いする。
『あの女が殺人犯ってことはさ、それを“手助け〜”とか言っちゃってる琴隅もヤバいよな。絶対』
 鈴木は尚も続けた。
『ほら、録音したって聞いたら目つき変わったし。俺ら睨んだ時の目、見たかよ!? あれは殺人鬼の目だった……』
 鈴木が昂人のまねをして、鋭そうな目つきをすると山本が口端に垂れていたヨダレを拭きながら続ける。
『あいつが殺人犯なんじゃねーの?』
 俺らが聞いてるのばれて、仕組まれたんかも。
 二人は意味深に見つめ合い、お互いに笑った。
『いやぁ、そしたら俺らどうなるよ? “殺人犯の友人だったので逮捕します”とか言われたらぶっ殺すぞあいつっ!!』
『言えてる。俺は言ってやるね! “あんな男全然まったくこれっぽっちも友人だと思ったことありませんから”ってな!!』
 瞬間、二人は窓の方で何かすごい音がしたのを聞いた。
 ……小夜が思い切り壁を叩いた音だ。
 そしてその音は、昂人が聞いた音でもある。
 小夜は次の瞬間、怒りに満ちあふれた目で二人の前に突っ立っていた。

 :

 気づいたら、“いつもの場所”に連れて行って殺しちゃってた。
 昂人に言ったらどんな顔するだろう、喜んでくれるかな、って、楽しみにしながら。
 二人の死体写真と、血液は抜き取って昂人のポストに入れにいった。
 二人が警察に通報しちゃったんだったら、私たちの関係はなくなってしまうから。

 …………関係がなくなる?

 嘘よ。私と昂人の、言うなれば“主従関係”は絶対であり、不滅的なもののはずよ。
 だって昂人は私の“所有者”だもの。
 だって昂人は私の“言葉”に対する愛を受け止めてくれたもの。
 そうよ、嘘よ、嘘嘘。

 たとえ私が出頭したとしても、
 たとえ私が自首したとしても、


 昂人はきっと迎えに来てくれるわ。
 だって、私たちは愛し合っているんだもの。




 次の質問を言おうと男が口を開いた時、署内はどこか慌ただしい雰囲気になった。
 緊迫した空気、というか。全体的なイメージががらりと変わった。
 すぐに昂人達がいる取調室に若い警官が荒っぽく入室し、今まで昂人の目の前にいた男と二言三言会話して出て行く。
 男は昂人に向かって、「すぐ戻るから待っていなさい」と、そうとだけ残して出て行ってしまった。
 残されたのは昂人と監視役の警察官二名。
 どこからか質素な食事が出されたが、何となく胸騒ぎを感じて、昂人の腹の虫は収まってしまった。
 食事に手をつけずに、昂人は開かれたまま扉から廊下を見つめ、状況を確認しようとする。
 何となく周りの雰囲気で、少女が何かの自首をしに来たということはわかった。
 警察署内がこれだけ騒然となるのだ、一体どんな罪を犯した少女だろうと、昂人は少しだけ身を乗り出す。
 が、少女を見る間もなく昂人は全てを理解した。
 先ほどの男が戻って来て、昂人に告げたのだ。
「悪い、君の容疑が晴れた。……被害者の二人が通報した少女が、自分から自首しに来てね。……ああ、だからもう帰っていいよ」
 その言葉に、昂人は思わず立ち上がる。
「小夜が…………小夜が自首したんですか……っ!?」
 男は不思議そうな顔をしたが、小夜、という名前に思い当たる節があったのか、ゆっくりと頷いた。
「そんな…………っ!!!」
 昂人は自分が警察署にいることなど忘れて、がっくりと肩をおろす。
 むしろ倒れ込む形で床に手をつき、絶望を感じる。
 男は恐る恐る昂人の方に手を乗せた。
「ま、まぁ、報告書によると君の彼女がその……小夜ちゃん? だったらしいね、心中察するよ」
 ポンポン、と昂人の肩を叩く男を、昂人はうつむきながら睨みつけた。
 蛇がカエルを捕らえる。
 昂人は低く唸る声で彼に“命令”をする。
「っ…………小夜に、小夜に会わせろ」
 後はただ、その男は昂人の操り人形となるだけ。
 男の首が、静かに下に傾いた。




「小夜っ!!!」
 琴歌小夜という少女は、至極大人しそうな少女だった。
 今まで取り調べを行って来たが、一切話さず、全てを用意させたスケッチブックに書き記している。
 まるで話せないように。
 そうやってその場にいた全員が、本当に彼女が犯人なのかと疑い始めた頃だ。
 この落ち着いた空間に、乱入者が入り込んだのは。

 そう叫んで入って来たのは、小夜の“所有者”である昂人だ。
 小夜は一瞬驚いたように顔を上げ、そして瞬きした次には安心したように微笑んだ。
「なんで……なんで自首したんだっ!」
 昂人は彼女の方を乱暴に掴み、必死に揺らす。だが小夜は抵抗しない。
 成されるがまま。流れを受け止めるだけ。
 なぜなら彼女は昂人の“所有物”だから。
 昂人は本当に哀しそうな顔で、小夜のことを見つめる。
「小夜……今まで黙っていたが、ああ、そうだ。俺はお前を愛していたんだ。なんで気づかなかったんだろう………」
 だから行くな、行ったら嫌だ!
 まるで子供のように叫ぶ昂人。
 見ているだけでも、聞いているだけでも胸が痛くなる様な声色。
 室内にいた何人かの警察官達は一斉に目を伏せた。
 これから二人を引き離すのだ。
 こんな場面を見ていては、後々引き離せなくなる。
『昂人』
 小夜は机の上のスケッチブックに、一言一言丁寧に書き記し始めた。
『私が話さないのはね、“言葉”が一瞬で儚いものだからだよ』
 彼女は続ける。
 ペラリとページを一枚めくって。
『言葉はとても切ない。そしてその命は短い。だから、私は言葉を無闇に殺したくはないの。私たちが放った言葉で、もしも下劣だったり、言葉自体を愚弄するものがあったとするわ』
『そんな時、言葉は苦しんで苦しんで、痛みにもだえながら死んでしまうの。まるで体の骨を一本ずつ抜かれて死ぬみたいに。』
 リアルな例えに、周りにいた警官達がびくりと体を震わせる。
 しかし昂人は、至ってまじめな表情を崩さずに小夜のスケッチブックを見つめ続けていた。
『もしも奇麗な言葉だけを話せるのなら、その言葉は安らぎに満ちて、気持ちよく逝ってしまえるわ。…………だけどね、私、どちらもしたくないの』
 それはまるで、“人は殺せないの”とでも言っているようだった。
 ……人殺しの彼女が。
『だから私は、少しでも長く命を持つことの出来る、文字に全てを託すことにしたわ。……愛しくて愛しくて、愛してやまない言葉のために』
 そのために様々な困難もあったけれどね、と、彼女は端に付け足した。
『昂人は、私のそんな思いを受け止めてくれた。それしか出来ない私を、“自分のもの”にしてくれた。……私ねぇ、すごく嬉しかったの。すごく優しい気持ちに慣れたの。今までいろんな人にあって、いろんな人に腹を立たせて、いろんな人を殺して来たけど……っ昂人が、一番安心できたの』
 彼女の瞳が揺らぐ。
 そこには奇麗な涙がたまり始めていた。
『だからね、これだけは“言わせて”。』
 彼女はゆっくりと息を吸い込む。
 昂人は彼女の小さな声を逃さないようにと、そっとその唇に耳を近づけた。

 蚊の鳴くようなほど小さな声で、彼女はでもできる限り甘い声で囁く。


「私、貴方を愛しているわ。……でもそれは本当の愛じゃないの。……ベリーライク で、愛してる」




『猟奇殺人事件の犯人が捕まりました。』

『犯人はわずか十七歳の少女で、本人が言う事によると、これまでに数十人の人間を殺害して来たものと思われます。』

『警察では、少女の素性を調べ上げている最中ですが、少女の両親は少女がわずか五歳の時に少女の目の前で何者かによって殺害され、少女は自分の両親を殺害した犯人に育てられた模様です。』

『えー、ですがその“育て親”も七、八年前に亡くしており、それからは“育て親”の残した遺産で生活して来たようです。』

『少女はいくら質問しても沈黙を保ち、返答には必ずこれと同じタイプのスケッチブックを用いて、筆談で回答するようです』

『ここで、転校を繰り返していた少女が最後に通った学校で、少女のことを知る生徒達に、少女について聞いてみました。』



『あの子がどんな子だったって……ひたすら無口だったよねー。ホント、なぁんにも話さないのっ!うちらよく話しかけてたんだけどぉ、結局声聞けなかったよねぇー。』

『犯人の少女?あ、あー、あー、あいつかぁ。いや、何つか……マジで存在感薄かったっすよ。本当に。そこにいんのかいないのかわかんねーくれぇに。あ、でそうそう。隣の奴とだけは仲良かったよなー。うん。話してるとこは見たことねーけど、よく何か渡し合ってた。』

『犯人の子……不思議な子でしたよ。自分はあまり関わりを持たなかったのですが、オーラが他人とはまるで違いました。隣の席の男の子とは仲が良かったようですが、それも自分には定かではありません。』



『様々な意見があるようですが、どの生徒も必ず言うのが、“少女は影が薄かった”ということと“ひたすらに無口だった”ということ。』

『少女の身に一体何が起きて、こんな悲惨な事件になったのかはわかりませんが、少女と唯一コンタクトを取れた、ええ、生徒達の証言にも何度か出ましたが、“隣の席の男の子”と当番組は連絡を取ることに成功しました。』



『あの子とは……俺たち以外誰も知らないけれど、確かに恋人同士でした。いえ、恋人同士です。それは今も変わりません。そもそも俺たちの関係を、“恋人”なんて軽いもので表現できるのかどうかわからないけど、俺たちは愛し合ってた。………………酷く歪まれた愛で。』

『俺はあの子が殺人を犯していたことを知っていた。そして、彼女が何を信念に人を殺すのかも。全てを受け入れた上で、俺はあいつを愛していた。“好き”なんて生易しいものじゃない。“愛してた”。………恥ずかしい?何度だって言うさ。“愛してる”。ああそうさ。今でも愛してる。けれど……………』

『彼女は行ってしまった。俺を残して先に。彼女は最後に俺に言った。言ったというよりは、“書いた”だけれど。』

『「ついて来てはいけない」。彼女が言うには最もふさわしくない言葉だと思うだろう。俺もそう思う。だけど、それでも俺たちは愛し合っているんだ。』

『だから俺はついていこうと思う。正々堂々ついて行こうと思う。俺は………』


『俺は、人の血を……血を吸うことと、死体鑑賞が趣味なんだ。いや、血については彼女よりも愛してる。…………彼女が“言葉”自体を愛してしまったように、俺も、血を。』

 黒い箱………テレビの画面に、そういって不気味に笑う少年の姿が映っていた。
 少年が少女が逮捕された後すぐに、そんなことをテレビで言ったのを彼女は知っているだろうか。




 少年が少女に追いつくまで、後もう少しの犯罪が必要だ。

- end -

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かいてて楽しかったです。
………それだけですが(笑)思ったよりも長くなってしまいました;
ですが思った通りにかけたので嬉しいです。
充実感…………うふふ。
これは玲社様に捧げまふ。え?こんな歪んだ愛の物語なんていらないってか?
まぁまぁそういわずにv
この小説の“所有権”は貴方ですよ、玲社様v(著作権は私ですが。笑。
というかややこしくてすみません……。
自分で書いてて少しわからなくなりかけました。自分の阿呆。

誤字脱字などありましたらメールフォームよりご連絡下さい。
感想もお待ちしていまーす。

Harasu Uun